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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
365/396

転生公爵の驚愕。

 

 レオンハルト様の助力のお陰か、ニコルちゃんとの契約は、双方が納得する形で結ぶ事が出来たと思う。


 絵師としての環境を整える為に、公爵家の一室を提供する事も考えたが止めておいた。ニコルちゃんは聡明だが、まだ子供だ。精神的な支えとなっている神父様や、養護院の家族達と引き離すべきではない。


 まずはお試しで、住まいは養護院のままで、学ぶ時は公爵家に通ってもらう形にした。彼女の成長と共に不便が生じる可能性もあると思うので、その場合は都度、変えていこうと思っている。


 依頼品に関しては急がなくていいと言ってあったんだけれど、恐るべきスピードで納品された。

 絵を描くのがとても楽しくて、気付いたら仕上がっていたらしい。


 無理はしないでねと念を押したけれど、ちゃんと伝わっているのか不安だ。

 付き添いの神父様も、苦笑していらした。


 どうやら神父様もニコルちゃんの体を心配しつつも、止められなかったようだ。

 養護院に来た当初のニコルちゃんの思い詰めた様子を思えば、今の生き生きとした彼女を応援したくなる気持ちは分かる。


 寝食を疎かにはしていないようだし、他の子供達ともちゃんと交流しているようなので、暫くは見守ってもいいかもしれない。




「まぁ、気持ちは分かるわ」


 ヴォルフさんは、ズズッとお茶を啜りながら呟く。


「子供って、出来る事が増えると夢中になるものよ。私も薬の調合を覚えたての頃は、寝る間も惜しんで没頭していたわ」


「私も、傷薬を量産し過ぎて叱られましたよ」


 昔を懐かしむようなヴォルフさんの言葉に、リリーさんが同意する。


 街まで出たついでに医療施設に寄ってみたら、丁度、ヴォルフさんとリリーさんが休憩をしていたところだった。

 お茶に誘われ、話の流れでニコルちゃんの話題を出したら、二人は思いのほか興味を示したようだ。


「お二人も子供の頃から、薬師になりたかったんですか?」


「私達の場合は、他に選択肢が無かったっていうのもあるけれど。幸いにも、なるべき職となりたい職が一致していたのよね」


「周りの大人を見て育つので、自然とそういう考えになったんだと思います。お爺様達は尊敬出来る人ばかりなので」


「薬師としては立派だけど、偏屈なくそジジイばっかりじゃない」


 憎まれ口を叩いているヴォルフさんが、彼等を尊敬し、認めているのは私でも知っている。

 リリーさんと二人で生ぬるい視線を向けると、「何よ」と睨まれたので、顔を見合わせて笑った。


 不貞腐れた顔をしていたヴォルフさんだったが、ふっと表情を真面目なものに変える。


「……でも確かに、その点では環境には恵まれていたと思う。誰もがなりたい職に就ける訳じゃない。なるべき職業を好きにならせてくれた事には感謝しているわ」


 クーア族の薬師達が優れているのは、技術だけの話ではない。彼等は皆、勤勉で、実直で、己の仕事にプライドを持っている。

 だからこそ子供達は、安心してその背中を追えるんだろう。


「今はクーア族の在り方も変わりましたから、必ずしも薬師にならなくてはいけないって訳ではありません。それでも、私もお爺様達みたいな大人になりたいです。将来、私達の仕事ぶりを見て、子供達が薬師になりたいって思ってくれたら素敵ですよね」


 リリーさんはそう言って、はにかんだ。

 そんな彼女を見て、ヴォルフさんはニヤリと笑う。


「あら。もう子供の事まで考えているのね」


「へ……、えっ!?」


 ぽかんとしていたリリーさんの顔が、一拍空けて真っ赤に染まった。


 おやおやおや。


 今までにはなかった反応だ。

 リリーさんは落ち着いた淑女なので、滅多に動揺しない。特に恋愛関係は興味がないらしく、話を振られてもスルーしていた。


 ミハイルとは前から仲が良かったが、異性として意識している風ではなかった。二人ともがのんびりしているので、進展するにしても数年かかりそうだなと思っていたんだけど。


「べ、別に、私とミハイル様は何も……」


「あらあらぁ? 誰もミハイルの名前なんて出してないわよぉ?」


「!!」


 ヴォルフさんが至極楽しそうに、リリーさんをいじっている。

 愕然とするリリーさんには申し訳ないが、見守っている私もニヨニヨしてしまっている。


 少し前に、ミハイルが一方的にリリーさんを避けてしまっていた時期がある。既に解決しており、二人の仲も元通りになったと思っていたが。

 まさか良い方向に変化していたとは。


「い、い、一般論として、私はですね。子供達が尊敬出来る大人になりたいと言っているのであって、具体的に、その、じ、自分の子供の話をしている訳では……」


 真っ赤な顔で涙目のリリーさんが、必死に弁明している。

 とても可愛らしいが、流石に気の毒になってきた。


「ええ。学び舎が始まれば、世界各地から子供達が集まってきますから、私達大人は、良い手本にならないといけませんよね」


 そっと助け舟を出すと、リリーさんは目に見えて安堵する。


「そう、そう言いたかったんです。お分かりいただけました?」


「まぁ、そういう事にしておいてあげるわ」


 リリーさんに鋭い目を向けられたヴォルフさんは、臆する事なく飄々と笑った。


「ところでマリー。アンタの子供はどうなのよ?」


「え? どうとは?」


 急に水を向けられ、今度は私が目を丸くした。


「子供が将来、何になりたいかって話ですか?」


「それも気にはなるけど」


「マリー様のお子様なら、望めばきっと何にでもなれます」


 ヴォルフさんの言葉に被せる勢いで、リリーさんがきっぱりと言い切る。

 以前から薄々気づいていたが、リリーさんは私を過大評価し過ぎているきらいがある。


 私自身の能力は人並みかそれ以下だって、つい先日、レオンハルト様との会話で改めて実感したばかりなのに。

 でも、曇りのない真っ直ぐな目で言われると否定もし辛い。


「まぁ、旦那の有能さとアンタの粘り強さを考えたら可能性は無限大ね」


 ヴォルフさんは私の不器用さをよく理解してくれているようで、精神面のみ褒めてくれた。


「でも、お腹の子供が男の子なら、公爵家の当主確定じゃない?」


「確かに後継は必要ですが、子供達の意思も大事です」


 膨らんだお腹を、そっと摩る。


 レオンハルト様と同じように、騎士の才能があるかもしれない。隔世遺伝で父様に似たら、それこそ当主向きだ。

 以前レオンハルト様と話していたように、子供が魔力を持って生まれたら、テオ達のように立派な魔導師になるという道もある。


 どんな才能があるのか、どんな夢を持つのか、今はまだ分からない。

 希望通りの進路を進ませてあげられるかも、まだ分からないけれど。それでも、この子達の味方である事は絶対に変わらないから。


 どんな道を選んでも、お母様は、貴方達を応援し続けるって誓うわ。


「そうね、それに一人っ子とは限らないものね。アンタ達夫婦は仲が良いし、弟と妹がたくさん出来るかもしれないわ」


「……え」


 少しのからかいを混ぜたヴォルフさんの言葉に、私の口からは唖然とした声が洩れた。


「どうしたの?」


「一人っ子……」


 茫然とした私がぽつりと零すと、ヴォルフさんは気づかわしげな顔つきになる。


「……もしかして、余計な重圧を与えちゃった? ごめんなさい、無粋な発言だったわね」


「そうじゃなくて」


 頭を振ってから、改めて自分のお腹に視線を向ける。

 以前よりもずっと目立つようになった腹部には、新たな命が宿っているのは疑いようもない。

 お医者様にも問題ないと言われている。


 けれど、ふと今になって気になった。


 私は何故か、ごく当たり前の事のように、お腹の子供が双子だと思っていた。そうなる事が自然だと思い込んでいたせいで、先生にすら確認しなかった。


 でも、本当に双子が宿っていそうなら、お医者様はそう言うのではないだろうか。

 お腹の大きさも、一人と二人では変わるだろうし、他にも体調の変化など、兆候が見られる気がする。


 でも、お医者様には何も言われていない。

 つまり、言われていないって事は。


「え……、双子じゃ、ない……?」


 自分の言葉に、私は途轍もなく大きなショックを受けた。

 どうしてショックを受けているのか、なんで今自分が泣きそうなのか、その理由すら分からないのに。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 えっ?双子じゃないの?? リリーさんとミハイルの想像上の子どもの話しにほっこりしてたら驚きの展開です。 診察だけで双子かわかるのですか?エコーはないと思っているので画像診断…
おやおやリリーさん、ミハイル氏と進展しましたかヨシ! それはそうとなんで双子?と思ったら そうだった、魔王にさせられたかわいそうな少年のこと、すっかり忘れてました!
更新お疲れ様です。 異世界召喚されて母親と引き裂かれ、残酷な実験で融合してしまった哀しい双子の兄弟を、母親として愛して育てる事を誓った夢の中。 無意識下で覚えているのなら、お腹の子供が双子では無いか…
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