転生公爵の休息。(4)
ヴォルフさん達やイリーネ様の訪問から、一週間後。
私の妊娠が公式に発表された。
各家から続々とお祝いの手紙と、面会の申し込みが殺到している。
ある程度は来るだろうなと思っていたが、ここまでとは予想していなかった。
アイゲル家のように個人的な付き合いのある家や、王家と深い関わりのある家ならば分かる。傍系の家もまた、主家に追随するのだから想定内。
しかし、今まで一切関わりの無かった家からも届いている。
それは何故かと問われたら、心当たりがある。
たぶん、コレのせい。
一部屋を埋め尽くすほどの荷物を眺めながら、溜息を吐く。
圧倒される量に、遠い目になってしまうのも仕方のない事だと思う。
所狭しと並べられているのは、家具や反物状の布。玩具等の小物はまだ開封せずに、箱のまま積み上がっている。
贈り主は王家。つまりは私の両親と兄弟の仕業だった。
公式に妊娠を発表した翌日、馬車が数台連なってプレリエ公爵家へとやって来た。
近衛騎士による厳重な警備と、馬車の扉に燦然と輝く王家の紋章。社交シーズンで王都へと集まっていた貴族等の耳目を、嫌という程に集めた事だろう。
寧ろ、ワザと見せつける意図があったのかもしれない。
「有難いけれど、そこまでしてくれなくてもいいのに」
「それだけ、貴方が大事なんでしょう」
思わず零した独り言めいた言葉に、隣に立つ旦那様が苦笑した。
このプレゼントの山は両親が突然、孫愛を爆発させた末の奇行……という訳ではない。たぶん。
現在の私は色んな意味で目立っている。
世界初の女公爵であり、これまた世界初の試みである医療施設計画の発案者。それに伴い、領地は急成長中とあれば、一挙一動に注目されるのも当然。
そして集まる視線の全てが、好意的なものとは限らない事も理解している。
単純に他人の成功が気に食わない人間はいるだろう。その上、私は若輩で女だ。全てが平等とは言い難いこの世界で、それらを材料に貶める人は少なからずいる。
それに私は貴族制度のある国に生まれながらも、身分に拘らず、能力で人材を登用しようとしている。
クーア族という他国出身の一族を厚遇している事も加味すると、私を敵視している人間はそれなりの数がいるはず。
ただ、表に出てこないだけ。
私は王籍を抜けたとはいえ、直系の娘。
表立って喧嘩を売るには、リスクが高過ぎる。
しかし、その人達が今後も静観してくれるとは限らない。
現在は様子見をしている段階なのだと思う。
なにせ私は、最低限の社交しか参加していない。派手な肩書きが多い割には、生きた情報が少ない厄介な存在。
国王夫妻との関係はどうなのか。兄弟、特に王太子との仲はどうなのかと、多くの人間が息を殺して窺っている。
王太子と私が不仲であった場合、親交を結ぶメリットよりデメリットの方が大きくなる。丁度、今の状況――王太子は未婚で、私に子供が出来た場合など、後継問題も絡んで泥沼になる可能性があるから。
そんな面倒臭い思惑や駆け引きを捻じ伏せるが如く、父様達は先手を打った。
王家はローゼマリー・フォン・プレリエの妊娠を心から喜んでいると、山のような贈り物を以て周囲に知らしめた。
親子も兄弟も良好な関係であり、邪推する余地などない。万が一にも敵対するのなら、背後には王家がいる事を理解した上でやれと、そう示した。
おそらくは、王太子に忖度し、私と子供に危害を加えようとする人間を出さない為に。
今後、革新的な方策を推し進めようとしている私の道を、少しでも歩きやすくする為に。
「愛されていますね」
「……あんまり甘やかされると、図に乗ってしまいそうだわ」
「貴方がそういう方でないと分かっているからこそだと思いますよ」
レオンハルト様は自然な動作で私の腰を抱き寄せる。
「貴方はとても甘え下手ですからね」
「……レオンにはいっぱい甘えていますよ?」
「いいえ。全然、まったく足りません」
強めの口調で言われ、唖然とした。
そこまでか。そんな力いっぱい否定されるほど、私は甘えるのが下手なのか。
「貴方は努力家で我慢強い。それは本来美点なのでしょうが、見守っている人間からすると、気が気でないのですよ。苦しくても、辛くても、歯を食いしばって耐えてしまうから」
「そ、そんな事は……」
「あるんです。あの国王陛下が自発的に動くほどなのだと、自覚してください」
そう言われてしまえば、反論も出来ない。
これ以上ないくらい説得力のある言葉だ。あの父様が。幼い娘相手でも容赦なく、対価を求める父様が、無償で動いてくれるなんて余程のこと。
「今だってそうですよ」
「今?」
「体調、あまり良くないんでしょう?」
レオンハルト様はそう言いながら、腰に回した手に少し力を込める。自分に凭れかからせるように、引き寄せた。
「別にこのくらい……」
「妊娠しているなら、多少の不調は当たり前だとか言わないでくださいね」
じとりと睨まれて、思わず続きの言葉を呑み込んだ。
「食欲が落ちているのは、屋敷の人間は皆、分かっていますよ。つわりで食べられるものが減っているのに、栄養を摂ろうとして無理しているのも」
「…………」
反論できなくなって、黙り込む。
実際、つわりが始まったせいで食べられるものがぐっと減った。油やお肉のにおいで気持ち悪くなってしまうので、メイン料理は残しがちだ。
パンやフルーツを食べて凌いでいるが、それだけでは赤ちゃんの栄養が足りないのではないかと心配になる。だから我慢して、無理やり詰め込んでいた。
食べられそうなものをリクエストすればいいのかもしれないが、せっかく作ってもらっても体調によっては受け付けないのだから難しい。
魚や野菜の蒸し料理を作ってもらった時も、結局は半分も食べられなかった。レオンハルト様が買ってきてくれたケーキも、駄目にしてしまったし。
使用人の皆は好きなものを好きなだけ食べればいいと言ってくれたが、申し訳なくて出来ない。
妊婦だからと、我儘で振り回すのは嫌だった。
「ローゼ」
「!」
手を取られ、まるでワルツを踊るようにくるりと回される。方向転換した体を正面から抱き締められたかと思うと、上から覗き込まれた。
「今、貴方が気にするべきなのは、周りやオレの気持ちじゃない。食品の廃棄問題でもないし、金の問題でもない」
怖いくらい真剣な目が、真っ直ぐに私を見据える。
「貴方が優先するのは、貴方自身と子供の健康。それだけ。他は些事だと、気にしなくていいんだ」
「レオン……」
「いっぱい、我儘を言ってほしい。アレが食べたいとか、コレを買ってきてとか。仕事の時だって、遠慮なく声をかけて。庭に出たかったら、オレをいつでも呼んでください。天気がいいから外で昼食を摂りたいとか、庭の木の実でお菓子を作ってほしいとか」
胸が締め付けられるような切なさを覚える。
必死になって言葉を尽くしてくれるレオンハルト様を見て、また心配させてしまった事を悟った。
フードロスが問題になっていた現代日本の記憶があるから、食べ物を無駄にする事に罪悪感があった。
それから贈り物を無駄にしてしまうのも嫌だし、自分の都合で誰かを振り回すなんて論外だという思考が染み付いている。
そんな私を理解しているからこそ、周りも無理強いする事は無かった。妊婦でも食べやすそうなさっぱりしたメニューを考えるとか、美味しそうなフルーツを見つけると、こぞって買ってきてくれるとか。私の心の負担にならないよう気遣って、見守ってくれていた。
改めて振り返ってみると、いかに自分が甘えベタなのかが分かる。
あの父様が、自ら動くのも無理のない話だった。
そういえば両親から贈られた家具も子供用だけでは無く、私宛のとても上質なカウチがあった。
服に関しても、デザインやサイズがあるからと、布と仕立屋の予約という形でプレゼントされたが、いくつかは私用だった。母様が『妊婦用のドレスを作るように』と書き留めた布は、肌触りが良い高級品だ。
ああ、愛されているなぁと、沁み込むような幸福と共に実感する。
「……困らせてもいいの?」
「!」
レオンハルト様の背中に手を回し、ぎゅっと抱き締め返す。
耳をくっ付けた胸から、息を呑む音が直接伝わってきた。
「もちろん。王宮の菓子職人の作ったケーキでも、遠方の国の果物でもご随意に。なんなら、宝石が成る木でも、龍の首に下がった珠でも、貴方が望むなら叶えてみせますよ」
私はどこの月の姫なのかと、おかしくなってしまう。
顔を上げると、レオンハルト様の期待に満ちた目と視線がかち合った。
「……じゃあ、クッキー」
「クッキー?」
怪訝そうな彼の顔には、『そんなものでいいのか』と書いてある。
分かり易い心の声に一つ頷いてから、言葉を続けた。
「うん。レオンが私の為に焼いてくれたクッキーがいいわ」
「…………えっ」
途端に愕然とするレオンハルト様の顔が、おかしくて、おかしくて。
私は我慢出来なくて、声を上げて笑った。




