表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
336/396

転生公爵の祭り。

 

 手で庇を作って、空を見上げる。

 澄み渡る青空には、絵筆で薄く刷いたような雲が細く棚引いていた。日差しは温かく、からりとした風が肌に心地よい。


 文句なしの秋晴れ。絶好の行楽日和。絶好の……。


「収穫祭日和だわ」


 ぽつりと呟いた言葉すらも空に溶けていくような、気持ちの良い日だ。

 けれど私の気持ちも晴れ渡っている、とは言い難い。


 レオンハルト様から伝え聞いたラーテの報告では、シュレッター公爵が良からぬ事を企んでいるらしい。

 私に直接的な攻撃を仕掛けてくる可能性は低いが、収穫祭の賑わいに紛れて、嫌がらせをするかもしれないと。


 それを聞いて、思わず溜息が零れた。


 どうして、そこまで嫌われているのやら。


 人の感じ方はそれぞれで、自分は何もしていないと思っていても、誰かの恨みを買ってしまっていた、なんて事は珍しくないとはいえ、だ。

 王家主催の夜会でシュレッター公爵と会った時は、挨拶程度の会話しかしていない。ほんの一言、二言、言葉を交わしただけで、嫌われるほどの関わりは持っていない。


 理不尽だと愚痴りたくなるけれど、理由は分かっている。

 私が女公爵である事。それだけで、あちらからすると嫌うに値する理由となるんだろう。


 あと、私が嫌がらせに屈せずにいるのも気に食わないのだと思う。

 もし私が泣き寝入りしていたら、多少なりとも溜飲が下がり、興味を失ってくれていたのかもしれない。


 でも無理だ。不作等の切迫した理由もなく関税を引き上げられて、はいそうですかと受け入れられる訳がない。

 こちらにだって、領民の暮らしを守る義務がある。有利な条件を提示してくれた他領に取引をシフトするのは当然だ。


 そう己に言い聞かせても、呑み込み切れないものがある。


 嫌われるのは辛い。恨まれるのも辛い。

 人から向けられる悪意は、怖い。


 自分が傷付けられるのも怖いけれど、自分のせいで大切な人達が傷付けられるのは、耐えがたいほどに怖い。


「…………」


 胸の奥に蟠る不快感を逃す為に、そっと息を零す。


「晴れましたね」


 不意に掛けられた声に、俯きかけていた顔を上げる。

 いつの間にか隣に立っていたのは、レオンハルト様だった。


「レオン」


「ここ一週間はハッキリしない天気が続いていたので、どうなるかと思いました。てるてる坊主とやらを量産した甲斐がありましたね」


「そうね」


 柔らかい表情に釣られるようにして、私も引き結んでいた唇を緩める。

 私の旦那様は、謎の人形を窓辺にぶら下げるという妻の奇行にドン引きせず、付き合ってくれる優しい人だ。


「街の方は既に賑わい始めているようですよ。商人達が宣伝してくれた効果が出たのか、王都からも人が来ているようです」


「そうなのね。良かった」


「行きがけの馬車の中からも少し見られると思いますが、時間が取れたら、二人で見て回りましょう」


「……」


 何事もなければ、という言葉を勝手に付け足してしまう。

 思わず力が入り、握り締めようとした掌に大きな手が滑りこんできた。


 指と指をきゅっと絡められる。硬い掌の熱に温められて初めて、自分の指先が緊張で冷え切っていた事に気付いた。


「レオ……」


「大丈夫」


 真っ直ぐに向けられた瞳には、嘘も誤魔化しも無かった。


「今日はきっと、良い一日になりますよ」


 穏やかで優しいのに、不思議と力強さを感じさせる深い声だった。

 無条件に信じられる大好きな人の言葉に、自然と肩の力が抜ける。ふ、と零した息と共に、胸の奥にこびり付いていた不快感もすっと消えた。


「……うん」


 へらりとだらしない笑みを浮かべると、レオンハルト様も笑顔になった。


 私は一人ではない。

 頼りになる旦那様や、仲間達がいる。


 きっと大丈夫。


「では、参りましょうか」


「はい、行きましょう!」


 繋いでいた手をエスコートへと変え、私達は馬車へと乗り込んだ。




 村へと向かう前に、商業区画の一角を通ってもらう。

 窓の外をちらりと覗いた私は、鮮やかな景色に目を奪われた。


 黄色にオレンジ、緑色。豊穣を連想させる色合いの布や旗が、微風にひらひらと揺れる。店先を彩るのは、美しくアレンジされた花々。鉢植えやフラワースタンド、ハンギングボールと形は様々だが、どれも華やかだ。

 大きなカボチャや野菜をオブジェのように飾っている店もあり、どこかハロウィンを彷彿とさせる。


 ひらひらと花弁が舞う光景は幻想的で、ぽかんと口を半開きにしたまま見惚れた。


「すご……」


「オレも、ここまで本格的になるとは思いませんでしたよ」


 私の隣から外を覗き込んだレオンハルト様は、そう言って苦笑する。

 呆然としながらも、同意を示す為に頷いた。


 いつかこんな景色を見たいとは思っていたけれど、それは今すぐだなんて無謀な目標では無かった。


 何せ、収穫祭を開催すると決定したのは、ほんの二ヶ月前。

 しかも古い慣例に従った形ではなく、私の思い付きを盛り込んだ破天荒なものだ。


 文献も前例も準備期間も無い、ないないづくしの無謀な祭り。

 無事に開催出来るだけでも奇跡だ。


 だから、徐々に規模を大きくしたいと思っていた。

 今ではなく、いずれ。何年も先の未来に我が子の手を引きながら、凄いでしょって言うつもりだったのに。


 まさか、こんなにも早く叶うとは。


「貴方の協力者は何故か、異様……失礼、非常に有能な者が多いですからね」


 レオンハルト様は感嘆とも呆れともつかぬ声で、そう言った。

 夢のような光景を見つめる私の脳裏に、ユリウス様やヒイラギさんの顔が浮かぶ。


 優秀な彼等は、収穫祭の会議の時も遺憾なく能力を発揮していた。分かり易く出しゃばるのではなく、控え目な提案で、話の筋を私に有利な方向へと導いてくれた。


 二人共、タイプは違うものの似ている部分は多い。

 人当りのよい笑顔と柔らかな物腰、それから並大抵の事では揺るがない度胸。ついでに、ちょっぴり黒いお腹も。


 そんな怒られそうな事を考えながらも、感謝した。

 きっと収穫祭が盛り上がるよう、二人共、尽力してくれたに違いない。


「あとでお礼に行かないとね」


 開店前にも拘わらず、既に人で賑わい始めている大通りを眺めながら呟いた。


 レオンハルト様がくれた言葉通り、きっと今日は良い日になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! 無事に晴れてよかったです! てるてる坊主を作るマリーちゃん、絶対可愛いですよね! 癒やされます(*^^*) 何も関わりがなくても、存在と功績が、嫉妬や嫌がらせ…
[一言] そして成功してる貴族の足を引っ張るのは位だけは同等の無能とそれのおこぼれに預かってたゴミである
[一言] 更新ありがとうございます。 お天気が良くて絶好の祭り日和とは、てるてる坊主をこさえてるところを想像してほっこりしました。 初回で準備期間が短いにもかかわらず盛大かつ本格的って、有能な協力者…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ