炎魔導師の訪問。
※火属性の魔導師、テオ・アイレンベルグの視点となります。
「テオ」
街中で呼ばれて振り返ると、少し離れた場所に見知った顔がいた。
彼は人と人との間を縫うようにして、こちらへと駆け寄ってくる。
「こんにちは、テオ」
「おっす。ミハイルも今日は休みだっけ?」
オレがそう問うと、プレリエ領の医療施設で共に働く同僚であり、友人でもあるミハイルは頷く。
「はい。今日、明日と連休をいただきました」
ミハイルが連休を取るとは、珍しい。連休を『いただいた』のではなく、『取らされた』の方が正しいのだろうな。
ミハイルは仕事熱心だ。医療の現場が肌に合っているのか、生き生きと働くのは良い事だと思うが、たまに行き過ぎている時がある。
人手が少ない時には休日を返上したり、休みの日なのに職場に来て、アレコレ手伝ってみたりと、端的に言えば働き過ぎだと思う。しかも当人は働く事が好きで、苦に思っていない事が負の連鎖を生んでいる。
姫様が『シャチク適性があり過ぎる……』と頭を抱えていた。『シャチク』の意味は分からないのに、何故か同意してしまいそうな響きだった。
「それで珍しく、街まで出てきたんだな」
『珍しく』というオレの言葉にミハイルは眉を下げ、困ったように笑う。
「……実は今日も医学書を読んで過ごす予定だったんですが、ヴォルフさんに見つかって追い出されました。『天気も良いんだから、たまには街で遊んで来なさい』って」
「ガキ扱いだな」
「子供より手が掛かるって言われました」
「違いない」
困り顔のミハイルだが、何処か嬉しそうでもあった。
オレやルッツもそうだが、魔力持ちは総じて人との関わりが薄い。ミハイルの場合は世話焼きな姉さんがいるけれど、それでも寂しさはあったのだろう。クーア族の皆に構われる時の彼は、いつも幸せそうだ。
「でも街に出たのはいいんですが、何をしたらいいのか分からなくて困ってました」
「リリーさんを誘って、デートでもすれば良かったのに」
「でっ!?」
ミハイルは絶句した。
クーア族の少女、リリーさんとミハイルは仲が良い。
物静かで穏やかな気性の二人は馬が合うのか、よく一緒にいるところを見かける。とはいえ、恋仲に発展したなんて話は聞かないし、見たところ、そんな雰囲気もない。
姫様という共通の話題で盛り上がる姿は、恋人同士というより同好の士。
もしかして、本当に異性として意識していないのかとも思ったが、ミハイルの真っ赤な顔を見ると、そうとも思えない。思えないが、他人がどうこう言う事ではないので、これ以上は突かないでおこう。
ミハイルにはミハイルのペースがあるだろうしな。
「あ。リリーさんは今日、休みじゃないか」
「そ、そうですよ」
オレが話の軌道をやや逸らすと、ミハイルは目に見えて安堵した。
こういう素直な姿を見ると余計に構いたくなるが、ぐっと堪える。
「ところで、テオは何を? お買い物中ですか?」
「オレ? まぁ、買い物中といえば買い物中なんだけど」
歯切れの悪いオレに、ミハイルは首を傾げた。
「もし宜しければ、ご一緒したいなと思ったんですが……迷惑ですか? 一人だと時間を持て余してしまいそうなんです」
「迷惑じゃないよ。ただ、これから寄るところがあるから、付き合わせる事になるけどいいか?」
ミハイルの表情がパッと輝く。嬉しそうな顔で頷く彼に、オレは苦笑した。
ミハイルの方がオレより一つ年上なはずだが、弟と話しているような気分だった。
「じゃあ、早速。……と言いたいところだけど、その前に手土産買わなきゃな。この辺で、菓子を売っている場所を知ってるか? 出来れば、日持ちする焼き菓子がいいんだけど」
「それなら、向こうの通りで見かけましたよ」
ミハイルに案内されながら、菓子屋を目指す。
「女性が並んでいたので、人気のお店だと思います」
「おお、いいね。それならヴェラもきっと喜ぶ」
「はい、……!?」
相槌を打っていたミハイルは、途中で固まる。勢いよくオレの方を向いた彼は、驚きに目を見開いていた。
「ま、まさか、で、でで、デートの約束があるのは、テオの方だったりします……?」
盛大に噛みながら訊ねるミハイルに、オレは無言でニヤリと口角を吊り上げた。
「あ! テオだ!」
「テオお兄ちゃん、いらっしゃい!」
わらわらと四方から子供達が集まってくる。その様子を眺めていたミハイルは、唖然としていた。
ぶつかるように抱き着いてきたのは、七歳になったばかりの少女だ。彼女の頭を撫でながら、ミハイルに向けて「ヴェラだ」と紹介すると、彼は己の勘違いに気付いたのか、頬を赤く染めた。
「テオ兄、美味しそうな匂いがする」
「おお、鼻が利くな。今日の土産は焼き菓子だ」
傍にいた少年に菓子の入った紙袋を手渡すと、皆の目が輝く。オレの腰にしがみ付いていたヴェラも、菓子の方が良いらしく、アッサリと離れて行った。
「ちゃんと神父様に報告して、許可を貰ったら食べていいぞ。皆で仲良く、平等に分けろよ」
はーい、と元気な返事が重なる。
紙袋を抱えた少年を中心にして、子供達がはしゃぎながら家の中へと入っていく。その様子は仔犬のじゃれ合いのようで、とても微笑ましい。
「ここの教会には、良く来るんですか?」
「休みの日に、たまにな」
以前に街をぶらついていた時、たまたま子供達と知り合った。買い物袋の底が抜けてしまい、困っていたのを手助けした事が始まりだ。
ここの教会には、身寄りのない子供達が十人ほど暮らしている。
通いで手伝う人は何人かいるようだが、住んでいる大人は高齢の神父様だけ。不定期過ぎて猫の手にも満たないが、多少は力になれるのではないかと思い、たまに顔を出している。
「次からは、オレも誘ってもらっていいですか?」
「うん?」
「オレもお手伝いしたいです」
昔、姫様から聞いた話を思い出す。
神父見習いだった頃のミハイルは、近隣の孤児院を回って手伝っていたと言っていた。
献身的な姿勢には頭が下がる、が。
「うーん。お前の場合、働き過ぎだからなぁ。倒れられても困るし、ヴォルフさんのお許しが出たらいいよ」
「う……」
小さく呻いて、ミハイルは肩を落とす。お許しが貰えないだろうと予測出来る程度には、無理をしている自覚はあるらしい。
誰か適度に手を抜く術を教えてやってほしいけれど、思い当たる人物がいない。
医療施設も研究所も、嬉々として働く変人揃いだ。良家の子息であり、優秀な商人であるゲオルクも勤勉を絵に描いたようなやつだし。
おかしい。どこの組織でも、怠惰な人間は一定数いるものなのに。
勤勉な人間がいれば、その陰で楽をしようとする者がいるのが普通だ。優秀な人材が集う王城すら例外ではなく、無能な役人や怠け癖のある兵士、お喋りに忙しいメイドがいたというのに。
プレリエ領では、そういう類の人間を殆ど見かけない気がする。
「そもそも、姫様が働き者だしな……」
妊娠が判明してからは仕事を減らしているらしいが、以前は領主とは思えないほど、くるくる動き回っていた。
ミハイルの事を言えないくらい、姫様も『シャチク』とやらだったと思う。
頂点である領主の勤勉さが、下の者にも移ったのかもしれないな。
たぶん姫様にそう伝えたら、『風評被害だ』と怒るだろうけれど。




