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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
360/396

総帥閣下の対話。

※レオンハルト視点となります。

 


 さて、どうしたものかな。

 紅茶を飲みながら、オレは胸中でそう呟いた。


 ローゼとビアンカ嬢が退室し、取り残されたミハイルは困惑していた。無理もない。オレとミハイルは、親しいと呼べる間柄では無いのだから。

 交流はあるし、会えば話もする。けれど、ローゼやビアンカ嬢、クーア族の誰かなど、間に共通の友人を置いている事が前提だ。二人きりで話した事は、数える程しか無い。


 相談相手として、オレは不適格と言えよう。


 現にミハイルは、明らかに萎縮してしまっている。

 プレリエ公爵家の使用人が用意した軽食がテーブルの上に並べられているが、一切手をつけていない。

 俯いたミハイルは、ぎこちない動作で紅茶を飲んでいるだけ。


 どうにか緊張を解いて欲しいが、なんと声を掛けても余計に悪化させてしまいそうな気がする。

 何か良い方法は無いものかと頭を悩ませた。


 近衛騎士団に所属していた頃には、部下から相談を受けた事もある。酒の席で同僚に延々と愚痴を聞かされた事もあった。

 けれど、彼等とミハイルは違う。騎士団に所属している人間は、良くも悪くも単純な者が多い。悩みがあるとぼやいていたかと思えば、翌日にはケロリと忘れているような奴らと、繊細なミハイルを同列には並べられない。


 こんな時、ローゼなら上手に相手の心を解きほぐすのだろうな。


 ローゼは優れた話術を持っている訳では無い。相手の気持ちを全て読み取れるほど、察しが良いとも言えないだろう。

 しかし、傍に居ると落ち着く。不思議と、この人になら話したい、聞いて欲しいと思わせる何かがある。


 本来ならば人には相性というものが存在するが、ローゼには当て嵌まらない。実直な人間、捻くれ者、気が強い人も、大人しい人も、ローゼには心を開く。


 相手を思い遣るローゼの優しさが、そうさせるのかもしれない。


 きっと今頃、ビアンカ嬢も肩の力を抜く事が出来ているだろう。

 そう考えると、ミハイルには申し訳なく思う。


 しかし、交代は出来ない。

 今回の話し合いは、ある意味、ローゼよりもオレの方が適任だから。


 取り留めも無い事を考えているうちに、ミハイルのカップが空いた事に気付いた。


「お代わりは如何でしょう?」


「あっ……、お、お願いします」


 控えていたメイドに声を掛けられ、ミハイルは狼狽えつつも頷いた。


「少し変わった味だが、口に合ったかな?」


「は、はい。一口目はびっくりしましたが、慣れると美味しいです」


「それは良かった。フランメ産のお茶で、ローゼが好んで取り寄せているものなんだ。妊娠していると分かってからは飲むのを控えているが、この酸味と香りが好きらしい」


「そうなんですね」


「癖が強く、人を選ぶ品なせいか、地元でもあまり広くは知られていないようだが、リリー嬢はご存じだったそうだ」


 ミハイルの肩がピクリと揺れる。

 リリー嬢の名に反応した彼は、笑おうとして失敗したみたいな顔をした。


「リリーさんは、博識ですから」


 恋愛関係に関しては鈍いローゼですら気付くくらい、ミハイルはリリー嬢に好意を持っていた。逆も然り。恋愛感情かどうかまでは分からなくとも、互いに尊敬し、慈しみ合う良い関係を築いていたのに。


 最近のミハイルは、リリー嬢と距離を置いている。

 避けてはいないが、少しだけ余所余所しい。小さな違和感は周囲も感じ取っていたけれど、理由が分からずに見守るしかなかった。


 しかし、先日、ミハイルの悩みが判明した事で、彼がそうした事の理由もなんとなく分かった。

 ミハイルはきっと、誰かと特別に親しくなる事を恐れている。


「そうだな。彼女は優秀で素晴らしい女性だ。患者にも同僚にも信頼され、慕われている。……余計なお世話である事は百も承知で言うが、うかうかしていると横から掻っ攫われてしまうぞ?」


「!」


 ミハイルは虚を衝かれたように、目を見開いた。

 普段の彼ならば、赤面して狼狽えただろう。しかし、今のミハイルは取り乱す事は無かった。俯きかけた彼は、何かを振り切るように目を伏せ、頭を振った。


「……そもそもオレの片思いです。それに、もし奇跡が起こって好きになってもらえたとしても、オレではリリーさんを幸せにする事は出来ない。だから、それでいいんです」


「ぽっと出の男の方が、彼女を幸せに出来るとでも?」


「オレよりは、きっと」


「君が、そう思いたいだけだろう」


「っ……」


 ぐっとミハイルは息を呑む。

 オレは敢えて、突き放すような言葉を選んだ。


「ビアンカ嬢に関してもそうだ。君が離れる事で、回避出来る厄介事は確かにあるのだろう。でも、だからと言って幸せになれるとは限らない。人と人が関われば、大なり小なり摩擦が生じるからだ。それは当人同士の性格の不一致かもしれないし、相手の家族との不和かもしれない。些細でありふれた不幸は、世界中どこにでも転がっている。君が取り除いた小石以外に躓く可能性は、いくらでもある」


「それは……」


「厳しい事を言ってすまない。でも、ちゃんと考えて欲しい。君が離れる選択をするという事は、ビアンカ嬢やリリー嬢が躓いた時に、支える権利も失う事だと理解しているか?」


「え……」


 理解が追い付かなかったのか、ミハイルは唖然とした声を洩らす。


「家庭内の諍いに、親族では無い人間が口を挟むのは難しい。それに連絡を絶ってしまえば、気付く事すら出来ないかもしれない。ビアンカ嬢の性格を考えたら、縁を切った君を頼る事なんて、しないだろうしな」


 ミハイルの顔から、ざっと血の気が引いた。

 蒼褪めた彼の肩が小刻みに揺れている。きっと今、彼の頭の中では最悪の未来が描かれているに違いない。


 オレはミハイルの様子をじっと見守りながら、そっと息を零した。


「……自分のせいで大切な人が不幸になるかもしれないだなんて、考えたくもないよな。オレでも耐えられるか分からない」


 ミハイルの話を、我が身に置き換えてみる。

 もしも、オレが魔力持ちだったら。オレが原因でローゼが誹謗され、虐げられる可能性があるとしたら、オレはどうしただろう。

 何があっても離れはしないと、断言出来ただろうか。


「たぶん、かなり悩む。君のように、離れた方がいいかもしれないと思うかもな。それでも最終的には、傍にいる事をオレは選ぶだろう。オレが原因のものも、そうでないものも、降りかかる災難の全てから守りたいから、どうか傍にいさせてくれとローゼに希うよ」


「……レオンハルト様は、強いですね」


 ミハイルは眉を下げ、微笑む。相変わらず顔色は悪いけれど、今日一番、柔らかな笑顔だった。


「いや、弱いからだ」


「えっ?」


「オレはローゼが傍にいないと、満足に呼吸も出来ない男だから」


 苦笑しながら答えると、ミハイルは呆れたのか、言葉を失くしていた。


「君は賢いし、オレと違って我慢強い。オレと同じように、力尽くで解決する必要は無いよ。君に合った方法で、ビアンカ嬢やリリー嬢を守ればいいと思う。ただ、考えてくれ。それは、傍にいなくても可能な方法なのか。離れる事が、本当に最善なのかを」


「最善……」


 ミハイルは己に問うように、言葉を繰り返す。


 考えてくれ、というオレの言葉を律儀に受け止めたらしい。じっと手元を見つめたまま、動きを止めたミハイルは考えを巡らせているようだった。


「……オレが原因で誰かが傷付くなんて嫌でした。でもオレの周りの人達はとても優しいから、嫌な目に遭っても、きっと『離れてくれ』なんて言わない。だから、オレから離れようと思いました」


「うん」


 頭の中を整理するように言葉を紡ぐミハイルに、オレは短く相槌を打つ。


「オレのせいで大切な人を煩わせなくて済むし、言い辛い事を言わせる必要も無くなる。オレも大切な人達から疎まれない。だから、これでいいんだって思った」


「うん」


「でも、それは……ある種の『逃げ』だったのかもしれない」


 ミハイルは苦しげな表情で言葉を吐き出した。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 想像通りの雰囲気で始まったので、ちょっと笑ってしまいました。 男同士だから言える話し、レオン様が最適だったと思います。 レオン様が素で話しできるのはクラウスを筆頭に騎士団…
一見相手を思い遣って見える優しいような言い訳で逃げるのは、自分の弱さでしか無いんですよね。 本当に相手を思うなら、自分の気持ちを伝えた上で相手に選ばせるはずなわけで。 それで相手が選んだ道が自分との…
男同士、腹を割って話そうじゃないか 飲みニケーションってやつ。懇意にしてる居酒屋に…無いわ居酒屋。
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