転生公爵の祭り。(4)
「アレが貴方にした事を考えれば、図々しい願いだとは分かっていますが、どうか今回だけでも信じてはいただけませんか? 私は貴方の敵では無い」
「ローゼマリー様。このような世迷い言、聞く価値もございません」
険しい表情のクラウスは、私を庇うように間に割って入った。
貴族の生まれであるクラウスも、フランツ様の正体に気付いているのだろう。酷く冷たい目で、フランツ様を睨み付けた。
確かに、フランツ様は元凶とも言うべきシュレッター公爵の息子。信用できないというクラウスの意見は尤もだ。
……でも。
「お話を聞かせてください」
「!」
「信用なさるのですか?」
唖然としたフランツ様と同様に、クラウスも驚いている。信じられないと言わんばかりの視線を向けられた。
私はフランツ様について、殆ど知らない。
分かっているのは、貴族名鑑に載っていそうな薄い情報ばかり。信用に足る人物かどうか判断するだけの情報すら、持っていない。
それでも、フランツ様は敵ではないと感じている。
それくらい彼のやつれ具合や悲壮感漂う表情には、真実味があった。あれが演技だとは思えない。
「まずは話を聞いてみましょう? 信じるかどうか判断するのは、それからでも遅くはないわ」
「……御意に」
クラウスは苦虫を噛み潰したような顔で、渋々了承する。
全く納得していなさそうな態度ながらも、彼は部下に周囲を見張るよう手配してくれた。
「ありがとう」
「あまり長い時間は取れませんよ。村の人間に、不審に思われますので」
「そうね。では早速ですが、お聞かせください」
フランツ様に向き直ると、彼は深く頷いた。
「どこから話せばいいのか……。貴方はアレの……私の父親の企みについて、既にご存じでしょうか?」
「全てではありませんが、祭りを妨害する可能性があるとだけ」
私がそう返すと、フランツ様はやや俯く。しかし恥じ入るような表情はすぐに消え、真剣な顔付きへと戻った。
「私の持つ情報とも合致しております。ここ最近、アレが何やら怪しい動きをしていたので部下に探らせていたのですが、どうやら人を雇ったようです。それも、かなり質の悪い……金さえ払えば何でも請け負うような、ごろつき紛いの連中を」
「下衆め」
クラウスは、舌打ちと共に言葉を吐き捨てる。
それを「クラウス」と名を呼ぶ事で窘めながら、私は思案した。
それでは実行犯を捕まえても、公爵本人を引き摺り出すのは難しいかもしれない。尋問で公爵の命令だと吐かせても、証拠が無ければ白を切られて終わりだろう。
元より公爵位を持つ人間を、祭りの妨害程度の罪で裁くのは難しいと思っていたが、それでも取引材料にはなり得た。
今後、うちの領民に手出しさせない為の交渉がしたかったのに。
「ただ、そういう輩は統率も取り辛い上に、簡単に裏切る可能性があります。ですから、指揮役として直属の部下を一人付けている可能性が高い。アレは愚かですが、同時に小心者でもありますので、全てを余所者に投げる事は出来ないのではないかと考えております」
「顔を見れば分かりますか?」
「アレの部下で指揮役が務まりそうな人間は、それほど多くはありません。何人かに目星をつけておりますので、おそらくは」
おそらくという言葉で締めながらも、表情がソレを裏切る。険しい顔付きは、刺し違えてでも止めると言わんばかりの気迫だった。
これはあまり良くないな、と胸中で呟く。
やつれ具合から見て薄々気付いてはいたが、フランツ様は真面目過ぎる。全てを一人で背負いこんでしまっていそうで、見ていられない。
人を頼る事が苦手だった、かつての自分自身を思い出した。
「そこまで分かっているのなら、直接、父君を止めたら宜しいのでは?」
「クラウス!」
しかしクラウスは、更に追い詰める言葉を吐く。
フランツ様はクラウスの言葉に気分を害した様子もなく、苦笑いを浮かべた。
「恥ずかしい話だが、私はまだ公爵家の権力の一端しか握っていないんだ。アレは怠惰だが、己の権力を保持する為の努力、いや、金は惜しまない。証拠も証人もないまま糾弾すれば、アレの下で恩恵を受けていた連中が黙っていないだろう」
フランツ様は自分の能力不足かのように言うが、そうではない。手段を択ばない相手に対し、正攻法で挑んでいる彼が苦戦するのは当然だ。
「それに悪事が発覚したとはいえ、立案段階では、当主の座を退かせるには弱い。中途半端に計画を潰しても奴が野放しのままでは、またろくでもない事を企む。次はバレないよう、念入りにやるだろう。その時に企みに気付けず、後手に回る方がまずいと判断した」
「……」
クラウスは何か言いたげな顔をしていたが、今度は何も言わなかった。
「そうですね。私もそう思います」
収穫祭の妨害をされるのは困るが、事前に分かっていた分、対策も打てている。しかし次は、先に計画を掴めるかどうか分からない。
ならば今回で、確実に止めたい。
「プレリエの領民を囮にするような真似をして、本当に申し訳ございません。全力で止めるつもりですが……」
言葉を区切り、フランツ様は視線を下げる。長い睫毛が影を落とし、ライトブラウンの瞳からふっと光が消える。
ゾッと背筋に冷たいものが走った。
「もしも何か起こってしまった場合は、私の手で責任を」
「何も起きないよう、全力を尽くしましょう!」
考えるよりも先に口を開く。何故か最後まで言わせてはならないと感じ、フランツ様の言葉を遮った。
意表を突かれたのか、フランツ様の目が丸くなる。きょとんとした彼の顔からは、一瞬前まであった陰りが消えた。
さっきよりも幼く見える顔を見つめながら私は、激しく脈打つ心臓の辺りを手で押さえる。
美青年を前にしたトキメキとか、そんな可愛らしいものではない。崖から飛び降りようとしていた人の手を間一髪で掴めたような、安堵と恐怖が入り交ざったドキドキだ。とても心臓に悪い。
「私も貴方も、そして部下達も、何も起こさない為にここにおります。……目的は同じなのだから、どうか一人で思い詰めないで」
「……!」
フランツ様はもう一度、目を見開いた。
くしゃりと顔を歪めた彼は、私の視線から逃れるように俯く。
「……はい」
返ってきた短い返事は、掻き消えてしまいそうに小さく掠れていた。
え、な、泣かせた……? 泣かせちゃった?
狼狽えながら、ハンカチを差し出す。「ほ、頬が泥で汚れていますよ」なんて下手くそな言い訳を付け加えると、受け取ってくれた。
一分足らずの沈黙の後、フランツ様は顔を上げる。目元に泣いていた痕跡が無いのを確認して、ちょっとホッとした。
彼の顔色は相変わらず悪かったが、少しだけさっきよりマシになった気がした。
「お見苦しいところをお目にかけてしまいました」
「いいえ」
大丈夫ですかと問いかけようとして、止めた。きっと触れられたくないだろう。
「そろそろお時間です」
フランツ様の様子など関係ないとばかりに、仏頂面のクラウスが急かす。公爵家のご子息相手にとる態度ではないが、微妙な空気を吹き飛ばしてくれた事には感謝したい。
「そうね、急がないと。どの辺りが狙われるとか、心当たりはございますか?」
「今日、最も注目されるものは何処ですか? おそらく、そこを狙うと思うのですが」
「注目……。祭りの目玉は、力比べと料理大会でしょうか」
「そのどちらかには干渉しようとするでしょう」
料理大会は材料や器具の用意の関係上、一週間前には参加者の募集を締め切っている。審査員も同じく、前もって決めてある。
でも力比べは観光客の飛び入り参加も許可しているはずなので、荒らされるとしたらそちらだろうか。




