転生公爵の準備。(2)
久しぶりに会えた母様達と、互いの近況報告をしていると扉がノックされた。どうやら、仕立屋の方の準備が整ったらしい。
「じゃあ、移動しましょうか」
「はい。兄様とヨハンは……」
「ここで待っている。ヨハンと時間を潰しているから、気にせずゆっくり選ぶといい」
母様に促されて席を立つ。
試着もする予定なので、流石に家族とはいえ男性の同席は難しい。せっかく訪ねてきてくれたのに放置するのは如何なものかと考え込むと、先手を打つように兄様が言った。
兄様ってば、なんて出来た人だろう。女性の買い物に付き合う事を敬遠する男性も多いというのに、その若さでそこまで気遣えるとは。
それを聞いたヨハンが『聞いてない』という顔をしたが、そこは黙殺する。たまには兄弟水入らずで、親睦を深めるといい。
「じゃあ、少し失礼しますね」
侍女にお茶のお代わりや、軽く摘める茶菓子の手配をしてから、仕立屋の待つ部屋へと移動した。
たぶんレオンハルト様がそのうち帰ってくるだろうし、接待はお任せしよう。
別室に着いてからすぐに、エンパイア型のドレスを試着する事にした。
エンパイアのドレスといえば、日本ではビスチェタイプが主流だった印象があるけれど、こちらの世界ではちょっと過激な気がする。
夜会用のドレスはデコルテを出す型が基本とはいえ、それでもビスチェまでいくと行き過ぎだ。
仕立屋の従業員が用意してくれたドレスは、デコルテが大きくスクエア型にカットされており、袖はパフスリーブ。光の当たり具合で金にも見えるベージュ生地に白を合わせたオーバースカート。
子供と共に描かれた御婦人の絵でも見かける、ベーシックな型だ。
「どうでしょう?」
母様は私をじっと見つめる。視線が頭の先から足の爪先までゆっくりと移動してから、母様の眉間にきゅっと皺が寄った。
「野暮ったいわ」
なんて正直な。
確かに私もあまり似合っていないなとは思ったけれども。
元々、エンパイアドレスは着こなしが難しい。その上、少しサイズが合っていないので、余計に不格好に見えるのだろう。
「やっぱり似合っていませんか」
「なんていうか……母親のドレスを仕立て直して無理やり着ているみたい」
「そこまで具体的に例えて下さらなくて結構です」
的を射ているだけに、哀しくなってくるから止めてほしい。
「ううん、可愛いのは可愛いのよ。ただ、貴方の良さを全て殺してしまっているのよね。デザインも色も一般的なのに、何でかしら?」
難しい顔をした母様は頬に手を当てて、首を傾げる。
「袖はパフスリーブでは無い方がいいわね。ぴったりとしたものか、フレアか……」
ぶつぶつと独り言を呟く母様の傍らにデザイナーが立ち、手に持っていた紙を捲る。デザイン画なのか、それを母様に見せて「こちらは如何でしょう?」と問いかけた。
「やっぱり腕のラインがはっきり出るものがいいわね。でも、これはデコルテがちょっと駄目だわ。ウエストのラインが出ない分、首や腕は出さないと。あと色も白系統だとぼやけて見える」
「公爵様はお肌や髪のお色が明るいので、濃い色の方がお似合いになるかもしれませんね」
母様とデザイナーの会話が、とても盛り上がっている。
私のドレスを作っているはずなのだが、当の本人である私がついていけずに棒立ちしている状態だ。
布を体に当てられたり、ポーズを変えさせられたりしても、されるがまま。どうぞお好きにしてくださいと、まな板の鯉の如き心境だった。
別のドレスを見てみたいと言われた時も、逆らわずに率先して着替えた。
暗い赤に黒のレースを組み合わせたドレスは、先ほどのものとは真逆の印象を受ける。ほの暗く、妖艶だ。
元悪役令嬢だった私が、これを着て大丈夫?
ワイングラスで血でも飲んでいそうな感じにならない?
不安な気持ちを抱えながら向き直ると、母様とデザイナー、二人は目を瞠った。繁々と見つめられて、居心地が悪い。
「とても良くお似合いです」
「本当ね。顔は私に似ているから、もっとキツい感じになると思ったわ」
予想外に誉められて、今度は私が目を丸くする番だ。
「キツく見えてないですか?」
「ええ。ちゃんと落ち着いた大人の女性に見えるわ。黒や赤は使い方を間違えると派手で毒々しい印象になりがちなのに」
母様は苦笑しながら「性格の差かしら」とポツリと零した。
その表情が複雑なものに見えて、私は少し戸惑う。
「母様?」
「……黒地に別の色を合わせたのも見たいわ。ベージュ系のレース地はあるかしら?」
母様は私ではなく、傍にいたデザイナーに話しかける。
指示をすると、デザイナーの女性はその場を離れた。近くに人がいなくなったのを見計らったかのように、母様はこっそりと小さな声で話しだす。
「私は赤や黒だと駄目なのよ。まるで魔女のようになってしまうの」
そういえば、母様が赤や黒のドレスを着ているのを見た記憶が殆どない。
濃い緑や青など落ち着いた色合いを好んでいる印象があったけれど、まさかそんな理由だとは思わなかった。
華やかな顔立ちと抜群のプロポーションを誇る母様には、赤や黒はとても似合うだろうに。ちょっと勿体ないと感じてしまう。
似合うのにと呟くと、母様は困ったように眉を下げた。
「自然と避ける癖がついてしまったのよね。陛下はあまり、派手な女性はお好きでないようだったし」
「!」
「まぁ、今となってはどうでもいい事なのだけれど」
気軽に触れられない内容を聞かされて、私はビシリと固まった。しかし母様はすぐに、自分の言葉を笑い飛ばしてしまう。
しかも無理をしている風ではなく、ごく自然な様子で言った言葉は本音であるように聞こえた。
「どうでもいいんですか」
「そう。昔は振り向いて欲しくて必死だったけれど、もうその情熱は無いわ。正直言って、今の距離感が丁度良いの」
私の目から見ても今の両親の関係は悪くない。夫婦というよりはパートナーといった感じで、情熱的な愛はなくとも、ちゃんと絆がある。
「思えば私も、陛下に恋をしていた訳ではないのよね。ただ、家族がほしかっただけ」
瞳をやや伏せ、平坦な声で零す母様の姿に胸が締め付けられる。別に寂しそうでも、哀しそうでもなかったのに、何故か焦燥に駆られて手を伸ばした。
手をぎゅっと握ると、母様は弾かれたように顔を上げる。きょとんとした無防備な表情は、いつもより幼く見えた。
「私がいます。母様の家族です」
「!」
「兄様もヨハンも、レオンだってもう母様の家族だわ。それに、分かり難い人だけれど、たぶん父様も」
私が『たぶん』なんて余計な言葉をつけたせいか、母様は破顔する。「そうね」という声も表情も柔らかくて、嬉しそうだった。
「もちろん、この子も」
お腹を擦りながら言うと、母様も私のお腹に触れる。そっと撫でて、眦を緩めた。
「おばあちゃんよ。待っているから、元気で生まれてきてね」
おばあちゃんという言葉が似合わないなと思っていたけれど、笑み崩れた優しい顔は確かに、孫を愛しむ祖母のものだ。
可愛がってもらえそうで良かったねと、心の中で我が子に語り掛ける。ただ、デロデロに甘くなりそうな予感がするので、その辺は私が気を付けて見ておこう。
「家族が増えるって、いいものね」
「これから、どんどん増えますよ」
「そうね。二人目も楽しみにしているわ」
「私だけでなく、兄様やヨハンだってそのうち結婚するでしょうし」
確かに子供は、出来れば二人くらいほしい。でもその前に、独身である兄様とヨハンの結婚が先だろう。
そう考えたのだけれど、言った途端に母様は難しげに眉を寄せる。
「結婚……出来るのかしら、あの子達」
「未婚女性から人気が高いと聞いていますが」
身内である私の目から見ても、兄と弟はハイスペックなイケメンだと思う。
「当人達が乗り気じゃないのよね」
二人が結婚に逃げ腰であるのは薄々察してはいたけれど、立場上、独身を通すのは難しい。ヨハンはともかくとして、王太子である兄様は無理だろう。
私自身もレオンハルト様がいなければ結婚なんて考えられなかったので、少々、同情してしまう。
そんな事をぼんやり考えていると、視線を感じた。
母様は私をじっと見つめて、「理想が高いのよ」と呟く。
「理想……?」
「貴方みたいな女性が、そう何人もいるはずないのに」
私みたいなって、どんな意味だろう。
無鉄砲なイノシシ? いや、そんな貴族女性がたくさんいても困るけれども。流石にそんな意味ではないと信じたい。
「そろそろ妹離れをしろと言ってやって」
私も大概ブラコンだった自覚はあるので、兄様には滅多に反抗しない。
そんな私が唐突にそんな事を言い出したら、兄様は寝込んでしまわないだろうか。
なんと答えていいのか分からず、はは、と曖昧な笑いを浮かべて誤魔化した。




