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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
331/401

転生公爵の親睦。(2)


「お仕事中に、ごめんなさい」


「そんな気にしないでくださいな」


「そうそう。手よりも口を動かす方に忙しかったくらいです」


「違いないわ」


 女性の一人が軽口を叩くと賛同するように、どっと気持ちのいい笑い声が響いた。しかし、そんな言葉とは裏腹に、彼女達の手は常に動き続けている。

 野菜を仕分けたり、布で磨いたりとやっている事は様々だが、総じて手際が良い。


 特に六十代くらいの女性が凄かった。彼女の器用に動く指先が、恐ろしい速度でラタンの籠を編み上げている。

 おっとりとした話し方や柔和な笑顔と、作業スピードが合ってない。見守っているこちらの脳がバグりそうだ。


「凄い……」


 思わずポツリと零すと、隣にいた若い女性が同意を示すように大きく頷く。


「分かります。ゲルダさんの籠編み、ビックリするくらいの早業ですよね。真似しようと思っても出来ないわ」


「慣れれば簡単よ」


 ゲルダさんは優しい微笑みを浮かべ、何てことないように言う。


「貴方がお嫁に行くまでに教えてあげるわね」


「それは嬉しいけど、相手がなぁ……」


「そうねぇ。うちの娘は、いつになったら嫁にいくのかしらねぇ」


「う、うるさいわよ、お母さん。私だってその気になれば、恋人の一人や二人」


「一人でいいから、早めに見つけなさいね」


 テンポの良い会話と、明るい笑い声が心地良い。私の気持ちと表情筋も、自然と緩んだ。


「そもそも出会いの場が少ないのよ」


「昔は集まる行事も多かったけど、今はあんまり無いものね」


「私らが若い頃は、お祭りが出会いの場だったのよ」


 ゲルダさんの言葉を聞いて、若い女性は興味深そうに身を乗り出す。


「お祭りって、夕食にお肉が出てくるだけの日じゃないんだ」


「昔はかなり大がかりだったのよ。広場に料理とお酒を持ち寄って、一日中大騒ぎ。若い子達は音楽に合わせて踊ったり、歌ったりして。気になる相手を誘う絶好の機会だから、そこで結婚相手を見つける人も多かったの」


「私達の頃はそこまで規模は大きくなかったけれど、それでもお祭りはあったわよ。父さんとも、ダンスに誘われて仲良くなったんだから」


「お母さん、ダンスなんて踊れるの!?」


「失礼ね。アンタが小さい頃に、歌もダンスも教えてあげたのに」


 女性は「ほら、覚えていない?」と言いながら、軽快な音楽を口ずさむ。陽気な曲に合わせるように、皆が体を揺らしてリズムを取った。

 きっと、この地方の人達にとっては馴染み深い音楽なのだろう。


「お祭りの歌だったのね」


「正確には、豊穣の女神様に感謝を捧げる為の歌よ」


 私は耳をそばだてる。

 彼女達の会話は、収穫祭を盛り上げたいと考えている私にとって、聞き逃せない情報だった。


 この世界では多神教が大多数を占め、ネーベル王国も例外ではない。

 八百万とまではいかないものの、それはもう、沢山の神様がいる。太陽神や冥界の神のようにメジャーな神様だけでなく、織物の神様、竈の神様のようにややマイナーで身近な神様まで、種々様々。


 その中で豊穣の女神は、かなり有名な方だ。

 農耕に携わる人の多くが信仰しており、収穫祭や種まき祭で祈りを捧げる対象となる。


「四十、五十以上くらいの人間なら、皆、歌えるし踊れると思うわ。楽器は長いこと触ってないから、忘れちゃっているかもしれないけど」


「懐かしいわね。近所に住んでいた歌の上手いお姉さんが、両手で抱えきれないくらい花を貰っていたのが羨ましくてね。私も必死になって歌の練習をしたものよ」


「お祭りで、花を渡す風習があるんですか?」


 私が問うと、母親世代の女性達は頷いた。


「ええ、昔はあったんですよ。男性が気になっている女の子に花を渡して、受け取ってもらえたら踊りの輪に加わるの」


「澄ました顔で受け取りながらも、心の中では大喜びよ。翌日は本を持っている子の家に皆で集まって、花言葉を調べながらお喋りに花を咲かせたりしてね」


 女性達は懐かしむように目を細める。

 興味津々といった様子で話を聞いていた若い女性は、頬を染めて溜息を吐き出した。


「いいなぁ。私も、そんな素敵な体験してみたい」


「あ、あの……っ!」


 唐突に大きな声を出した私に、若い女性は目を丸くする。周りの人達の視線も、私へと集まった。


「お祭り、やりませんか?」


 父様が聞いたら、大きな溜息を吐き出されそうな切り出し方をしてしまった。相変わらず、お前は交渉が下手だと嘆く様子が容易に想像出来る。


「お祭りって……、収穫祭ですか?」


「いつものように家畜を一頭潰して、各家庭に分配するつもりではありましたけど。そういう事ではないんですよね?」


 コクコクと頷く私を、ゲルダさんが優しい目で見ている。

 日常的な雑談をお祭りの話へと誘導してくれたのは彼女だ。きっと私がここを訪れた目的を、村長さんあたりから聞いていたのだろう。

 彼女のアシストを無駄にしない為にも、このチャンスは逃せない。


「さっきのお話にあったようなお祭りを復活させたいんです。地元の人だけじゃなくて、遠くからも観光客が来るような、賑やかで活気のあるお祭りに」


「ええっと……」


「突然そんな事を言われても、どうしたものやら」


「うちらが出来るのなんて、野菜を作る事くらいだしねぇ」


 前のめりな私とは対照的に、やはり皆の反応は悪い。

 収穫祭の会議で農民達が見せたのと同じ、戸惑いの表情を浮かべている。明確に感じるのは、私に対する反感ではなく、不安感。

 

 プレリエ地方の農民達は、地産地消で細々と暮らしている人が多い。恵まれた気候と土壌のお蔭で、贅沢しなければ飢える心配も殆ど無い。

 ある程度現状に満足しているなら、敢えてリスクのある選択をしたくはない気持ちは分かる。


 でも、リスクなら私が背負うから。

 一緒に頑張っては貰えないだろうか。


「野菜を作れるなんて、素晴らしいじゃないですか!」


 大きな声で主張すると、女性達は呆気に取られた顔になった。


「プレリエの野菜も果物も、美味しくてびっくりしました。王都で取引されているものより、色つやがいいし、味も素晴らしいです」


「そ、そうなんですか……?」


「トマトは青臭さが控え目で食べやすいし、カボチャもホクホクで、パイにしても、クッキーに混ぜても美味しかったです」


「あら、嬉しい」


 丁度、カボチャを磨いていた女性が、言葉通り嬉しげに頬を緩める。


「カボチャのクッキーって気になるわ。子供が喜びそう」


「スープに入れるだけだと飽きるしね」


「うちは最近、パン生地に練り込んでるわよ」


「何ソレ、気になる」


 料理のレシピを議題にして、話に花を咲かせる。


「地元の野菜や果物を使った料理大会とか、大鍋で料理を作って、振る舞うなんて事も考えています」


「大会、ですか。……私らの作る田舎料理でも、大丈夫なんでしょうかね?」


「はい。寧ろ、郷土料理は喜ばれると思います」


 私が大きく頷くと、彼女達は互いの得意料理について話し始めた。誰それのパイが美味しいとか、魚料理なら負けないとか、前向きな意見が増えてきた。

 

「歌やダンスは、覚えている方々に教師になっていただいて、出来る限り再現したいと考えております。伝統は残したいですし」


 全員の視線が私に集まっている。彼女達の目から戸惑いが消え、熱を帯びてくるのを肌で感じていた。


「私はこの地が好きです。ここの食べ物も空気も、住む人達の穏やかな気質も大好きです。新参者が何を言うと思われるでしょうが、プレリエの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい。収穫祭の復活は、その手段の一つだと考えています」


 ごくりと、喉を鳴らす。

 緊張しているのか、掌が汗で湿ってきた。


「収穫祭の主役は、農業に携わっている皆さんです。貴方がたが祭りを不要だと思うのであれば、やる意味がありません。……ですがもし、やってみようと、やりたいと思ってくださるのなら、私は領主として協力を惜しみません。全力で支えます」


 ピーヒュロロと鳥の声が響く。

 トンビが気持ち良さそうに、青い空を旋回していた。


 数秒の沈黙が続く。長閑な静寂を破るように、「あの」と控え目な声が掛かった。


「……わたし、やってみたいな」


 口を開いたのは若い女性だった。


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― 新着の感想 ―
祭りが男女の出会いの場になる、 Édith Piaf(エディット・ピアフ)のLa Foule(群衆)を連想するのは、 多分僕のようなひねくれ者だけでしょう。 日本語だと大竹しのぶさんや美輪明宏さんバー…
[一言] 更新ありがとうございます。 地元の婦人会って感じがとても楽しそうで、お喋りに参加したいし籠を作ってるところをじっくり見たいです! プレリエ領の収穫祭は構想の段階で既に楽しい。 新旧織り交ぜ…
[一言] 歴史ある昔の収穫祭の復活、良い事ですよね。 これがきっかけでプレリエの領の収穫祭が復活すれば農村部も活気が戻って人々の心も豊かになると思いますよ。 ……祭りのクライマックスは、マリーちゃ…
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