転生公爵の親睦。(2)
「お仕事中に、ごめんなさい」
「そんな気にしないでくださいな」
「そうそう。手よりも口を動かす方に忙しかったくらいです」
「違いないわ」
女性の一人が軽口を叩くと賛同するように、どっと気持ちのいい笑い声が響いた。しかし、そんな言葉とは裏腹に、彼女達の手は常に動き続けている。
野菜を仕分けたり、布で磨いたりとやっている事は様々だが、総じて手際が良い。
特に六十代くらいの女性が凄かった。彼女の器用に動く指先が、恐ろしい速度でラタンの籠を編み上げている。
おっとりとした話し方や柔和な笑顔と、作業スピードが合ってない。見守っているこちらの脳がバグりそうだ。
「凄い……」
思わずポツリと零すと、隣にいた若い女性が同意を示すように大きく頷く。
「分かります。ゲルダさんの籠編み、ビックリするくらいの早業ですよね。真似しようと思っても出来ないわ」
「慣れれば簡単よ」
ゲルダさんは優しい微笑みを浮かべ、何てことないように言う。
「貴方がお嫁に行くまでに教えてあげるわね」
「それは嬉しいけど、相手がなぁ……」
「そうねぇ。うちの娘は、いつになったら嫁にいくのかしらねぇ」
「う、うるさいわよ、お母さん。私だってその気になれば、恋人の一人や二人」
「一人でいいから、早めに見つけなさいね」
テンポの良い会話と、明るい笑い声が心地良い。私の気持ちと表情筋も、自然と緩んだ。
「そもそも出会いの場が少ないのよ」
「昔は集まる行事も多かったけど、今はあんまり無いものね」
「私らが若い頃は、お祭りが出会いの場だったのよ」
ゲルダさんの言葉を聞いて、若い女性は興味深そうに身を乗り出す。
「お祭りって、夕食にお肉が出てくるだけの日じゃないんだ」
「昔はかなり大がかりだったのよ。広場に料理とお酒を持ち寄って、一日中大騒ぎ。若い子達は音楽に合わせて踊ったり、歌ったりして。気になる相手を誘う絶好の機会だから、そこで結婚相手を見つける人も多かったの」
「私達の頃はそこまで規模は大きくなかったけれど、それでもお祭りはあったわよ。父さんとも、ダンスに誘われて仲良くなったんだから」
「お母さん、ダンスなんて踊れるの!?」
「失礼ね。アンタが小さい頃に、歌もダンスも教えてあげたのに」
女性は「ほら、覚えていない?」と言いながら、軽快な音楽を口ずさむ。陽気な曲に合わせるように、皆が体を揺らしてリズムを取った。
きっと、この地方の人達にとっては馴染み深い音楽なのだろう。
「お祭りの歌だったのね」
「正確には、豊穣の女神様に感謝を捧げる為の歌よ」
私は耳をそばだてる。
彼女達の会話は、収穫祭を盛り上げたいと考えている私にとって、聞き逃せない情報だった。
この世界では多神教が大多数を占め、ネーベル王国も例外ではない。
八百万とまではいかないものの、それはもう、沢山の神様がいる。太陽神や冥界の神のようにメジャーな神様だけでなく、織物の神様、竈の神様のようにややマイナーで身近な神様まで、種々様々。
その中で豊穣の女神は、かなり有名な方だ。
農耕に携わる人の多くが信仰しており、収穫祭や種まき祭で祈りを捧げる対象となる。
「四十、五十以上くらいの人間なら、皆、歌えるし踊れると思うわ。楽器は長いこと触ってないから、忘れちゃっているかもしれないけど」
「懐かしいわね。近所に住んでいた歌の上手いお姉さんが、両手で抱えきれないくらい花を貰っていたのが羨ましくてね。私も必死になって歌の練習をしたものよ」
「お祭りで、花を渡す風習があるんですか?」
私が問うと、母親世代の女性達は頷いた。
「ええ、昔はあったんですよ。男性が気になっている女の子に花を渡して、受け取ってもらえたら踊りの輪に加わるの」
「澄ました顔で受け取りながらも、心の中では大喜びよ。翌日は本を持っている子の家に皆で集まって、花言葉を調べながらお喋りに花を咲かせたりしてね」
女性達は懐かしむように目を細める。
興味津々といった様子で話を聞いていた若い女性は、頬を染めて溜息を吐き出した。
「いいなぁ。私も、そんな素敵な体験してみたい」
「あ、あの……っ!」
唐突に大きな声を出した私に、若い女性は目を丸くする。周りの人達の視線も、私へと集まった。
「お祭り、やりませんか?」
父様が聞いたら、大きな溜息を吐き出されそうな切り出し方をしてしまった。相変わらず、お前は交渉が下手だと嘆く様子が容易に想像出来る。
「お祭りって……、収穫祭ですか?」
「いつものように家畜を一頭潰して、各家庭に分配するつもりではありましたけど。そういう事ではないんですよね?」
コクコクと頷く私を、ゲルダさんが優しい目で見ている。
日常的な雑談をお祭りの話へと誘導してくれたのは彼女だ。きっと私がここを訪れた目的を、村長さんあたりから聞いていたのだろう。
彼女のアシストを無駄にしない為にも、このチャンスは逃せない。
「さっきのお話にあったようなお祭りを復活させたいんです。地元の人だけじゃなくて、遠くからも観光客が来るような、賑やかで活気のあるお祭りに」
「ええっと……」
「突然そんな事を言われても、どうしたものやら」
「うちらが出来るのなんて、野菜を作る事くらいだしねぇ」
前のめりな私とは対照的に、やはり皆の反応は悪い。
収穫祭の会議で農民達が見せたのと同じ、戸惑いの表情を浮かべている。明確に感じるのは、私に対する反感ではなく、不安感。
プレリエ地方の農民達は、地産地消で細々と暮らしている人が多い。恵まれた気候と土壌のお蔭で、贅沢しなければ飢える心配も殆ど無い。
ある程度現状に満足しているなら、敢えてリスクのある選択をしたくはない気持ちは分かる。
でも、リスクなら私が背負うから。
一緒に頑張っては貰えないだろうか。
「野菜を作れるなんて、素晴らしいじゃないですか!」
大きな声で主張すると、女性達は呆気に取られた顔になった。
「プレリエの野菜も果物も、美味しくてびっくりしました。王都で取引されているものより、色つやがいいし、味も素晴らしいです」
「そ、そうなんですか……?」
「トマトは青臭さが控え目で食べやすいし、カボチャもホクホクで、パイにしても、クッキーに混ぜても美味しかったです」
「あら、嬉しい」
丁度、カボチャを磨いていた女性が、言葉通り嬉しげに頬を緩める。
「カボチャのクッキーって気になるわ。子供が喜びそう」
「スープに入れるだけだと飽きるしね」
「うちは最近、パン生地に練り込んでるわよ」
「何ソレ、気になる」
料理のレシピを議題にして、話に花を咲かせる。
「地元の野菜や果物を使った料理大会とか、大鍋で料理を作って、振る舞うなんて事も考えています」
「大会、ですか。……私らの作る田舎料理でも、大丈夫なんでしょうかね?」
「はい。寧ろ、郷土料理は喜ばれると思います」
私が大きく頷くと、彼女達は互いの得意料理について話し始めた。誰それのパイが美味しいとか、魚料理なら負けないとか、前向きな意見が増えてきた。
「歌やダンスは、覚えている方々に教師になっていただいて、出来る限り再現したいと考えております。伝統は残したいですし」
全員の視線が私に集まっている。彼女達の目から戸惑いが消え、熱を帯びてくるのを肌で感じていた。
「私はこの地が好きです。ここの食べ物も空気も、住む人達の穏やかな気質も大好きです。新参者が何を言うと思われるでしょうが、プレリエの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい。収穫祭の復活は、その手段の一つだと考えています」
ごくりと、喉を鳴らす。
緊張しているのか、掌が汗で湿ってきた。
「収穫祭の主役は、農業に携わっている皆さんです。貴方がたが祭りを不要だと思うのであれば、やる意味がありません。……ですがもし、やってみようと、やりたいと思ってくださるのなら、私は領主として協力を惜しみません。全力で支えます」
ピーヒュロロと鳥の声が響く。
トンビが気持ち良さそうに、青い空を旋回していた。
数秒の沈黙が続く。長閑な静寂を破るように、「あの」と控え目な声が掛かった。
「……わたし、やってみたいな」
口を開いたのは若い女性だった。




