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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
304/396

転生公爵の驚愕。(2)

 


「ローゼ!?」


 バンと派手な音を立てて扉が開く。

 血相を変えて飛び込んで来たレオンハルト様は、私の方へと駆け寄ってくる。何があったんだと視線で問われても、何も返せない。

 私自身も上手く呑み込めていないから、誰かに説明する余裕なんて無かった。


 早鐘を打つ心臓を押さえて、呼吸を繰り返す。

 ゆっくりと掌を滑らせて、そっとお腹に触れた。


 当たり前だけれど、何の動きもない。

 煩いくらいの鼓動は私自身のものだし、震えているのも私の手だ。それでも指先から温もりが伝わってくるようで、勝手に涙腺が緩む。


 ここに……私のお腹の中に、新しい命が宿っている。

 私とレオンハルト様の赤ちゃんがいるんだ。


「……っ」


 吸い込んだ呼吸が不自然に詰まる。

 胸がいっぱいで、何も考えられない。自分が泣きたいのか、笑いたいのか。それすら分からなかった。


「……ローゼ」


 俯く私に影が差す。

 見上げると、身を屈めたレオンハルト様が悲痛な顔で私を見つめていた。


 ああ、そんな顔をさせてしまうような事ではないのに。

 この喜びを一緒に分かち合いたいのに、上手く言葉に出来ない。


 幸せ過ぎて苦しいなんて、人生で何度味わえるんだろう。


 くしゃりと顔を歪めた私に連動して、レオンハルト様も同じ顔をする。

 大きな手が私の肩に回って、抱き寄せられた。勢いがあったせいか、逞しい胸に鼻をぶつけて、ちょっと痛い。


「大丈夫、大丈夫だ」


「レオ、」


「貴方の為なら、何でもする。何だって用意する。他国の秘薬だろうと、世界の果てに咲く薬草だろうと、何だって、オレが」


 呼びかけは、切羽詰まった言葉に遮られる。

 私の形を確かめるみたいに、抱き締められた。冷たい手も声も、震えている。

 大きな体は私の体をすっぽりと包み込んでいるのに、まるで縋られているような気持ちになった。


 どうやら私が重病だと、勘違いさせてしまったらしい。

 掠れた声があまりにも苦しそうで、私は慌ててレオンハルト様の胸を叩いた。


「レオン、ちがうの」


 押し付けられた胸板から顔を上げて、必死に訴える。


「……違う?」


 私の言葉を繰り返すレオンハルト様は、顔色が悪い。

 どちらが病人か分からないほど蒼褪めた顔を見ているのが辛くて、何度も頷いた。


「病気じゃないわ」


「……ローゼ」


 きゅっと眉間に皺が寄る。レオンハルト様の表情は晴れるどころか、曇ってしまった。どうやら、全く信じてもらえていないらしい。


 苦しげな顔で、レオンハルト様は笑う。

 愛しいと語る瞳で私を見つめて、頬に手を添えた。ちゅ、と掠めた唇は、欠片の欲も込められておらず、ただ労りに満ちている。

 そのせいで反応が遅れてしまった。人前で口付けなんて、と恥じる隙もない。


「愛している。貴方はオレの心臓だ。……何処までも、傍に」


「っ……レオン!」


 パシンと乾いた音が鳴る。

 レオンハルト様の顔を、勢いよく両手で挟んだ。


 たぶん痛かったと思う。

 暗く淀みかけていたレオンハルト様の目が、驚きに見開かれた。


 間近で覗き込んだ両目に光が戻ったのを見て、私はほっと安堵の息を吐く。


「レオン、ごめんなさい。本当に違うの」


 叩いてしまった事と心配させてしまった事、両方の謝罪を込めて、精悍な頬を撫でる。


「私は健康だし、貴方を置いていったりしないから」


 視線を逸らさずに語り掛ける。

 私は嘘を吐くのが下手くそだと知っている彼は、今度こそ信じてくれたらしい。意外に長い睫毛がパチパチと瞬いて、彼の困惑を訴えている。


「なら、何故……?」


「えっと」


 どう伝えようかと考えた私は、レオンハルト様の頬から手を離す。代わりに彼の右手を両手で掴んで、引き寄せた。


「ローゼ?」


 レオンハルト様の困惑が増したのが、声で分かる。

 それでも彼は、私の手を振り払わずに好きなようにさせてくれた。


 硬い掌を、私の腹部に押し当てる。


「……ここに、新しい家族がいるの」


「……は」


 呆けた声が、レオンハルト様の口から零れ落ちた。

 顔を上げると、表情も抜け落ちている。呆然自失した彼と視線を合わせ、もう一度、ゆっくりと言葉を告げた。


「私とレオンの子供よ」


 ひゅっと息を呑む音がして、その後は不自然な程の静寂が訪れた。

 部屋の中にも外にも、沢山の人がいるはずなのに、物音一つしない。水を打ったような静けさが、数秒続いた。


「……こ、ども……?」


 異国の言葉のように、拙い発音だった。

 レオンハルト様は無表情のまま、はくりと空気を食む。音にならなかった言葉が吐息として洩れ、唇が震えた。


 喜んでくれるはずだと信じている。

 だから張り詰めた空気に負けず、瞳を見つめたまま、深く頷いた。


「妊娠したの」


 短い言葉を最後まで言い切るのとほぼ同時に、前触れなく、レオンハルト様の瞳から涙が零れ落ちた。


「……!?」


 驚愕する私に、透明な雫が降ってくる。

 眉一つ動かさず、嗚咽も洩らさず。滂沱の涙を流すレオンハルト様があんまりにも綺麗で、状況も忘れて見惚れそうになった。

 ほろほろと頬を滑り落ちる涙は、そのまま真珠にでもなりそうな程に美しい。


「……っ」


 どどど、どどど、どうしよう!?


 私は固まったまま、混乱していた。

 何をどうしたらいいのか分からずに、掌を受け皿みたいにして、レオンハルト様の涙を受け止めている。


 泣いている旦那様にするべき妻の行動は、おそらくこれではない。

 明らかに間違っている。


 ないけど、分かっているけど、何か勿体なかったから……!!


 冷や汗を掻きながら意味不明な行動を取っていた私は、唐突に引き寄せられた。

 体に負担をかけない力加減ながらも、しっかりと両腕で抱き締められる。


「レオ……」


「嬉しい」


 抱き締めた私の頭に、レオンハルト様は頬を摺り寄せる。


「幸せで、どうにかなってしまいそうだ」


 泣いたせいか少し掠れて甘い声は、言葉通りに喜色が溢れていた。

 心から喜んでくれている事が伝わってきて、私も涙ぐんでしまう。誤魔化す為にレオンハルト様の肩口に顔を押し付け、すんと鼻を鳴らした。


「私も幸せよ」


 私達は暫くの間、寄り添い、抱き合っていた。

 かなり時間が経ってから、ごほんと咳払いが聞こえて我に返る。


 気まずそうな顔をした若先生と、微笑ましいものを見る目を向けてくるアビさんの笑顔を見て、ようやく人前である事を思い出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] おめでとう!おめでとう!おめでとうございます!!(≧∀≦)二人の描写がとても素敵で、思わずうるっとなりました。 嬉しい!!
[良い点] ♪───O(≧∇≦)O────♪ の後 。゜(゜´ω`゜)゜。 でした。 番外編が続いてるなぁって読み始めて良かった! この頃涙腺弱くてボロボロ泣いてしまいました。 もちろん嬉し涙ね。 …
[良い点] 涙がもったいないからって受け止めようとするのかなり変態的で不覚にも笑った。
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