転生公爵の所信。(4)
「ご協力いただき、ありがとうございます」
元から切れ長な目が、より一層細くなる。
ヒイラギさんは、感情の読めない商売人らしい笑みを浮かべた。
思わずジトリとした目で見てしまうのは、許してほしい。
私の健闘空しく、ブランド名は『マリー』に決定してしまったのだから。
不細工な顔をしているだろう私を見て、ヒイラギさんは胡散臭い笑みを消す。
未知の珍獣を眺めるような視線を向けられた。
「公爵様は不思議な方ですね」
「……淑女らしからぬ態度だった自覚はあるわ」
大人げのない態度を恥じて、視線を逸らす。
しかしヒイラギさんは「そうではなく」と言葉を続ける。
「貴方様ほど美しい方でしたら、息をしているだけでも注目をされるでしょうに。どうして、それほどまでに目立つ事が苦手でいらっしゃるのか、不思議でなりません」
「それは流石に言い過ぎよ」
「いえいえ」
ヒイラギさんが頭を振るのに合わせて、隣に座るアヤメさんまで首を横に振る。その仕草が綺麗にシンクロしているのを見て、幼馴染なんだなと妙に納得してしまった。
「異民族である私やアヤメと、この国の人達の美の基準は、本来ならば異なるはずです。実際、他国を旅してきた時には価値観の違いを感じておりました。しかし貴方様の美貌は、その差異すらも凌駕するほどに完璧です」
ヒイラギさんの言葉に同調するように、アヤメさんが大きく頷く。
彼女の可愛い仕草に気を取られて、話に集中できない。
「ええっと……、ありがとう?」
何と答えていいか分からずに、微妙な返事をした。
面と向かって褒められると、どう反応していいか分からない。あからさまな社交辞令なら、笑って流せるのに。
「本当に謙虚な方ですね。その美貌があれば、どんな男でも掌で転がせるでしょうに……」
ヒイラギさんは小声で呟く。
心底もったいないと言わんばかりの目で見られて、後退りそうになった。座っているので、ソファーの背凭れにぶつかって距離は取れなかったが。
「ヒイラギ殿」
窘めるように、レオンハルト様が呼ぶ。
「あまり妻をからかわないでください」
口角を上げた薄い微笑は品があり、美しい。だが同時に、有無を言わせぬ迫力があった。
真面目な顔付きへと戻ったヒイラギさんは、頭を下げる。
「公爵様が気さくな方だからと、調子に乗り過ぎましたね。申し訳ございません」
「こちらこそ、大人げなくて申し訳ない」
レオンハルト様はそう言うが、大人げないのは私の方だ。
未だ前世の価値観を引き摺っている私は、上に立つ者としての振る舞いが出来ていないのだろう。距離感をすぐ間違える。
『気さく』と言えば聞こえはいいが、要は威厳がないのだと思う。
レオンハルト様は私の好きなようにやらせてくれるが、時折、こうして線の引き方を教えてくれる。私には過ぎた旦那様だ。
「ではブランドの件に戻りますが、先程の案で進めさせていただきますね」
「ええ」
私が頷くのを見て、アヤメさんが安堵したように息を吐く。次いで、喜びが抑えきれないと言わんばかりの顔で笑った。
「ローゼマリー様のお名前をお借り出来るなんて夢のようだわ」
頬を紅潮させ、ニコニコと笑うアヤメさんは子供のように無邪気だ。散々渋っていた事が申し訳なくなってくる。
「ブランド名に相応しい作品を作れるよう、精進します!」
「はい。一緒に頑張りましょう」
謝るのは何か違う気がしたので、それだけ言うに留めた。
私もアヤメさんの作品に相応しくあろうと、心の中で誓う。
「進捗のご報告は二週間後を予定しておりますが、如何でしょう?」
「二週間後ですと……十五日の午後が空いていますね」
ヒイラギさんの言葉に反応し、レオンハルト様は即座に手帳を開く。私のスケジュールを確認して、空いている日を教えてくれた。
「ヒイラギさんはどう?」
「空いておりますので、その予定でお願い致します」
「では押さえておきます。ローゼ。祭りの打ち合わせの件は、どうされますか?」
「あ、そうでした! ヒイラギさん、来週の火曜の午後はお時間ありますか?」
「大丈夫ですが、何か御用がございましたか?」
「収穫祭の打ち合わせをする予定なので、可能なら参加して頂きたいです」
「収穫祭の打ち合わせ、ですか? 公爵様自ら?」
ヒイラギさんの声に戸惑いが混ざる。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
収穫祭はネーベル王国に留まらず、全国各地で行われるメジャーな祭りではあるが、農民が主体となって行われるものだ。
規模もこぢんまりとしたものが多く、大規模でもせいぜい村単位。ましてや領主が指揮を執るなんて聞いた事がない。
でも放っておくと、プレリエ地方の祭りは消滅しかねない。
昔はそれなりに賑わっていたらしいが、今ではほぼ形骸化している。集まる事すらなく、各家でちょっとしたご馳走を食べて終わりらしい。
それを知った時、勿体ないと思った。
プレリエには目立った特産物がないとはいえ、野菜も果物もとても美味しい。王都で流通していないのが不思議なくらいだ。
祭りで人を呼び込み、色んな人に知ってもらえれば地域の活性化にも繋がるのではないだろうか。
プレリエ領に集まってきている商人達にも祭りに参加してもらえれば、私が仲介するまでもなく繋がりが作れるだろうし。
そんな考えを簡単に説明すると、ヒイラギさんは真面目な顔で耳を傾けてくれた。
「今年の祭りはあと二ヶ月もないから様子見になるけれど、徐々に規模を大きくしていきたいの。色んな催し物をしたり、大会を開いたりしてもいいかもね」
「例えばどのような?」
「地元のものを使った料理やお菓子のコンテストとか、野菜の品評会とか? 大鍋で料理を作って振る舞うのも面白そうだし、お酒の試飲会も良さそうだわ。あとは、子供達に仮装してもらって、ご褒美にお菓子を配るとか」
「……貴方様の発想力には毎度驚かされます。最後の一つは正直、よく分かりませんが」
ヒイラギさんは、感嘆とも呆れともつかない息を零す。
私の発想力ではなく、前世の記憶の寄せ集めなので、少々後ろめたい。
あと私の浅い知識のせいで、ハロウィンが『よく分からないもの』に分類された事は本当に申し訳ないと思う。
「公爵様の案を、そのまま採用すれば宜しいのではありませんか? 確実に人が集まると思いますよ」
「祭りの主役は農家の人達よ。彼等が不満なら、やる意味がなくなってしまうわ。それに私の案がどこまで実現可能かも分からないし、議論してより良いものにしたいの」
ヒイラギさんの目が丸くなる。
次いで彼は、目を細めた。胡散臭いソレではなく、感情の籠った苦笑いだった。
「公爵様は意外にも貪欲でいらっしゃる」
「そうね」
簡単には蹴落とされないくらいの経済力を手に入れると誓った。プレリエを王都にも負けない大都市にしたいという野望もある。
でも、それは誰かを切り捨ててまで手に入れたいものではない。農民の意見を無視して成功しても、意味が無いのだ。
綺麗事だと言われても、そこは変えない。変わりたくない。
「皆で幸せになりたいの」
「……かしこまりました」
ヒイラギさんは居住まいを正す。
「及ばずながら、お手伝いさせていただきます」
今までの飄々とした態度から一転、凛々しい表情で彼は言う。
隣のアヤメさんはそんな彼を見て、嬉しそうに微笑んだ。




