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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
321/396

転生公爵の休憩。

 

 カットされたオレンジを一口食む。

 果汁の酸味が口の中に広がり、気分もスッキリとしてきた。


「美味しい」


「良かった。もう少し、食べられますか? 他のフルーツも言ってくれたら剥きますよ」


 私と会話しながらも、レオンハルト様の手は止まらない。オレンジにナイフを入れて、食べやすいように一房ずつ切り分けてくれている。

 その手際はとても鮮やかで、料理下手だと自己申告していた人とは思えない。


 以前は、剣と包丁では同じ刃物でも扱い方が全く違うと苦戦していたが、どうやら空いた時間を使って、料理長に色々と習っているようだ。


「ありがとう。もう一つ、オレンジを」


「喜んで」


 嬉しそうで、ついでにちょっと得意げな顔にキュンとする。

 何でも出来るスパダリに見えて、実は陰で努力しているとか……本当にもう。夫が端から端まで私の好み過ぎて辛い。


 瑞々しいフルーツを堪能していると、遠くからオーケストラの音楽が聞こえる。さっきまでのテンポの良い曲調から一転して、スローな音楽へと変わった。

 大勢の令嬢に囲まれていた兄様とヨハンは、今も大広間の中央でダンスを披露している事だろう。


「……こんなに寛いでいて、良いのかしら」


 夜会の途中で席を外し、休憩室でゆっくり休んでいる事に少しだけ罪悪感を覚えた。

 アクセサリーの宣伝という目標は一応、果たしたものの、まだ十分な成果を上げたとは言えない。その上、社交も中途半端だ。


 しかし、私の不安を見透かしたようにレオンハルト様は笑う。


「いいんですよ。今日は参加しただけでも十分です」


「……そうね」


 功を焦る気持ちはあるけれど、無理は禁物だ。夜会に出ると決めた時に約束したように、まずは自分の体を第一に考えなくては。


 そう考えて肩の力を抜くのとほぼ同時に、扉が鳴った。


「?」


 私とレオンハルト様は顔を見合わせる。客人だろうか。


 休憩室まで押しかけてくるのは、それなりに親しい仲に限定される。

 夜会の会場で話しかけるのとは、ハードルの高さが段違い。それこそ、親族、家族くらいのものだろう。


 とはいえ今日は王家主催の夜会。

 私の両親及び兄弟は、会場を離れる事は難しい。


「お義父様とお義母様かしら?」


 レオンハルト様のご両親、オルセイン家当主夫妻の顔が思い浮かぶ。

 優しい義両親は、私の事も我が子のように可愛がってくださる。妊娠が判明してからは過保護さも増しているので、もしかしたら心配して見に来てくれたのかもしれない。


 思わず立ち上がって扉に近付こうとすると、レオンハルト様に止められる。


「オレが出ます」


 扉に近付いたレオンハルト様は、扉の向こうの人物と何やら会話している様子だった。しかし部屋の奥にいる私まで、相手の声は届かない。


「レオン? お義父様達なら、入っていただいて……」


 ソファーから立ち上がった私が振り返ると、丁度、扉が大きく開くところだった。


「ああ。入らせてもらおう」


「!?」


 予想とは違う声に、私はギョッと目を剥く。

 重みと威厳がありながらも大らかで優しいお義父様の声とは違い、尊大なソレに聞き覚えはあった。


 室内へズカズカと踏み込んできたのは、目も眩むような美青年……と見せかけて、四十路のオッサンである。


「『おとうさま』違いだわ」


 溜息混じりに呟くと、心外だと言わんばかりの顔をされた。

 片眉を跳ね上げてもなお、輝くような美貌は欠片も損なわれない。


「私もお前の父だが」


 いや、そうなんですけども。

 貴方を『お父様』と呼んだ事は無いというのは、さておき。


「ええ、そうですね。ところで、何故ここに?」


 ジトリとした視線を向けるが父様は、まるで気にも留めていない。席を勧めてもいないのに、当然と言わんばかりの自然な動作で私の向かいのソファーに腰掛けた。


 薄青の瞳にじっと見つめられると、酷く居心地が悪い。


「娘に会いに来るのに、理由が必要か?」


「!?」


 唖然とした私は、口を半開きにして固まった。


 『父親が娘に会いに来るのに理由はいらない』というのが一般論だとしても、うちの親子関係には当て嵌まらないはずだ。 

 しかし、こうも堂々と問われると否定も出来ない。


 隣に戻ってきたレオンハルト様に、助けを求めるように視線を向ける。

 しかし彼は特に口は挟まず、見守るような微笑みを浮かべた。


「……理由は、いりませんけど。……でも、主催が会場を離れても大丈夫なのですか?」


 普通の親子みたいに接する事に慣れていなくて、つい可愛くない言葉を返してしまう。ばつが悪くて、視線を逸らしながらボソボソと呟いた。


「三人も王族がいれば十分だろう。息子達も、快く送り出してくれたしな」


「……? そうなんですか?」


 含みがあるように聞こえて、問い返してしまう。

 すると父様は僅かに口角を吊り上げる。軽く上げた右手をひらりと振った。


「二人共、諸手を挙げて賛成してくれたぞ」


 それは何かの隠喩なのだろうか。


 昔のように他人以下の冷えた関係ではないが、反抗期の子供の如く、私は未だに父様だけには素直になれない。

 冷静で聡明な兄様も、頭の回転が速く、人当たりの良いヨハンも、父様への態度は私と似たようなものだと思っていたのに。


「……本当に?」


 子供じみた反応をするのが自分だけだとは思いたくなくて、しつこく聞き返す。

 父様は怒ることなく、機嫌良さげに目を細めた。


「ああ。クリストフ曰く、『年功序列』らしいからな」


「兄様がそんな事を……」


 兄様はやはり、立派な方だ。

 私なら、年齢なんて知った事かと押し退けてしまいそうだなと考えて、恥ずかしくなってくる。


 私も来年には親になるのだから、もう少し大人にならないといけないな。

 そんな風に一人、心の中で反省していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 休憩室に乱入したのは、まさか前回置いてけぼりにされた父様だったのですね。 「二人共、諸手を挙げて賛成してくれたぞ」のあたりは、ジャンケンで手を振り上げたタイミングでは?とついつい想像して笑…
[一言] お と う さ ま ! やっと来られたのですね(*´꒳`*) ほのぼの回…に、なるといいなぁ(*≧∀≦*) まぁ、難しいでしょうけども…。
[一言] あああ、父様。。。 登場するだけで全てを持ってく父様。 今確かに、二人の兄様に通じる何かを感じましたよ。さすが、全ての大元でいらっしゃいますね。
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