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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
350/396

炎魔導師の訪問。

※火属性の魔導師、テオ・アイレンベルグの視点となります。

 

「テオ」


 街中で呼ばれて振り返ると、少し離れた場所に見知った顔がいた。

 彼は人と人との間を縫うようにして、こちらへと駆け寄ってくる。


「こんにちは、テオ」


「おっす。ミハイルも今日は休みだっけ?」


 オレがそう問うと、プレリエ領の医療施設で共に働く同僚であり、友人でもあるミハイルは頷く。


「はい。今日、明日と連休をいただきました」


 ミハイルが連休を取るとは、珍しい。連休を『いただいた』のではなく、『取らされた』の方が正しいのだろうな。


 ミハイルは仕事熱心だ。医療の現場が肌に合っているのか、生き生きと働くのは良い事だと思うが、たまに行き過ぎている時がある。

 人手が少ない時には休日を返上したり、休みの日なのに職場に来て、アレコレ手伝ってみたりと、端的に言えば働き過ぎだと思う。しかも当人は働く事が好きで、苦に思っていない事が負の連鎖を生んでいる。


 姫様が『シャチク適性があり過ぎる……』と頭を抱えていた。『シャチク』の意味は分からないのに、何故か同意してしまいそうな響きだった。


「それで珍しく、街まで出てきたんだな」


 『珍しく』というオレの言葉にミハイルは眉を下げ、困ったように笑う。


「……実は今日も医学書を読んで過ごす予定だったんですが、ヴォルフさんに見つかって追い出されました。『天気も良いんだから、たまには街で遊んで来なさい』って」


「ガキ扱いだな」


「子供より手が掛かるって言われました」


「違いない」


 困り顔のミハイルだが、何処か嬉しそうでもあった。

 オレやルッツもそうだが、魔力持ちは総じて人との関わりが薄い。ミハイルの場合は世話焼きな姉さんがいるけれど、それでも寂しさはあったのだろう。クーア族の皆に構われる時の彼は、いつも幸せそうだ。


「でも街に出たのはいいんですが、何をしたらいいのか分からなくて困ってました」


「リリーさんを誘って、デートでもすれば良かったのに」


「でっ!?」


 ミハイルは絶句した。


 クーア族の少女、リリーさんとミハイルは仲が良い。

 物静かで穏やかな気性の二人は馬が合うのか、よく一緒にいるところを見かける。とはいえ、恋仲に発展したなんて話は聞かないし、見たところ、そんな雰囲気もない。

 姫様という共通の話題で盛り上がる姿は、恋人同士というより同好の士。


 もしかして、本当に異性として意識していないのかとも思ったが、ミハイルの真っ赤な顔を見ると、そうとも思えない。思えないが、他人がどうこう言う事ではないので、これ以上は突かないでおこう。

 ミハイルにはミハイルのペースがあるだろうしな。


「あ。リリーさんは今日、休みじゃないか」


「そ、そうですよ」


 オレが話の軌道をやや逸らすと、ミハイルは目に見えて安堵した。

 こういう素直な姿を見ると余計に構いたくなるが、ぐっと堪える。


「ところで、テオは何を? お買い物中ですか?」


「オレ? まぁ、買い物中といえば買い物中なんだけど」


 歯切れの悪いオレに、ミハイルは首を傾げた。


「もし宜しければ、ご一緒したいなと思ったんですが……迷惑ですか? 一人だと時間を持て余してしまいそうなんです」


「迷惑じゃないよ。ただ、これから寄るところがあるから、付き合わせる事になるけどいいか?」


 ミハイルの表情がパッと輝く。嬉しそうな顔で頷く彼に、オレは苦笑した。

 ミハイルの方がオレより一つ年上なはずだが、弟と話しているような気分だった。


「じゃあ、早速。……と言いたいところだけど、その前に手土産買わなきゃな。この辺で、菓子を売っている場所を知ってるか? 出来れば、日持ちする焼き菓子がいいんだけど」


「それなら、向こうの通りで見かけましたよ」


 ミハイルに案内されながら、菓子屋を目指す。


「女性が並んでいたので、人気のお店だと思います」


「おお、いいね。それならヴェラもきっと喜ぶ」


「はい、……!?」


 相槌を打っていたミハイルは、途中で固まる。勢いよくオレの方を向いた彼は、驚きに目を見開いていた。


「ま、まさか、で、でで、デートの約束があるのは、テオの方だったりします……?」


 盛大に噛みながら訊ねるミハイルに、オレは無言でニヤリと口角を吊り上げた。




「あ! テオだ!」


「テオお兄ちゃん、いらっしゃい!」


 わらわらと四方から子供達が集まってくる。その様子を眺めていたミハイルは、唖然としていた。

 ぶつかるように抱き着いてきたのは、七歳になったばかりの少女だ。彼女の頭を撫でながら、ミハイルに向けて「ヴェラだ」と紹介すると、彼は己の勘違いに気付いたのか、頬を赤く染めた。


「テオ兄、美味しそうな匂いがする」


「おお、鼻が利くな。今日の土産は焼き菓子だ」


 傍にいた少年に菓子の入った紙袋を手渡すと、皆の目が輝く。オレの腰にしがみ付いていたヴェラも、菓子の方が良いらしく、アッサリと離れて行った。


「ちゃんと神父様に報告して、許可を貰ったら食べていいぞ。皆で仲良く、平等に分けろよ」


 はーい、と元気な返事が重なる。

 紙袋を抱えた少年を中心にして、子供達がはしゃぎながら家の中へと入っていく。その様子は仔犬のじゃれ合いのようで、とても微笑ましい。


「ここの教会には、良く来るんですか?」


「休みの日に、たまにな」


 以前に街をぶらついていた時、たまたま子供達と知り合った。買い物袋の底が抜けてしまい、困っていたのを手助けした事が始まりだ。


 ここの教会には、身寄りのない子供達が十人ほど暮らしている。

 通いで手伝う人は何人かいるようだが、住んでいる大人は高齢の神父様だけ。不定期過ぎて猫の手にも満たないが、多少は力になれるのではないかと思い、たまに顔を出している。


「次からは、オレも誘ってもらっていいですか?」


「うん?」


「オレもお手伝いしたいです」


 昔、姫様から聞いた話を思い出す。

 神父見習いだった頃のミハイルは、近隣の孤児院を回って手伝っていたと言っていた。


 献身的な姿勢には頭が下がる、が。


「うーん。お前の場合、働き過ぎだからなぁ。倒れられても困るし、ヴォルフさんのお許しが出たらいいよ」


「う……」


 小さく呻いて、ミハイルは肩を落とす。お許しが貰えないだろうと予測出来る程度には、無理をしている自覚はあるらしい。


 誰か適度に手を抜く術を教えてやってほしいけれど、思い当たる人物がいない。

 医療施設も研究所も、嬉々として働く変人揃いだ。良家の子息であり、優秀な商人であるゲオルクも勤勉を絵に描いたようなやつだし。


 おかしい。どこの組織でも、怠惰な人間は一定数いるものなのに。

 勤勉な人間がいれば、その陰で楽をしようとする者がいるのが普通だ。優秀な人材が集う王城すら例外ではなく、無能な役人や怠け癖のある兵士、お喋りに忙しいメイドがいたというのに。

 プレリエ領では、そういう類の人間を殆ど見かけない気がする。


「そもそも、姫様が働き者だしな……」


 妊娠が判明してからは仕事を減らしているらしいが、以前は領主とは思えないほど、くるくる動き回っていた。

 ミハイルの事を言えないくらい、姫様も『シャチク』とやらだったと思う。


 頂点である領主の勤勉さが、下の者にも移ったのかもしれないな。

 たぶん姫様にそう伝えたら、『風評被害だ』と怒るだろうけれど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 久しぶりに日常が戻った感じです。 ミハイルは相変わらず素直でいい子ですね。 テオがお兄ちゃんしてるのと、ちょっとだけ恋愛を気にした男子トークいいね! ほっこりし…
[一言] 更新お疲れ様です。 久々にテオ視点。というか、テオが出てきたのが久し振りの様な・・・w そして、ミハイルも久し振りですねw テオもミハイルも充実した日々を送っている様で何より、と言いたいで…
[一言] シャチク公爵領……!!恐ろしい でも皆さん自主的に喜んでやってますので! アットホームな領地です!
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