転生王女の考察。
頑張って良かった。
許容量を超えてパンクした私の頭の中には、そんな年相応の子供みたいな感想しか、浮かんでこなかった。
「顔、真っ赤ですよ?」
「!」
指摘され、慌てて両手で顔を覆う。確かに頬が熱い。私が中華まんだったら湯気がたちそうに、ほっかほかだ。
なんとか冷やそうと、手の平と甲を入れ替えながら頬にあてている私を見て、レオンハルト様は吹き出した。
……酷い。口元を手で覆い隠しているが、分かる。咳払いで誤魔化そうとしたって、バレバレですから!
「……面白がってますね」
恨みがましい目で見てしまうのは、仕方ないと思う。
恋する乙女の純情を弄ぶのは、いくらレオンハルト様だからって許される所業ではない。
「すみません」
彼はアッサリと詫びたが、目がまだ笑っている。
……実は、ちょっと意地悪だったりする?
ふと浮かんだ疑問をそのまま口にすると、彼は逆に問い返した。
「こんなオレは嫌ですか?」
「いいえ全く」
即答すると、レオンハルト様は軽く目を瞠った。
どうやら私の答えは、意外だったようだ。
別に、苛められて嬉しいとか、そんなんじゃありませんからね!?クラウス達とは違って、特殊な性的嗜好は持っていませんから!
理由なんて、とても単純。
「取り繕わないでくれて、嬉しいです」
本当に、素を見せて貰えたんだと実感出来て、嬉しかった。
そう素直に気持ちを吐露すれば、レオンハルト様は誤って異物を飲み込んでしまったかのような顔をした。
何でそんな顔をするんだろうと、戸惑っている私を見つめ、困ったように苦笑する。
「……貴方には、敵わないな」
「え?」
言葉の指す意味が分からなくて視線で問うが、彼は話を打ち切ってしまった。
「さて。おしゃべりはこの辺りまでにして、本題に入りましょう」
「……はい」
煙に巻かれたようで納得は出来無いが、確かに無駄話をしている暇はない。折角クラウスを置いてきたのだから、時間は有効に活用すべきだ。
恋する乙女としては、無駄な話なんかじゃなかったけどね……。
「今回は、病に関して対策を立てるんですよね」
「はい」
表情を引き締めたレオンハルト様は、懐から地図を取り出す。
「隣、失礼します」
「は?」
正面の座席に座っていたレオンハルト様は立ち上がり、私の隣へ腰を下ろす。
ぱかり、と口を開け呆けている私のすぐ傍に、彼の端正な顔があった。
ち、近い……っ!!
物凄い緊張して固まっている私と違い、レオンハルト様はすっかり仕事モードだ。ばさり、と広げた地図へと視線を落とす横顔は、真剣そのもの。
動揺している事が、恥ずかしくなってきた。ドコドコと早鐘を打つ心臓に、静まれ、静まれと心の中で呪文を唱える。
「南から病が蔓延したと言っていましたが、正確な場所は分かりますか?」
「はっきりは分かりませんが……おそらく、南南西。隣国ヴィントとの国境辺りではないかと」
レオンハルト様の冷静な声につられ、次第に落ち着いてきた。
深呼吸をしてから、地図へと視線を向ける。
鳥の片翼のような形をした大陸の中心部にあるのが、我が国、ネーベルだ。気候的には恵まれ、下に張り出した半島部分は熱帯、北側も温暖な土地が大部分を占め、雪が多く降るのは最北の山脈だけだ。
過ごしやすいのは嬉しいけれど、良い事ばかりじゃない。寒い場所では活動出来無いウイルスも、我が国では結構上の方まで広がってしまうんだよね。
「半島じゃない、と?」
「はい」
熱帯気候の半島では熱病の類が流行り易いが、地元の人間には抗体が出来ているらしく、大した被害もなく収束する。
しかも大陸と繋がる部分は、砂時計のように引き絞られ、非常に細い。交流は勿論あるが、独自の文化を持つ彼等は、領地からあまり出たがらない為、大陸には病も広がり辛いのだ。
「私は病の蔓延に、ヴィントとスケルツの戦争が絡んでいるんじゃないかと思っています」
「理由は」
「一つ目は時期ですね。戦争が始まってから一年以内に、病が広がり始めています。二つ目は、夢の中で『病の元凶だ』と迫害されていた人達の肌の色が、ネーベルの民のものとは違っていた事」
「肌の色……!難民か」
顎に手をあて暫し考え込んだレオンハルト様は、私と同じ結論を出した。
彼の言葉に頷いてから、私は言葉を続ける。
「ヴィントの南に広がる大きな森には、黒色の肌を持つ人々が住んでいると聞きます。住む土地を追われた彼等が、ネーベルに流れたんじゃないかと思ったんです」
「確かに。戦火で森を焼かれたとして、戦の真っただ中にある北に逃れるよりは隣国を目指すだろう。病が広がり始めたのと難民がネーベルへ入ってきたのが同時期ならば、目立つ彼等が標的になったとしてもおかしくはない」
「はい」
「貴方自身も、病の原因は彼等だと?それとも濡れ衣だと思いますか?」
「……決めつけは危険ですが、おそらく彼等が運んでしまったんじゃないかと考えています」
元いた世界と同じように、おそらく、この世界のジャングルにも多くのウイルスが生息している。
昔からその地に住まう黒い肌の民族は、罹り慣れている為に重症化はしないが、まったく抗体のないネーベルの民ならば話は別だ。
致死率の高い病でなかった事だけは幸いだが、戦争で疲弊し、薬も満足にない状況では、広がりも早かっただろう。
「オレも同意見です。我が国の半島同様、南方の森は未知の病も多い。ヴィントが戦を始める可能性は、今のところ限りなくゼロに近いが、病への対策は練って置いた方が良さそうですね」
なるべく、早急に。
付け加えられた言葉に、私は顔を上げる。彼の方を向くと、視線がかち合った。
「戦は回避出来たのに、急いだ方がいいんですか?」
脅威が失われた訳ではないから、対策が必要なのは分かる。
でも何故急ぐんだろう。早いに越した事はないだろうけど、他にもやる事は沢山ある。疑問顔の私に、レオンハルト様は頷いた。
「戦火に巻き込まれなくても、森が失われる場合はある」
彼曰く。
ヴィントは、スケルツという脅威がなくなった事により、その南西に位置するフランメとの貿易が増えたとの事。
フランメは三方を海に囲まれた国で、航海や漁に関わる仕事に就く人も多い。当然、造船業も盛んである。そして船を作るには、木材が必要。
つまりヴィントは、フランメに売る資源として南方の森林地帯に目をつけたって事か!
「森林伐採が始まっているんですね」
「貴方は話が早くて助かる」
私の呟きを拾い、レオンハルト様は、良く出来ましたとでも言うように、目を細めた。
「止めるのは……無理ですよね」
いくら同盟関係にあるとはいえ他国の王女が、口を挟める問題じゃ無い。
充分分かっているが、諦めきれずに零す。が、レオンハルト様は、無駄な慰めを口にするような方ではなかった。
「多少は痛い目をみてからでなければ、聞く耳を持たないでしょうな」
至極真っ当な意見に、私は口を噤む。
反論はない。哀しいけれど、私もそう思う。
「では……、っ!?」
落ち込んでいる暇はない。やるべき事は、沢山ある。
気を取り直して口を開きかけた、その時。
馬が嘶き、大きく馬車が揺れた。
「殿下!!」
すかさず私を腕の中に囲い、レオンハルト様は剣を鞘から抜き払う。
いったい何事!?
.




