転生王女の相談。(2)
「…………」
簡単な説明を終えた後、レオンハルト様は難しい表情で黙り込んだ。
信じて貰えているのか、私に推し量る術はない。それ以前に、私の乏しい語彙では、上手く伝わっているかどうかも怪しいけれど。
嘘は極力最小限に止めておきたかったので、『夢』で見たという部分だけのみにした。
「……王女殿下」
「はいっ」
暫しの沈黙の後、レオンハルト様は口を開いた。
視線を向けられ、体が跳ねる。緊張で過剰反応してしまった。
「お話をまとめますと、貴方は未来に起こり得る出来事をご存じだが、全てではなく周囲の限られた人間の限られた時間のものだけ。また曖昧な部分や知らない事も多く、時期も特定出来無い事が多い。そして、現在の行動によっては、その未来も書き換えられる事がある。……そういった解釈で、間違いございませんか?」
「……はい」
改めて言葉にされると、何て現実感の無い話なんだろうか。
自分自身が言った事とはいえ、呆れる。もし日本で生きていた頃に、友達が突然そんな事を言い出したとしたら、すぐに信じてあげるのは難しかっただろう。
けれどレオンハルト様の表情や声には、戸惑いも呆れもない。その事が逆に、私を戸惑わせる。
腕組みをして手を顎にあてた彼は、考え込むように俯いてから小さく、成る程、と呟いた。
「未来を知った貴方は、周囲の人間に起こった不幸を回避しようと、お一人で動かれていたのですね。自分やクラウスを頼らなかったのも、何処まで説明していいのかの判断が難しかった為。それから貴方の知る未来との差異……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
淡々と続けるレオンハルト様の言葉を、私は遮る。鋭く眇めていた目を丸くし、彼は私を見た。
「……何でしょうか」
「私の話、信じるんですかっ?」
荒唐無稽な話をしている自覚はあった。
しかも今の私は、十歳の子供。少女の夢物語と片付けられても、仕方ないと思う。
「信じます」
それなのにレオンハルト様は、少しも揺るがずに断言した。
「…………どうして」
「そうですね……。理由はいくつかありますが、半年前の事件が一番の理由でしょう。魔導師ルッツ・アイレンベルク、テオ・アイレンベルクの両名の誘拐事件は、近衛騎士団でも一握りの者しか知らない機密事項です。誰かが洩らしたという可能性は、ゼロではないですが、それでは説明がつかない。貴方の行動は、我等よりも早かったのだから」
「えっ?」
「ヒルデ・クレマーの事を、クラウスに調べさせたでしょう?その頃の我々は、スパイとしてニクラスを疑ってはいましたが、ヒルデ・クレマーにまでは辿り着いていなかった」
そうか。
私は、ヒルデを疑ってニクラスに辿り着いた訳だが、レオンハルト様達は、ニクラスからヒルデへと至る。順番が逆。
もし情報を得たとしても、追随する事は出来ても、遡る事は無理だ。
「それに、貴方が無意味な嘘を吐く方だとは思えません」
「!」
レオンハルト様の言葉は、私の胸に深く突き刺さる。
無意味ではない、が、嘘は吐いている。どんな理由があろうとも、私が彼を騙していることに変わりはない。
胸が、ズキズキと痛む。すぐにでも謝ってしまいたいくらいだ。
けれど私は、唇を噛み締めて耐える。
このまま進むと決めたんだ。撤回はしない。
「……ありがとう、ございます」
だから私は、笑ってそう言った。そう、言わなければならなかった。
「……」
レオンハルト様は数秒沈黙し、苦笑を浮かべる。困ったような表情をした彼の眼差しは、温かい。
もしかしたら彼は、気付いているのかもしれない。私が全て打ち明けた訳ではないと、全てが真実ではないと。
それでもレオンハルト様は、不格好な笑みを浮かべる私を問い詰めようとはしなかった。
「王女殿下」
「はい」
「差支えなければ教えて頂きたいのですが、近い未来に回避すべき事件は起こりますか?」
回避すべき事件と言われ、真っ先に思い浮かぶのは、勿論『魔王の復活』。
平和に生きたいのならば、絶対に叩き折っておきたいフラグだ。でも今はまだ、そのフラグを折れる時ではない。
「事件はまだ先ですが、今の内にやっておくべき事はあります」
「では、自分に何かお手伝い出来る事はございますか?」
「!……はい!」
投げ掛けられた問いは、まさに私が願っていた通りのもので。
私は表情を引き締め、深く頷いた。
「ですが今は……長いお話になると思いますので」
「そうですね。もうすぐクラウスが戻ってくるでしょう。あれは、『待て』が出来ませんから」
殊に、貴方に関しては。
そう言って、レオンハルト様は笑った。
「近いうちに改めて、お時間を設けたいと思います。その時に、お話をお聞かせ願えますか」
「勿論です」
ホッと、安堵の息を洩らす。今までずっと気を張っていた為か、無意識に握りしめていた拳を解いた。その次の瞬間。
――コンコン。
「っ!」
計ったように、扉が鳴った。
有能で面倒臭く、『待て』の出来無い男。私の護衛騎士クラウスが戻ってきたのは、レオンハルト様と次の約束を交わしてから、およそ5秒後の事だった。
出来過ぎたタイミングに私が身を竦めると、レオンハルト様は苦笑を浮かべる。
『大丈夫、聞かれてはいませんよ』
密やかな声で告げた彼は、私の隣を通り過ぎて扉へと向かう。
開かれた扉の向こうで、額に汗を浮かべ、肩で息をしていた男を見る限り、確かにその心配はなさそうだと、私はもう一度、長い息を吐き出した。
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