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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
351/396

炎魔導師の訪問。(2)

※前回に続き、魔導師テオ・アイレンベルグ視点となります。

 


 ミハイルと話しながら扉を開けると、中では丁度、子供達が神父様に許可を貰っているところだった。

 白髪で細身の神父様は、入ってきたオレ達に気付く。


「みんな。テオお兄さんになんて言うんですか?」


「お土産、ありがとうございます!」


 子供達は声を揃えて、元気に礼を言う。


「どういたしまして」


 神父様が許可を出すように頷くと、子供達は食堂へと向かって行った。

 賑やかな背中を見送っていると、神父様が近付いてくる。彼は綺麗な所作で、オレに頭を下げた。


「テオさん、いつもありがとうございます」


「止めてください。そんな大した事はしてませんよ」


 慌てて手を振ると神父様は、子供達に向けるような慈愛の籠った眼差しをオレに向ける。たぶん彼から見たら、オレも養護院の子供達と大差ないのだろう。


「今日はお友達とご一緒ですか?」


「はい、ミハイルです。ミハイル、こちらはエルマー神父様だ」


「はじめまして。突然お邪魔してしまって、申し訳ありません。テオと同じ職場で働いているミハイルと申します」


 ミハイルが名乗ると、神父様は「ああ、貴方が」と笑みを深める。その反応を見て、ミハイルは戸惑うように眉を下げた。


「エルマーと申します。お噂はかねがね、伺っておりますよ」


「う、噂ですか?」


 自分に自信のないミハイルは、噂という単語を聞いて蒼褪める。

 明らかに良く無い方向へと勘違いしているだろうミハイルの肩に、オレはポンと手を置いた。


「ここの教会には、たまに姫様が顔を出すんだけど、オレもかち合った事があったんだ。その時に医療施設や魔導師の話になって、その流れでお前の事も話したってだけ。良い事しか言ってないから身構えんなよ」


 これがルッツならば、『まるでオレに悪いところもあるかのような口ぶりじゃない?』って言い返してくるだろう。

 しかしミハイルが噛み付いてくるはずもなく、顔色も悪いままだ。


「ええ。テオさんも領主様も貴方の事を、とても真面目で優しい方だと仰っていましたよ。ですから私も、お会いするのを楽しみにしておりました」


 神父様がオレの言葉を補ってくれたけれど、ミハイルの表情は晴れない。

 何か言いたげな彼の言葉を促すべく、「ミハイル?」と呼びかける。すると不安げに揺れる黒い瞳が、神父様とオレを交互に見た。


「どうかされましたか?」


「……いいえ」


 ミハイルはゆるりと首を横に振る。

 笑顔はぎこちなかったけれど、さっきまでの強張りは解けたような気がした。


「オレは要領が悪くて失敗が多いので、つい勘繰ってしまいました」


 誤魔化すようなミハイルの態度を追求する事無く、神父様は「そうですか」と優しい声で言うに留めた。


「立ち話もなんですから、お茶でも如何でしょう? こないだ丁度、良い茶葉を頂いたんです」


「お構いなく。用事が終わったら、お暇しますので」


「まぁ、そう言わず。少し、年寄りのお喋りに付き合ってください」


 途中までやってあった物置小屋の壁の補修を終わらせたら、すぐに帰ろうと思っていた。しかし、頑なに断るのも申し訳ないし、余計に気を遣わせるだろう。

 それに、ミハイルのさっきの様子も気になるし。


 オレは少し考えてから、神父様の言葉に頷いた。


「分かりました。お言葉に甘えます。ミハイルもいいか?」


「はい」


「では、用意をしてまいりますので、応接間でお待ちください。こちらです」


 案内に従って神父様の後ろを歩いていると、彼がふと足を止める。視線を辿ると部屋の扉が半分開いていた。

 二段ベッドの縁を背凭れ代わりにして、子供が一人、床に座っている。本を読んでいる為、俯いていて顔は見えない。


「少々、お待ちいただけますか?」


 神父様はオレ達に断りを入れてから、子供がいる部屋に近付く。驚かせない為か、開いた扉を二回、軽く叩いた。


「ニコル」


 呼ばれた子供は顔を上げる。ここの子供達は全員、名前も顔も覚えているが、この子の顔に見覚えは無かった。

 最近、入った子なのかもしれない。


 年齢はおそらく十歳前後。小柄で痩せているので、年齢が判断し難い。艶がなく、あちこち跳ねた明るい茶色の髪と、吊り上がり気味の青い瞳。中性的な顔立ちをしているが、たぶん女の子だ。


「みんな、食堂で頂き物のお菓子を食べていますよ。貴方も一緒に食べてらっしゃい」


 ニコルと呼ばれた子供は、緩慢な動作で首を振る。


「……他の人が食べればいい」


「多めに買ってきてあるから、遠慮しなくても大丈夫だぞ?」


 神父様の背後から顔を出し、話しかける。ニコルはオレの顔を一瞥してから、またゆっくりと頭を振った。


「いらない。私はこっちがいい」


 こっち、と言いながらニコルは本を軽く持ち上げる。


「分かりました。食べたくなったら言ってくださいね」


 神父様はそう言ってから、部屋の扉を閉めた。




 カップにふぅと息を吹きかけると、湯気と共に良い香りが立ち上る。

 一口含むと、ほんのり甘い花のような匂いが鼻から抜けた。色は濃い目だが渋みは少なく、アッサリとしていて飲みやすい。

 紅茶好きの姫様ならきっと産地や品種も分かるのだろうが、生憎オレには、美味いか不味いかしか分からない。


「お口に合いますか?」


「美味いです」


「はい、後味がすっきりしていて飲みやすいです」


「それは良かった」


 神父様は嬉しそうに目を細める。

 いくつか他愛ない世間話をしてから、オレは気になっていた事を聞いた。


「神父様。さっきの子は……」


「ニコルは先週から、私達の家族になりました。生まれは別の土地ですが、親代わりの祖母が亡くなり、プレリエ領へ移ってきたそうです」


 子供が一人で旅をしている様子を思い浮かべると、胸が痛い。

 何処から来たのかは知らないが、決して楽な旅路ではなかっただろう。


「商人の後を追いかけていたら、ここに辿り着いたと言っておりました。生まれ故郷では食べていくのに困るので、商人が集まるような大きな街を目指したようです」


「……生まれた土地では、身寄りのない子供を保護する施設は無かったのでしょうか」


 ミハイルは悲壮な顔で呟く。

 神父様も哀しげな面持ちで、瞳を伏せた。


「おそらく教会はあったでしょうし、言えば保護をしてくれたと思います。ただ、そこが子供達にとって良い環境かどうかは分かりません」


 養護院の運営は、貴族や商人の寄付で成り立っている。

 名誉や体裁を重んじる貴族にとって、教会への寄付は義務に等しい。けれど、強制力はない。寄付額が公になる訳ではないし、寄付したところで見返りが無いと、最低限のお金しか回さない貴族も中にはいる。

 そして、そんな貴族が領主であった場合は目も当てられない。


「私は昔、別の土地で神父をしておりましたが、ここほど恵まれてはいませんでした。ニコルのように勤勉な子供達もおりましたが、高価な本は疎か、紙とペンすら満足に与えてあげられなかった」


「神父様……」


「時々、私にはここが理想郷のように思えます。争いもなく、飢えもない。子供達は元気に遊び、学べる環境がある。そして何より、人が優しい。穏やかな気性の住民と、優しく真っ直ぐな領主様。そして、そんな御方を支える優秀な若者達がいる」


 貴方がたのようにね、と神父様は笑った。

 彼は優しい目で、ミハイルをじっと見つめる。


「どうか、胸を張ってください。人生は長く、悩まれる事も多いでしょう。けれど、貴方の優しさに救われている人々がいる事を、忘れないでくださいね」


 暗い顔をしていたミハイルに、神父様は気付いていたのだろう。

 けれど無理に悩みを聞きだすのではなく、ただ温かい言葉で励ます神父様もまた、とても優しい人だとオレは改めて実感した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 前回の男子トークのほのぼのムードはどこに? 人生を考え語る会みたいになってますね。 真面目なミハイルは全ての人を救いたいと思うのかもしれませんがそれは困難。 目…
[良い点] 「神父」「教会」といった存在に対し、テオは辛い想い出がある筈ですが、今の彼はそれをおくびにも出しませんね。ミハイルの様子を気に掛ける余裕まである。ローゼと出会い、様々な出来事を経験した彼に…
[良い点] 更新ありがとうございます! プレリエ領の施設は、身寄りのない子供たちにとって恵まれた環境が整っているんですね。 マリーちゃんをはじめとした多くの人達の努力の賜物ですね(*^^*)
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