転生公爵の所信。(3)
「ま、前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう」
緩んだ空気を吹き飛ばすように、ゴホンとわざとらしい咳払いをする。声に動揺が表れているのが自分でも分かったけれど、気にしない。ヒイラギさんの生温い視線も黙殺した。
「販売形態と価格については以前に少し話しましたが、意向に変わりはないですか?」
私が問うと、ヒイラギさんはアヤメさんを見る。彼女が頷いたのを見てから、私の方に視線を戻した。
「公爵様が王都へ向かう前の話し合いでは、完全受注生産とのお話でしたよね?」
「ええ」
プレリエ領内で螺鈿細工を作れる職人は、今のところアヤメさん一人だけ。
弟子を取って育てる、もしくは新たにオステン王国の職人をスカウトするにしても、人手を増やすには、数年の時間が必要になる。
そう考えると薄利多売ではなく、厚利小売が望ましい。
完全受注生産の一点ものとして、強気な価格で売るというのが、私の思い描く販売形態だ。
その分、製作時間も長く掛かる事が懸念材料ではあるけれど、幸いにも王族が身に着けていたというプレミアが既についている。いつまででも待つという人は多いはず。
「概ねその方向でお願いしたいのですが、もう一つ提案がございます」
「何かしら?」
「完全受注生産とは別に選択式の簡易オーダー形式も設けたいのですが、如何でしょう?」
「選択式……というと?」
私の疑問を読み取ったように、レオンハルト様が問いかける。すると、ヒイラギさんはテーブルの上に箱を置いた。
黒塗りの四角い木箱の蓋を開けると、デザインや形の違う複数のカフスボタンが等間隔に並べられている。
「お客様にはまず、アクセサリーの種類を選んでいただきます。その後、金具の種類、台座の形、デザイン等をお好きな組み合わせで選んでいただくといった形を考えております」
なるほど、と頷く。
つまりヒイラギさんは、フルオーダーとセミオーダーの二通りを用意したいという事だろう。
フルオーダーに比べるとセミオーダーは、一からデザインを考えなくて済むので、製作者の負担は減る。
その分、特別感も薄れるが、組み合わせ次第ではオリジナリティも出せるし、価格も抑えられるので客側にもメリットはある。
「良い案だとは思うけれど、アヤメさんが余計に忙しくなるんじゃない?」
売上は増えるし客層も広がるだろうが、仕事も増える。
職人が不足しているからこそのフルオーダーなのに、これでは、本末転倒ではなかろうか。
私が抱く懸念を吐露すると、ヒイラギさんは苦笑する。
「先ほども申しましたように、アヤメは公爵様への愛が抑えきれておりません」
「ヒイラギ……ッ!」
真っ赤な顔をしたアヤメさんが、抗議するようにヒイラギさんの袖を引く。しかし彼は全く気にする素振りも無く、話を続けた。
「寝食を忘れて創作に打ち込んでいるアヤメの愛は、溢れ出ている状態です」
このように、とヒイラギさんの指先はカフスボタンを示す。
「仕事が積み重なれば心身への負担になりますが、公爵様をイメージした品を作る事は、アヤメにとって最早、仕事ではありません」
「そうなの?」
「ええ。息抜きの趣味、もしくは生き甲斐と言ったところでしょうか。顧客の要望通りの品だけを作り続けている方が、アヤメのストレスになります」
「な、なるほど……?」
納得したような、しきれていないような、微妙な声が出た。
そういえば前世で好きだったイラストレーターさんが、商業用の原稿の息抜きだと言って、推しキャラのイラストを大量に投下していた。
息抜きでもイラストを描くというのは、絵を描かないタイプのオタクだった私には、いまいち理解が出来なかったが、創作者なら通ずるものがあるのかも。
同じ作業であっても、仕事として顧客の注文通りのものを作るのと、自分の好きなものを好きなように作るのとでは、心情に大きな差があるのだろう。
「ですが、こうして溢れ出た愛を積み重ねて倉庫に仕舞っておくのは勿体ない。欲しい方に売れるのであれば、一石二鳥かと思いまして」
幼馴染の溢れた愛を売り物にするなと言いたいけれど、製作者であるアヤメさんが不満を抱いている様子が無いので止めておく。
「如何ですか?」
「そうね、良いと思うわ」
アヤメさんが納得しているのなら、私に反対する理由は無い。意見を問うように隣のレオンハルト様を見る。
彼はカフスボタンをじっと見つめてから、口を開いた。
「ローゼをイメージしたデザインという事でしたが、これら全てですか?」
「は、はい……。ここにあるものは、全部、です」
「別の部屋にあるものも、ほぼほぼそうですけどね」
レオンハルト様の問いに、アヤメさんが小声で答える。
不足を補うように、ヒイラギさんが続けた。
「でしたら、フルオーダーと分ける意味も込めて、名前を付けてみるのはどうでしょう?」
「名前?」
「ええ。青が印象的な作品が多いですが、顧客の中には別の色を好む方もいるでしょう。そういう方にはフルオーダーを活用してもらう為にも、このシリーズは青をモチーフにしていると先に銘打ってしまった方が良いかなと思いました」
「確かに」
青シリーズとか名付けてしまえば、他の色は無いのかという苦情を防げる。
アヤメさんが別の何かにハマった場合、シリーズ名を分ければいいし。
レオンハルト様の意見に、私は大きく頷いた。
流石、レオンハルト様。
細やかなところまで気配りが出来る方だからこその視点だ。
「流石のご慧眼。このヒイラギ、感服致しました」
にっこりとヒイラギさんは目を細める。
糸目になった彼の笑顔はキツネのお面のようで、なんとも胡散臭い。
ここまでの流れは、全て織り込み済みだったのではないかとすら思う。
思わず身構える私の横で、レオンハルト様は苦笑していた。
「つきましては一つ、お願いがございます」
「お願い?」
疑心暗鬼になりながら、鸚鵡返しする。
「アヤメが公爵様を想って作り上げた作品ですので、もしお許しを頂けるのでしたら、お名前をお借りしたく存じます」
「私の名前を……?」
「ええ。このようなイメージになります」
ヒイラギさんは、折り畳んだ紙を懐から取り出す。
机の上で広げられた紙に描かれていたのは、女性の横顔のシルエットと『マリー』という文字。
あまりにも主張が強すぎて、羞恥心よりも先に眩暈を感じた。
バレンタインの特設コーナーでよく見かける、某洋菓子メーカーのロゴに似ていると、つい現実逃避してしまう。
「こ、これは……ちょっと」
「おや。お気に召しませんか」
「あまりにも直接的過ぎるというか……。それに、もっと『青』を主調した方がいいのではないかしら?」
「このロゴと名前を見て、貴方の瞳を思い出さない方は、そもそもアヤメの作品を買う資格は無いかと」
うぐ、と言葉に詰まる。
商人相手に口で敵う訳がないと思いつつも、諦めきれない。
だって私の名前は既に、病院に付けられてしまっている。
ユリウス様の商会が扱うザワークラウト『海のしずく』も、私の名前が由来だ。その上、螺鈿細工にまで付けられるなんて耐えられない。
後世の史学者がプレリエ領の事を調べた時に、あらゆるものに自分の名を付ける、とんでもなく自己主張の激しい女公爵がいたとか書かれてしまう。
「……他の案も検討しましょう」
諦めたらそこで終了だと、心の中の安〇先生も言っている。
ぐっと拳を握り締めて、私は悪足掻きをする事を決めた。




