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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
370/396

総帥閣下の安堵。

※旦那さんこと、レオンハルト視点となります。

 


 遠く、小鳥の囀りが聞こえてきた。

 寝台から半身を起こし、窓の外を見る。細く開いたカーテンの隙間から、白み始めた空が覗く。

 朝焼けの中、名も知らぬ鳥が隊列を組んで飛んでいくのをぼんやりと見送った。


 どうやら、まんじりともせずに夜が明けてしまったらしい。


 視線を隣で眠る妻へと向ける。

 オレが身を起こしたせいで、掛布が少しズレてしまった。寒そうな細い肩を包むように、丁寧に掛け直す。


 深く眠っているらしいローゼは、心配になるくらい静かだ。

 臆病なオレは夜中に何度もそうしたように、彼女の柔い頬に手を伸ばす。指先に伝わる温かさに安堵して、息を吐いた。


 泣き腫らした目元を指の背で、そっと辿る。

 ローゼが眠ってから、濡らした布で冷やしたけれど赤みは残ってしまった。


「……代わってやりたいというのは、傲慢なんだろうな」


 自嘲めいた呟きを零す。


 ローゼが抱えている痛みと苦しみを、肩代わり出来たらいいのに。無理ならせめて、半分背負いたい。

 詮無い事と分かっていても、考えてしまう。


 愛しい人が隣で苦しんでいるのに、何もしてあげられない。その無力感を抱えたままの一夜は、途轍もなく長く感じた。


 そのまま、じっと飽くことなく妻の寝顔を眺めていると、外から生活音が聞こえ始める。静かな足音や、扉の開閉音。密やかな話し声。

 使用人達が仕事を始める時間になったようだ。


 もう少ししたら、軽い食事を用意させるか。

 昨日の夕食の時、ローゼはあまり食べられていない様子だった。今日も食欲はないかもしれないが、少しでも食べさせないと、ローゼの体力が持たない。


 スープか、粥か。もしくは果物なら食べてくれるだろうか。


 そんな事をつらつらと考えていると、「ん」と小さな声が聞こえた。


「……ローゼ?」


 小さな声で呼ぶと、ローゼの瞼が震える。

 ゆっくり現れた青い瞳が少しだけ彷徨った後、オレを捉える。


「レオン?」


「……おはよう」


 声が震えそうになった。

 近衛騎士団長まで務めた男がなんてザマだと己を叱咤するが、何の足しにもならない。


 オレの不格好な笑みを、ローゼはじっと見つめていた。

 その瞳には、昨夜の絶望は見つけられない。胸が痛くなるくらい、ただただ綺麗な青がオレを映した。


「……おはよう、レオン」


「……っ」


 ローゼは、そう言って口角を上げた。

 無防備ないつもの笑顔に、胸が締め付けられる。


 オレがくしゃりと顔を歪めると、ローゼは目を丸くした。

 少し考える素振りを見せたあと、大きく腕を広げる。


「……」


 オレは照れと心配で、躊躇する。

 けれど結局は誘惑に抗えず、潰さないようにそっとローゼを抱き締めた。


「心配かけて、ごめんね」


「いい。いいんだ。それよりも、無理はしていない?」


「うん、もう大丈夫」


 昨夜のローゼの慟哭と深い嘆きを覚えているから、にわかには信じがたい。けれど、ローゼの表情は自然で、無理しているようにも見えなかった。


「あのね、私にもよく分からないんだけど」


「うん」


「いなくなったんじゃなくて、少し遅れてくるだけみたい」


「……そう」


 嬉しそうな顔をしたローゼの言葉に、オレは短く相槌を打った。もちろん、意味は全く分からない。

 でも不思議と、本当に大丈夫なのだと思えた。


「なら、皆で一緒に待とう」


「そうね。私と貴方とこの子で」


 優しい表情で、ローゼは腹部を摩る。


「じゃあ、まずは貴方が元気にならないと。朝食は食べられる?」


 寝台を下りながら問うと、ローゼは頷いた。


「なんか、凄くお腹減っているみたい」


「了解」


 照れたように笑う顔が微笑ましくて、オレの口角も自然と上がる。

 寝室の扉を開けると、外には数人の使用人がいた。護衛の騎士は分かるが、執事や侍女達はいつから居たのか。


 出てきたオレに、視線が集中する。


「二人分の朝食を寝室に運んでくれ」


「かしこまりました。メニューはどうされますか? パン粥やフルーツもご用意出来ますが」


「いや、通常のメニューで良い。腹が減ったそうだよ」


 オレが笑ってそう答えると、侍女達の表情がぱっと明るくなった。

 昨日のローゼの不調は皆が知っているから、気に掛かっていたのだろう。朝から寝室前に集まっていたのも、おそらくそのせいだ。


「すぐにご用意します」


 侍女達は、やや速足で去っていく。


「奥様の好物をご用意するように、料理人に伝えましょう。デザートは何がいいのかしら?」


「フルーツタルトがお好きよね?」


「あんまり重いものはお体に負担がかかるわ。コンポートはどう?」


 侍女達の話し声は、足取りと同様に軽やかだ。良家の子女らしく、普段は落ち着いた優雅な所作の彼女達も、今日ばかりは年相応の少女に戻っているようだ。

 それだけ、心配していたのだろう。ローゼは、この屋敷の太陽だから。


「ヨアヒム、今日の執務だが……」


「昨夜の内に確認致しましたが、早急に対応が必要な案件はございません」


 執事を呼ぶと、必要な答えが端的に返ってくる。


「なら、今日は休みだ。緊急の用があれば、ここにいるから呼んでくれ」


「かしこまりました」


 護衛の配置の変更についても伝えようと騎士を見ると、彼は『心得ている』とばかりに頷いた。有能な人間が多くて、非常に助かる。諸々の面倒な手続きは部下に任せ、オレは寝室へと戻った。


 寝台に再び戻ってきたオレを、ローゼは不思議そうな顔で見上げる。

 起きるんじゃないの?と問いかけてくる眼差しに、オレは笑みを返した。


 さて、ここからが一番の難関だ。


 努力家で真面目な妻は、どんな誘い方をしたら、今日一日を共に自堕落に過ごしてくれるだろうか。


 そんな一見、くだらない……けれど、オレにとっては重要な任務に頭を悩ませた。


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― 新着の感想 ―
思わず最初の方から読み返してしまいました。ぼんやりしていた登場人物を思い出し、魔王の話を思い出し・・・。出産が楽しみで、家族が今後増えるのも楽しみです。男の子2人は確定ですね!もう少し更新が早くなると…
更新ありがとうございます。 いつものマリー様に戻って皆さん安心したでしょうね。 誰にでも優しいマリー様の周りは優しい人ばかり、優しさは伝染しますよね。 とても働き者のマリー様はたまにはゆっくり過ごして…
安心した しっかり引き止めていちゃついてくれ旦那
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