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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
338/396

転生公爵の祭り。(3)

 

「……しやがって。テメェ、覚悟は……」


 護衛の背中越しに、遠くから話し声が聞こえてくる。ところどころ不明瞭ながらも、剣呑な雰囲気は感じ取れた。

 建物の奥には複数の人間がおり、口論しているらしい。否、一方の声しか聞こえてこないので、脅されている可能性もある。


「ふざけんな!!」


 怒声に反応して、護衛達は剣の柄に手を掛ける。


「っぐあ!?」


 クラウスが一歩踏み出したのと同時に、大きな物音が鳴る。間を置かずして、奥から人が吹っ飛んできた。


「!?」


 ぎょっと目を剥く私の前に、大柄な男性が転がっている。体を強かに打ち付けたのか、呻いていて、起き上がる様子は無い。

 だが得体の知れない人物には変わりないので、護衛達は私を数歩下がらせた。


 何が起こったのか、いまいち理解出来ていない。誰かがこの男性を吹っ飛ばしたようだが、クラウスを含め、護衛達はまだ何もしていないのに。


 じゃり、と道を踏みしめる音が耳に届く。

 弾かれるように顔を上げると、奥からもう一人出てくるのが見えた。


 外套のフードを被っているので顔は見えないけれど、身長や体格から察するにおそらく男性。転がっている人より細身に見えるが、まさか彼が大男を転がしたのだろうか。


「止まれ!」


 クラウスの鋭い声が飛ぶ。その人物は大人しくその場に立ち止まり、抵抗の意思が無い事を示すように、両手を軽く上げた。


「ここで何があった」


「……その男が乱暴を働こうとしていたので、止めただけだ」


 若い男性の声だ。訛りもなく、淡々とした喋り方で、何処か品の良さを感じさせる。

 それによく見ると、服もやけに仕立てが良い。一見すると平民の服装のようだが、外套の下から覗くシャツの皺の少なさやブーツの革の艶、ボタン等、誤魔化せない部分に高価さが表れている。


 祭りで気が大きくなった人達の喧嘩か、シュレッター公爵に雇われた暴漢かと思ったが、彼はそのどちらにも当てはまらないように思えた。


「それで。お前は何者だ」


「……怪しい者ではない」


 クラウスの誰何に、細身の男性は逡巡するような素振りを見せた。


 『怪しい者ではない』というセリフこそが怪しいというのは、言っている当人も理解しているのだろう。声に力が無い。


 クラウスが胡乱な目を向け、更に質問を重ねようとした。

 すると、細身の男性の背後から、もう一人現れる。


「あの……」


 若い女性だった。少し困った様子で眉を下げた彼女は、細身の男性とクラウスを交互に見てから口を開く。


「この方の言っている事は、本当です。そこの男に絡まれていた私を助けてくれました」


 クラウスの眉間に深い皺が刻まれる。

 女性の言葉を疑っている訳ではない。


 なんせ彼女の事は、クラウスも私も知っている。村人ではなく、旅人でもない。彼女の正体は観光目的の一般人……を装った、女性騎士だ。


 普通の祭りと違って今回は、酔っ払い同士の喧嘩以上の何かが起こる可能性が高い。制服を着用した騎士達も巡回しているが、その他に、私服の騎士や密偵が何人か、見物客に紛れている。彼女はその一人だ。


 大男に絡まれた彼女は、すぐには反撃せずに、相手の出方を窺っていたのだろう。そこを、通りすがりの男性に助けられたと。


 大男の目的を探ろうとした彼女は悪くない。そして助けてくれた通りすがりの男性も、もちろん悪くない。

 敢えて言うなら間が悪かった。


 目を伏せたクラウスは眉間を親指で押すように揉み、溜息を吐き出す。


「……詰所で話を聞きましょう」


 クラウスが短く言うと、護衛の一人が転がっている男性に近付く。暴れないよう腕を拘束しながら、立ち上がらせた。


「宜しいでしょうか?」


 クラウスは細身の男性ではなく、私の方を見て訊ねる。

 私は苦笑して、頷いた。


「そちらの貴方も、同行して頂けますか?」


 護衛の陰から顔を出して、私は細身の男性に問う。

 彼の肩がビクリと揺れた。


「いや、私は……」


 男性は明らかに困っていた。逃げ道を探すように言葉を濁す。


 しかし、見逃す訳にはいかない。女騎士を庇ってくれたのは、おそらく本当だと思うけれど、建前上、両方の意見を聞かなければならない。


 あと、申し訳ないが怪し過ぎる。

 悪意が無さそうとはいえ、放置は出来ない。せめて監視はつける必要がありそうだ。


「申し訳ないが、拒否権はない」


 微塵も申し訳なさを感じさせない顔でクラウスが言う。


「やらなくてはいけない事がある。出来れば、見逃してもらいたい」


「何を馬鹿な事を……」


 呆れたように顔を顰め、クラウスが一蹴しようとする。

 すると彼は外套のフードに手を掛け、後ろに落とす。癖のない栗色の髪が零れ落ちた。


 長い前髪の奥、吊り上がり気味の青い瞳と視線がかち合う。

 意志の強さを感じさせる凛々しい眉と、高い鼻筋。端整な顔立ちの青年だが、酷く顔色が悪い。肌が白いせいもあり、目元に薄っすら浮かぶ隈や唇の血色の悪さが際立つ。


「……?」


 何処かで見覚えがある気がした。

 記憶を掘り起こすけれど、上手く合致しない。


 村人でもないし、街の人でもない。医療施設の関係者でもなければ、部下でもない。


 喉の奥に小骨が刺さったような不快感を覚えながら、頭を捻る。

 私は元々、記憶力が良い方ではない。しかも夜会に参加する為に、あまり交流のない貴族の顔や家系図も頭に叩き込んだものだから、更に容量が不足している。


「……あ!」


 そこまで考えて、ぱっと閃いた。

 ここに……農村にいるはずが無いと思い込んでいたせいで、思い出すのに時間が掛かったが、覚えがあるどころの話ではない。

 まともな交流がないとはいえ、遠い親族だ。


 フランツ・フォン・シュレッター。

 件の公爵の嫡男であり、私のはとこでもある。


「……貴方」


 フランツ様と呼びかけようとして、言葉を濁す。

 人気が無いとはいえ、誰が聞いているか分からない場所で、身分を明かすのも不味い。


「どうして、ここに?」


 どうしてここにいるのか。何をしているのか。父親であるシュレッター公爵は、この事を知っているのか。

 聞きたい事は沢山あるけれど、最初に出た言葉はソレだった。


 するとフランツ様の顔が、痛みを堪えるようにくしゃりと歪む。


「……申し訳ありません」


 表情と同じくらい苦しげな声で、何となく察してしまった。

 少なくとも、フランツ様がここにいる事を、シュレッター公爵は知らないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言]  例の、出来の良い息子さんですな? ここにいると言う事は、間違いなく父親であるシュレッター公爵の意に反する行いであろうから、『敵の敵は味方』に照らし合わせると、結局この人もローゼマリー様のた…
[一言] 更新ありがとうございます。 新しい人が増えた!と思ったらシュレッター公爵子息でしたか。 常識があって真面目そうな雰囲気の人、って印象です。 父親の悪事を止めるために来たのかな?と想像したり…
[一言] 更新お疲れ様です。 あらあら面白い展開!クラウスめっちゃ舌打ちしてそうですけどw どうなっていくのか楽しみ過ぎる。
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