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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
334/396

総帥閣下の画策。

※ローゼの夫、レオンハルト視点です。

 


 時刻は夜半前。

 そっと寝室の扉を開けると、室内はまだ灯りが灯っていた。妊娠が判明してから眠る時間を早めたローゼが、この時間に起きているのは珍しい。


 ソファーに座っているローゼは、こちらに背を向けているので、まだオレの存在に気付いていない。何をしているのかは分からないが、よほど集中しているようだ。

 声を掛けようとして、止める。足音を立てないようにそっと近づいて、彼女の手元を背後から覗き込んだ。


 どうやらローゼは刺繍をしているようだ。

 細長い布は、サッシュ。近衛騎士団長時代、式典に出席する時にはオレも肩から斜めに掛けていたアレだ。


 光沢のある青い布の素材は、おそらく絹。そこに銀の糸で植物の図案を刺繍している。収穫祭の力比べの優勝者に贈呈する予定だからか、勝利や栄光の象徴である月桂樹をモチーフにしているらしい。


 手元に視線を落とす横顔は、とても真剣だ。

 何事も全力で取り組む妻を好ましいと感じるのと同時に、心配にもなる。少しくらい手を抜いても、誰も責めやしないのに。


 じっと見つめていると、区切りがよいところまで終わったらしく、ローゼは手を止める。針を置いた彼女は口元に手をあてて、欠伸をした。

 あふ、と呼気を洩らす様は可愛らしいが、見逃す訳にはいかない。


「ローゼ」


「……っ!?」


 背後から声を掛けると、細い肩がビクリと跳ねる。


「レオン」


「夜更かしは感心しませんね」


 恐る恐る振り返ったローゼに、オレはわざと怒ったような表情を向けた。ばつが悪いのか、彼女は欠伸の名残で涙が滲む瞳を逸らした。


「時間が空いたから、寝る前に少しだけ進めようと思ったんだけれど。集中していたらしくて、いつの間にか……」


「こんな時間になっていたと」


「……はい」


 ローゼは、しょんぼりと萎れる。そんな姿を見せられて、怒りを保ち続けるのは難しい。


「あまり根を詰め過ぎないでくださいね」


「気を付けます」


 オレが表情を緩めると、ローゼは安堵したように息を零す。

 神妙な顔で自戒する彼女は、叱られた子供みたいな愛らしさがあった。


「収穫祭に間に合わせる事も大事ですが、オレにとっては貴方の体の方が大事です。今回は時間がないと分かっているんですから、簡単な刺繍にしてもいいのではありませんか?」


 刺繍道具を片付けるローゼを見守りながら話しかけると、彼女は苦笑した。


「図案は簡単なものよ。ただ、私の作業が遅いだけ」


「十分、凝っていると思うんですが」


「これ以上、簡略化は出来ないわ。下手なのはどうしようもないけれど、せめて丁寧にやりたいの」


 本来ならサッシュも、料理大会の優勝者に贈る花冠も、職人に依頼するはずだった。現に花冠の方は、既に図案を職人に渡してすらあった。

 しかし収穫祭の三回目の会議で、風向きが変わった。


 見本品である花冠を見て、既に出来上がっているのなら、改めて作らずともそれでいい……否、それがいいと言い出したのは誰だったか。


 ローゼが作った造花の花冠は、確かに良い出来だと思う。しかしローゼが言うように、本職の人間が作った物には及ばないだろう。

 オレは味があって好きだが、近くで見ると粗が目立つという本人の言い分も分かる。


 だが同時に、『誰が作ったか』が大事だと言う村民達の言い分も理解出来た。

 収穫祭復活の立役者である領主、しかも、一部の熱狂的な支持者達から女神と崇められるローゼが作ったものだ。


 豊穣の女神を信仰する村民達にとっては、一流の職人の作品以上の価値があるのだろう。


 そんな訳でサッシュもローゼが作る事になった訳だが。

 正直、面白くないと思う大人げない自分がいた。


「……オレだって、貰った事がないのに」


「え? 何か言った?」


 小さな声で零した独り言が、中途半端にローゼに届いてしまったらしい。聞き返してくる彼女に頭を振って、「いいえ」と答える。


 何か言いたげな顔で見上げてくるローゼの言葉を封じるように、ソファーの上から彼女の体を抱き上げた。


 ローゼは、刺繍が苦手だ。

 練習してもあまり上達は見られないらしく、作品を見せてもらった事も殆ど無い。ましてや、貰えるはずもなく。

 オレはローゼの刺繍が入ったものを、持っていない。


 綺麗に出来なくてもいい。小さなハンカチでもいい。そう言っても、ローゼは頷いてくれない。基本的にオレに甘く、願い事は叶えてくれようとするローゼだが、こればかりは駄目だった。


 ローゼ曰く、オレが恥をかくようなものを持たせられないのだとか。

 『推しのポッケに私の作ったボロキレが入っているとか、解釈違いなの!』と、訳の分からない主張をしていた。


 ローゼは、男心が分かっていない。


 王家御用達の職人が作った豪奢なサッシュより、国王陛下から賜った勲章よりも、オレはそのボロキレが欲しいのに。


「ありがとう」


 ローゼの体をそっと寝台に下ろすと、笑顔でお礼を言われた。

 布団を肩口まで引き上げて、ポンポンと宥めるように数度叩く。いつもならとっくに眠っている時間だからか、ローゼの目は既に閉じそうだ。瞼が重たげに、ゆっくりと瞬く。


「眠いなら、目を閉じて」


「……レオンは?」


 とろりと溶けた目が、ぼんやりとオレを見上げる。


「あと一つだけ、仕事を片付けてきます。書類のチェックだけなので、すぐに戻るから」


「なら」


「駄目。起きていたら怒ります」


 待っていると続きそうだった言葉を、途中で遮る。

 無言で抗議するように膨らんだ頬を指で突くと、ローゼの眉が下がった。


「寝ますね?」


「はい」


「よろしい」


 喉の奥で笑ってから、ローゼの頬を撫でる。機嫌の良い猫みたいに目を閉じた彼女の前髪を指で退かし、口付けた。


「寝苦しくはない?」


「……ぅん」


 ローゼの瞼が完全にくっつく。

 既に半分、夢の世界に旅立っているらしく、舌足らずな応えが返ってきた。それがあんまりにも可愛らしくて、寝かせつけておきながらも、悪戯心が顔を出す。


「領民に優しくするのはいいですが、オレにも構ってくださいね?」


「うん」


「オレの為にも、刺繍をしてくれる?」


「ん」


「刺繍したハンカチ、くださいね」


「うん……」


「約束ですよ」


 寝ぼけている妻を相手に言質を取る。誉められた行為でない事は百も承知だ。しかしオレは、そんな情けない事をしてでもローゼの刺繍が欲しい。


「おやすみ」


 根が真面目なローゼはおそらく、覚えていなくとも反故にはしないだろうと姑息な事を考えながら、オレは寝室を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! マリーちゃんお手製の花冠とサッシュが優勝すると贈られるとなれば、何が何でも優勝すると意気込む人は大勢いるんでしょうね! それに嫉妬するレオンハルト様も最高です…
[一言] さすが長年一緒にいる旦那
[一言] 更新ありがとうございます。 相変わらず甘い2人、ご馳走様でした。大満足です♪ マリー様の作った花冠、サッシュは家宝になりますね。 自分には刺繍してもらえてないって拗ねてるレオン様が子どもっ…
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