転生公爵の才能。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ、宜しくお願い致します。
養護院から帰宅した私は執務室に向かい、ニコルちゃんの描いたイラストを、レオンハルト様に見せた。
「これは……素晴らしいな。これでまだ成人前とは、末恐ろしい」
レオンハルト様は繁々と眺めた後、唸るように呟いた。
絶賛と言っても過言でない反応を見て、我が事のように嬉しくなる。
「でしょう? ニコルちゃんの絵は、私の理想なの」
私の手柄でもないのに、つい胸を張ってしまう。
それくらい、ニコルちゃんとの出会いは、私にとって幸運だった。
「私に絵心がないのは分かっていたから、元々、挿絵は別の人に依頼するつもりだったんだけどね」
「ああ。そういえば、試作品が返ってこなくて困っていましたね」
当時の私の困惑した様子を思い出したのか、レオンハルト様は可笑しそうに喉を鳴らす。からかわれている気配を感じ、私は軽くむくれた。
妊娠が判明してから、子供向けの玩具や教材について考えていた私は、ふと絵本を作りたいなと思いついた。
この世界にも一応、子供向けの本はある。
しかし挿絵は十数ページに一枚程度だし、文字数も多い。裕福な家庭に生まれ、高水準の教育を受けた十歳以上の子供が読むものといった印象だ。
そうではなく、幼い子供が楽しんで文字を覚え、道徳を学んでいける絵本がほしい。でも残念ながら、この世界にはない。
ならば自分で作ろうと、私は思い立った。
しかし、すぐに壁が立ちはだかる。前世の私はライトなオタクだったが、あくまで読み専で、絵師でも字書きでもない。
ただ読書量には自信があるので、引き出しはある。
語彙の乏しさは不安だが、子供向けなので凝った言い回しは必要ないだろうと割り切り、どうにか物語は出来上がった。
しかし、絵心の無さは、努力や根性ではカバーできない。
自力でどうにかするのは早々に諦め、絵は外注する事に決めた。
挿絵のある本や絵画を鑑賞しながら、イメージに合う画家を探し始めた私だったが、依頼する前に、本の内容についても確かめておく事にした。
この世界の子供向けの物語でメジャーなのは、英雄の冒険譚か、お姫様の恋物語だ。動物達の平和な日常の話が、果たして子供に受け入れられるのか。
不安になった私は、領地にある養護院を訪れ、子供達に試し読みをしてもらう事にした。
すると、私の不安を吹き飛ばすほどの大好評だった。
取り合いになりそうなところを神父様が窘め、皆で本を囲み、年長のお兄さん、お姉さんが読み聞かせる形で落ち着いたそうだ。
とても嬉しい。
嬉しいけれど、気に入られ過ぎて、返って来なくなるのは想定外だった。
完成版が出来上がったら持ってくるからと言っても、子供達は納得してくれなかった。見かねた神父様が間に入って言い聞かせてくれたけれど、涙目で本を抱える子供から取り上げるなんて出来ない。
敗北した私は『差し上げます』と伝えたものの、未だに葛藤している。
「子供達は気に入ってくれたけど、あの子達の審美眼に影響があったら申し訳ないと思ったのよ」
「そこまで言う?」
「人に言われるくらいなら、自分で言うわ」
「オレはまだ何も言っていないのに」
「目が言っているもの」
言いがかりに近い文句を言うと、レオンハルト様は眉を下げて苦笑した。
「オレは貴方の絵、好きですよ。確かに上手ではないけれど、温かくて優しい、貴方らしい絵だ。子供達も、そういうところが気に入ったんじゃないかな」
「…………」
私は自分の頬が赤らむのを感じた。
お世辞やご機嫌取りではなく、自然に出た言葉だと分かるから反応に困る。
焦りを誤魔化す為にわざとらしい咳払いを一つしてから、話を変えた。
「わ、私の絵についてはどうでもいいのよ。大事なのは、ニコルちゃんの絵の話だから」
「ああ、理想なんでしたっけ?」
レオンハルト様は、微笑ましいものを見るような目を向けてきたが、それ以上は突っ込まず、不自然な話の切り替えに乗ってくれた。
「そう。写実派とも印象派とも違うでしょう?」
「確かに。丁寧に描かれているけれど、写実的とは少し違うかな。実際の動物より、可愛らしい印象ですね」
細部まで描かれている事から察するに、たぶんニコルちゃんが普段描く絵は、写実的なものなんだと思う。
ただ私のゆるい絵……、テオ曰く、ワタとイガグリに釣られて、少しデフォルメされたんじゃないかな。それが良い具合に、絵本の世界にマッチしている。
現代日本では珍しくないタッチでも、この世界では希少。
というか私が知る限り、唯一無二だ。
なんせこの世界では子供向けの本の挿絵でも妙にリアルで、ちょっと怖い。不思議の国のアリスの原書の挿絵みたいに、謎の迫力がある。
大人は好きな人も多いかもしれないが、子供にはその魅力が伝わり難いんじゃないかなと思う。
「うん。……いいんじゃないかな。売れると思いますよ、これは」
商売人の目になったレオンハルト様は、そう告げた。
成人前から騎士を目指していたレオンハルト様にとって、経営は畑違いなはずだが、公爵家の領地運営に携わるようになってから短期間でバンバン成果を上げている。
審美眼や目利きがどうのというよりは、嗅覚が優れているというか、勘が良いというべきか。とにかく、その手の予言は外した事がない。
だから、彼が売れるというのなら、売れるのだろう。
「他にも色んな話を書こうと思っているから、そっちも出来ればニコルちゃんに挿絵をお願いしたいのよね。ただ、一応は口頭で了承はもらっているけれど、細かい部分は相談してから書面に起こすつもり」
既存の話を自分の手柄として発表するのは気が引けるので、今回はオリジナルの作品にしたが、名作を広めないのは、それはそれで勿体ないとも思っている。
『北風と太陽』とか『すっぱい葡萄』は教訓になるし、子供の頃に好きだった『泣いた赤鬼』とかもいいな。
その場合、鬼は別の架空の生物になるかもしれないけれど。
著作権は世界線を超えないと割り切って出すか、否か。悩むところだ。
「専属契約をするんですよね?」
「そのつもりだけど、ちゃんと説明して、納得してもらってからにしようと思って」
「選択の自由をあげるのも大切ですが、守る事を優先した方が良いかと。これほどの才能ならば、世に出た途端に色んな人間が群がってきますよ」
「……そうね。ニコルちゃんはしっかりしているけど、まだ子供だものね」
私は絵本の挿絵としての彼女の絵を評価しているが、ニコルちゃんが進みたい道が同じとは限らない。もっと本格的な油絵やフレスコ画を描きたいと思うのなら、どこかに弟子入りして、いずれパトロンを見つけるという道もある。
ニコルちゃんの意思で自由に選んでほしいと思ったけれど、それは何年後かの未来でいいのかもしれない。
まずは私の庇護下で絵画以外の事も学び、狡い大人達から身を守る術を身に着けてからでも遅くないだろう。
「その辺りも含めて説得したいから、レオンも同席してくれる?」
たぶん、そういうのは私よりもレオンハルト様の方が上手い。
「ええ、もちろん。数日以内に時間を作りますね」
そう言いながらレオンハルト様は、ニコルちゃんの絵を私に戻した。
一声かけてから退室しようとした私だったが、何かを考えこんでいる風のレオンハルト様を見て、足を止める。
「レオン?」
『どうしたの?』という意味を込めて名を呼ぶ。
「いや。ローゼの周りには、才能のある人間がよく集まるなと思って」
「私自身は特技らしい特技を持たない凡人なんですけどね」
私がそう返すと、レオンハルト様は軽く口角を上げた。
「ローゼは、それ自体が才能だから」
周りの人に恵まれているという点は同意するけれど、それを私の才能と呼んで良いものなのかな。
腑に落ちずに首を傾げていると、レオンハルト様はそんな私を見て、笑みを深めた。
※一部本文が重複してしまっておりました。
ご指摘くださった皆様、ありがとうございます。




