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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
303/396

転生公爵の驚愕。

 


 ふ、と意識が浮かび上がる。

 瞼を押し上げると視界に入ったのは、見慣れた寝室の天井だった。


 あれ……?

 わたし、どうしたんだっけ?


 ぼんやりとした頭で、己に問う。

 城から帰った後、庭園でレオンハルト様とお茶をした。彼が席を外している間に、カラスが現れて、と記憶を一つずつ辿った。


 それから、どうしたんだっけ?


 レオンハルト様が買ってきてくれたケーキの種類や、カラスとラーテの口論の内容など、細かな部分まで思い出せるのに、その後の記憶が唐突に途切れている。

 時間もそれなりに経過しているらしいと、周辺を見回して気付く。室内は薄暗く、カーテンの隙間から覗く景色は地平線の僅かなオレンジ色を残し、藍色に染め上げられていた。


 居眠りをした記憶はないから……もしかして、倒れた?


 思い当たった可能性に紐づき、いくつかの記憶が蘇る。

 城で顔色が悪いと指摘された事や、レオンハルト様が心配して、医者を手配しに行った事。記憶が途切れる寸前の、レオンハルト様の悲痛な声を思い出して血の気が引いた。


 まずい……!

 また私、レオンハルト様に心配かけてしまったかも!?


 体を起こそうと身動ぎをすると、傍で息を呑む音がした。


「ローゼ……?」


 呆然とした声は、誰のものかと考える前に分かる。

 ガタンと派手な音を立てて、椅子が倒れた。私の枕元に手をついて覗き込んだレオンハルト様は、酷い顔をしている。


 下手をしたら倒れた私よりも、顔色が悪い。雄々しい美貌は、蒼褪めるのを通り越して白に近いほど血の気が引いていた。


「ローゼ!」


「レオン……」


「気分は? どこか痛くはないですか?」


 必死な顔のレオンハルト様の問いに、頭を振る。


 やっぱり心配させてしまった。

 悔いる気持ちはあれど、寝起きの頭では上手く言葉が出てこない。精悍な頬に手を伸ばすと、上から大きな手を重ねられた。


 皮膚が硬く力強い手は、驚く程に冷たい。

 それが彼の恐れを表しているようで、胸が締め付けられた。


「心配かけて、ごめんなさい」


 小さな声で謝った瞬間、端整な顔がくしゃりと歪む。

 しかしすぐに取り繕い、落ち着いた苦笑いに覆い隠されてしまった。


「全く、オレを殺す気ですか。貴方の心臓はオレに繋がっていると、伝えたばかりなのに」


 からかうような言い方に、少しだけ混ぜた本音が刺さる。

 瞳を伏せたレオンハルト様は、私の手を少しだけ強く握ってから、頬から離した。


「医者を呼んできますので、少し待って」


 蹴倒した椅子を戻した彼は、部屋を出ていく。

 扉の向こうから慌ただしい音が聞こえたかと思うと、五分も経たないうちに医者と薬師がやって来た。


 若先生……といっても、御年は確か四十一、二歳くらい。当人はたまに「そろそろ若先生は止めてほしい」とぼやいているが、年配の方からだけでなく、子供達にもそう呼ばれているので、一生呼び名は変わらないと思う。

 温厚で真面目な性格がそのまま表れたような、柔和な顔立ちの細身の男性だ。


「公爵様、御気分は如何でしょう」


「今は特には」


「それは良かった。体を起こす事は出来そうですか?」


「ええ」


「お手伝いします」


 すかさず手を貸してくれたのはクーア族の一人、アビさんだ。

 ハキハキと話し、頭の回転が速い彼女は、排他的なクーア族にしては珍しく、とてもコミュニケーション能力が高い。現代日本なら営業職が向いていそうな彼女は、薬師としての腕は勿論、交渉役としても優秀なので、王都への同行をお願いした。

 年齢は四十代後半で、お子さんは既に独り立ちしているそうだ。


「不具合はございませんか?」


「はい。ありがとうございます」


 重ねたクッションを背凭れにして、上半身を起こす。

 少しだけ体が重く感じて、ふ、と息を零した。


 自覚症状は無いと思っていたけれど、やはり、それなりに不調はあったらしい。過信は駄目だなと何度目かの反省を胸中で呟くと、視線を感じた。

 戸口に立つレオンハルト様の表情が、心配そうに曇っている。


 情けなく眉を下げた私と、レオンハルト様とを見比べた若先生は苦笑した。

 彼が頭を軽く下げると、レオンハルト様は少し躊躇う素振りを見せてから、部屋を出る。行きたくないという気持ちを代弁するみたいに、扉がゆっくりと閉まった。


「では、少し見せてくださいね」


 真剣な医者の顔になった彼は、身を乗り出す。

 私の顔色や瞼の裏、咥内などを注意深く観察した。


「色が薄い。やはり貧血のようです」


 前世から健康優良児だったせいで、馴染みのない言葉だ。

 今の体も、船旅や山登りにも耐え得る頑丈さだと思っていたけれど、意外と繊細だったらしい。


 でも重大な病でなくて良かったと安堵すると、私の気持ちを読み取ったかのように若先生は真剣な顔で続ける。


「貧血で眩暈や立ち眩みなどを起こす女性は、少なくありません。そういう意味では珍しい症状ではありませんが、楽観視してはいけません。別の原因が隠れている事もございますので」


「別の原因……」


 鸚鵡返ししてから、顔が強張るのを感じた。

 私の手首で脈を計っていた若先生は、「いくつか質問に答えてください」と切り出す。


 質問は、最近の体調や食欲についてから始まり、眠気や熱っぽさ、精神面の安定、五感の変化などと多岐に渡る。

 そういえば、レモンティーが苦手じゃなくなったのも関係あるんだろうかと考えながら、味覚の変化について答えた。


「味覚が変わった……。なるほど」


 若先生は独り言のように呟いてから、深く頷く。

 俯き加減では表情が分かり難くて、不安になった。影が差した彼の顔が、深刻に見えてしまうのは考え過ぎだろうか。


 次第に早くなる鼓動を落ち着かせようと、そっと胸を押さえる。

 質問と回答を書き記していたアビさんは、そんな私に気付き、宥めるように背中を撫でてくれた。


「ああ、不安にさせてしまいましたね。申し訳ございません」


 若先生も私の様子に気付いたのか、安心させるように微笑む。


「父と違い、未熟者でお恥ずかしい。考え込む時に黙る癖はどうにかしろと、何度も注意されているんですが」


 プレリエ領にいるお爺ちゃん先生は好々爺といった風貌で、注意するという言葉と結び付かない。

 いつもニコニコと笑っている彼も、師匠としてはそれなりに厳しいのだろうか。


 叱られる若先生の図を思い浮かべて、つい口元を綻ばせる。


「あと、最後にもう一つ、質問を宜しいでしょうか?」


「はい」


「では、月経の周期に乱れはございませんか?」


 若先生の質問について考える。


 そういえば、遅れているような。

 忙しい時期は数日ずれ込む事があるけれど、それにしても……。


 指折り数えていた私の脳内で、質問の意図と、私の体調不良の原因についての関係が、すっと結び付く。


 唖然とした私は、若先生とアビさんの顔を順番に見つめる。

 ゆっくりと頷くのを見届けた私は、数秒後、意味を成さない大声を上げてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『追記』 産まれてくる子供が双子だったら、男女の兄妹(または姉弟)がベストでしょうね、公爵家の跡継ぎの男の子と政略結婚をせまられて困惑する女の子が一緒に産まれたらマリーちゃんの公爵家の将来は…
[一言] おめでとーーーーーーー!!!!!!!!(≧▽≦) これは、国を挙げてのどんちゃん騒ぎが国をまたいで始まる予感か!?さぁ何カ国参加するかな?(慌てふためき転げ回る脳内マリーちゃんがいそうな予…
[良い点] わぁ〜おめでとうございます!!マリーちゃんがお母さんになるのですね〜なんだかすごいですよね。あの小さかったマリー様が!女の子だったらレオンさまの過保護がというか、いろんな人からめちゃめちゃ…
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