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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
341/396

転生公爵の祭り。(6)

 


「レオンハルト様! 握手してくださいっ!」


「僕もー!」


 颯爽と立ち去ろうとしていたレオンハルト様だったが、そうは問屋が卸さない。キラキラと目を輝かせた子供達に囲まれて、ヒーローの如く握手を求められている。

 子供達の好意を無碍には出来ず、苦笑しながら握手に応じているうちに、どんどん人に埋もれていく。


 困っている様子が微笑ましくて、つい笑み崩れてしまう。

 擦り寄ってくる貴族相手ならサラリと受け流せるのに、懐いてくる子供達は上手く躱せない。レオンハルト様のそういうところが、本当に愛しいと思う。


 助けてあげたいところだけど、私が行くと余計にややこしくなりそうだ。囃し立てる要素を増やすだけだと思うし。

 きっと、そのうち騎士団の誰かがフォローしてくれるだろう。


 それに私には、まだやるべき事が残っている。


「フランツ様、目当ての方は……」


 隣に立つフランツ様を見上げると、視線がかち合った。視線の強さに驚いて言葉に詰まる。一挙一動も見逃さないと言わんばかりの目だ。


 穴が開きそうなくらい、じっと見つめられて居心地が悪い。


「あの……、どうかされましたか?」


「…………いいえ」


 戸惑いながら問うと、長い沈黙の後、フランツ様はふっと息を吐くように微笑む。同時に視線も和らいで、ようやく肩の力を抜けた。


 なんだろう。私の顔に何かついていたかな……?


 頬をそっと擦りながら首を傾げるが、特にゴミの有無を指摘される事は無かった。フランツ様は少し寂しそうな目で、ただただ優しく笑うだけ。


 その笑みの意味を訊ねるのも何となく躊躇われ、私が言葉を探しているうちに、彼は気持ちを切り替えたかのように表情を引き締めた。


「周辺に、それらしい人物は見当たりません」


 フランツ様は、さっき私が途中で呑み込んだ質問を正確に汲み取り、解答をくれる。


「では別のところにいるのかもしれませんね。この程度で終わるとは思えませんし」


 力比べの大会に暴漢を乱入させる程度の妨害で、シュレッター公爵が満足するとは思えない。


 確かに一瞬、祭りの空気は最悪にはなった。

 でも大男が一人で暴れたところで、やれる事はたかが知れている。レオンハルト様が登場しなかったにしても、警備の騎士達に取り押さえられて終わりだっただろう。

 そんな事はシュレッター公爵だって、分かっているはず。


 作戦とも呼べない雑な妨害、しかも単騎。

 目的は別にあり、こちらはただの陽動だと言われた方がしっくりくる。


 警備の人間の目をこちらに集め、別の場所で何か……もっと悪質な事を企んでいるとしたら?

 そう考えたら、ゾクリと背筋を冷たいものが走った。


「フランツ様。こちらは騎士達に任せて、料理大会の会場へと向かいましょう」


「はい」


 私と同じような結論に至ったのだろうか。

 フランツ様も硬い表情で頷いた。




 料理大会の会場も、既に大勢の人で賑わっていた。


 出場者の家族や友人達が声援を送り、それに便乗するように、若い男性達が目当ての女性を応援している。婚活というよりは、アイドルのコンサートのようだ。

 力比べの会場のような熱気は無いものの、別の意味で盛り上がっているらしい。


 ロープで仕切られた向こう側にある簡易調理場では、エントリーした六人の若い女性達が忙しなく動き回っている。竈で鍋を掻き混ぜる人、フライパンを振る人。包丁で野菜の飾り切りをする人と、皿をひっくり返しそうになっているドジっ子……は、ザーラさんっぽいけれど、見間違いかな。


 気になり過ぎる調理風景から目を逸らし、観客席をぐるりと見渡す。

 一見したところ不審な人物は見当たらないが、断言は出来ない。そもそも人が多過ぎるし、中には帽子等で顔が見えない人もいる。


 どうしたものかと考えていると、フランツ様が一方向を見つめているのに気付く。シュレッター公爵の側近らしき人物を、見つけたのかもしれない。


「少し、お傍を離れます」


 潜めた声で告げられた言葉に、小さく頷く事で返した。

 探しに行くにしても、捕らえに行くにしても、私は傍にいない方がいい。


 私の反応を見たフランツ様は、人混みに紛れるようにして消えた。


「クラウス」


 そっと呼ぶと、クラウスは傍にいた男性に目配せをする。観光客に扮した騎士は意図を汲み取り、フランツ様の後を追った。


 気になるけれど、見ては駄目。

 気取られて、逃げられる可能性が高まってしまう。


 視線を観客席から調理場へと移す。

 既に調理を終えている人も多く、盛り付けの段階に進んでいる。


 ザーラさんは、最後に味を調えようとしているのだろうか。

 調味料らしき二つの瓶を両手に持ち、見比べて首を傾げている。


 何だろう? まさか砂糖と塩、どっちだか分からなくなったとか?

 いや流石にそんなベタな理由ではないか。


「制限時間は、あと一分です」


 司会の言葉を聞いたザーラさんは、慌てた様子で片方の瓶を選んで調味料を鍋に入れた。

 その一連の不自然な動作を見ていて、ふとある考えが頭を過る。


 まさか。

 いや、でも。


 じっと会場を見つめていると、審査員の一人と目が合う。パチリと愛嬌たっぷりにウインクされて、肩の力が抜けた。


「ローゼマリー様。確保したようです」


 クラウスの報告を聞いて振り返ると、フランツ様と、彼の後を追わせた騎士とに挟まれるようにして、一人の男性が連れて来られるところだった。


 観客席から少し離れた場所に移動し、護衛の陰に隠れるようにして相対する。


「フランツ様、そちらが?」


「ええ。祖父の代から我が家に仕えている執事です」


 六十代くらいの細身の男性だ。

 白いシャツやベストはそれなりに上質のものに見えるが、後ろに撫でつけた白髪や口ひげは艶が無く、肌も乾燥して張りが無い。全体的に、草臥れた印象を受ける。


「フランツ様。これはいったい、何事でしょうか?」


「心当たりが無いとでも言う気か?」


「はて。何の事でございましょう? 私はただ休日に祭りの見物に来ただけですが」


 執事は飄々とした態度を崩さない。逃げる事なく大人しく捕まったのは、後ろ暗い事など何もないという表明なのだろうか。

 やけに落ち着いているのが、気に掛かる。


「いくら白を切ろうとも無駄だ。お前が何も言わずとも、捕まえてある協力者達がいずれ吐くだろう」


 金で動く人間は、裏切るのも早い。

 裏組織は裏組織でも、規模が大きく、統率が取れているところならば話は別だが。話を聞いている限り、シュレッター公爵の雇った人間はごろつきに近い気がする。

 自分の命を懸けてまで、雇用主の情報を守ろうとするとは思えない。


 だというのに、執事は淡々とした態度を崩さなかった。


「左様ですか」


「……っ! お前は、いったい何がしたい!?」


 苛立たしげに、フランツ様は執事を睨み付ける。

 しかし執事はちらりと視線を向けるだけ。怯えるでもなく、怒るでもなく。ただ平坦な声で、「何がしたいか、ですか」と呟いた。


「私はずっと、大旦那様のご命令に従っているだけでございます」


「……お爺様の?」


 先代のシュレッター公爵は、随分前に亡くなられている。

 訝しむように目を眇めたフランツ様の言葉を、執事は首肯した。


「ええ。坊ちゃまをお守りするようにと仰せつかりましたので」


 笑ってそう言う執事に、私達は絶句した。


 彼にとっての『坊ちゃま』とは、目の前にいるフランツ様の事では無いのだろう。

 怠惰で直情的なシュレッター公爵の人格がどのように形成されたのか。執事の歪な笑顔を見ていると、その理由の一端が垣間見える気がした。


「お前は……」


 フランツ様の眉間に、深い皺が刻まれる。

 苦しいのか、悔しいのか。複雑な表情の彼が発しかけた声は、どよめきに掻き消された。


「何だ……?」


 観客の視線を辿る形で、会場へと目を向ける。

 コンテストは既に審査段階に進んでいるようで、審査員の前にはスープ皿が置かれていた。


 かしゃん、と食器がぶつかる音がする。

 スプーンを皿の上に置いた審査員は、口元を手で覆い、俯いてしまっていた。


「……! まさか……」


 呆然と立ち尽くしていたフランツ様は、執事へと視線を移す。

 彼が掠れた声で独り言のように呟くと、執事の口元がにんまりと弧を描いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 審査員の反応、ハラハラします。 何があったの?? 最悪のシナリオなら毒の混入か。 めっちゃ美味しくて俯いてしまったとかならいいのに。 調味料を取り違えたとかもあ…
[一言] 砂糖と塩のすり替え 「妨害工作(-1)」×「ウインク審査員のリカバリー(-1)」×「ザーラさんやらかし(-1)」= 「メシマズ(-1)」 と見た!!
[一言] 「大事に想うこと」と「大事にすること」は似ているようで違います。 シュレッター公爵家の内部事情は詳しくはわかりませんが、多分、その違いが少しずつ積み重なって決定的な齟齬になっていった結果が今…
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