転生王女の謝罪。(2)
兄様達が去った後、室内に沈黙が落ちた。
どうしよう……物凄く、ドキドキする。
但しこれは、いつものトキメキ混じりのものとは違う。喧嘩してしまった友達に、謝る時のような緊張感。いや、レオンハルト様は、友達じゃないし、喧嘩した訳でもないけど。それ位、気まずいって事だ。
「……王女殿下」
「はっ……はい」
落ち着け、落ち着けと心中で繰り返し、深呼吸をしている途中で呼ばれる。驚き過ぎて声が、ひっくり返った。
地味に恥ずかしい。
レオンハルト様は、呆れる様子もなく真剣な面持ちでこちらを見る。
「職務中と口にしたばかりで、お恥ずかしいのですが……少しお話をしても?」
「……何でしょう」
まさか、レオンハルト様の方から切り出されるとは思っていなかった。
思わず身構え、表情が強張る。掌に汗が滲み、鼓動は徐々に早くなっていった。
どうせ、謝るつもりだったんだから、たとえ叱られるんだとしても、問題ない。順番が変わるだけ。そう、それだけだ。
ポジティブなんだかネガティブなんだか分からない理論を己に言い聞かせ、落ち着きを取り戻そうとする。
そんな私をじっと見つめ、レオンハルト様は何故か頭を下げた。
あまりの驚きに私は、声も出ない。
「申し訳ありませんでした」
「……っ?」
「王女殿下に、改めてお詫びしたいと、ずっと思っておりました。けれどお会いする事も叶わず、引き伸ばしてしまっていた」
何で逆に、謝られているんだろう。
有り得ない状況に、私は混乱していた。
「頭を上げて下さい。オルセイン様に謝罪していただく事など、何もありません」
焦りながらも告げると、レオンハルト様は言う通りにしてくれた。私の困惑を感じ取ったのかもしれない。
「謝るのは私の方です。半年前、私は自分の判断のみで勝手に動き、結果、騎士団の皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。本来ならば、異常を感じ取った時点でオルセイン様やクラウスに相談すべきでしたのに……申し訳ありませんでした。私は、驕っていたのだと思います。自分にも何か出来るかもしれないと」
「王女殿下」
羞恥と後悔に俯きかけていた私を、レオンハルト様が呼ぶ。
顔をあげると、真摯な瞳が私を映す。哀しそうに眉を下げた彼は、ゆっくりと頭を振った。
「どうかその様に、ご自分を卑下なさらないで下さい」
「ですが……」
「貴方の判断は間違ってはいませんでした。貴方が何もなさらなければ、ヒルデ・クレマーは救えなかった。責められるべきは、自分です。傷付けられている貴方を気遣う事もせずに、ただ堪えろなどと……決して言うべきではなかった」
申し訳ありません。
深く悔いた声音で告げる彼に、私は言葉に詰まった。
ヒルデが斬られた時に私は、冷静さを欠いていた。堪えて、と彼に合図されて冷静になれた事を感謝こそすれ、責めるつもりなどない。
そう、本気で思っているのだけれど。
でも、もしかしたら。心に閊えていたものは、あったのかもしれない。すぐに否定出来無い程度にはきっと、傷付いていた。納得出来ていなかったんだ。
自分の至らなさを、棚に上げて。
「自分やクラウスを頼っていただけなかった事は、正直少し悔しくもありました。何故そのように頑なに、お一人で頑張るのだろうと、歯痒く思う事もあります。ですが、ある時気付いたのです。貴方は、頼らないのではなく、頼れないのではないかと」
「え……」
レオンハルト様の言葉に私は瞬く。一拍置いて、瞠目した。
一瞬、聞き間違いかと思った。何の幻聴だろうと。
けれど幻なんかではないと証明するかのように彼は跪き、私の手を取る。下から射抜く濁りのない黒に、心が震えた。
「いつか自分は貴方に、周囲を頼って欲しいとお伝えしましたね。あの時には、王族としての義務や責任が、他人を頼る事を良しとしないのかと思っておりましたが、それだけではない。……貴方はずっと、苦しそうだった」
「…………」
「何か言いたげに俯く貴方は、意地を張っているだけには見えなかった。ましてや、驕り高ぶる人間が、あんな表情をする筈もない」
言葉を途切れさせた彼は、私を覗き込む。レオンハルト様の瞳に映る私は、酷く情けない顔をしていた。
恐怖と安堵が綯い交ぜになった不安定な表情……迷って、迷って、やっと我が家を見つけた子供みたいに。
硬い掌が、私の手をゆっくりと包み込む。
「貴方は一人で何かを……、重い荷を抱え込んでしまっているのではありませんか?」
「……っ」
咄嗟に反応出来無かった。
本当はすぐに、否定すべきだと分かっているのに。何の事でしょうと、困ったように笑って流すべきなのに。
握られた手が、震える。声が詰まる。
否定するどころか、泣き出すのを堪えるので、いっぱいいっぱいだった。
私はずっと、不安だった。
自分の進んでいる道が、正しいのかどうかも分からない。道を示すものは、時間と共におぼろげになっていく記憶だけ。
相談したくても、誰にも言えず、大丈夫だと自分に言い聞かせる事しか出来無い。
頼れと言ってくれた大好きな人の手を取る事さえも、何かのフラグにしか思えなくて。全部自分一人でやらなくちゃいけないような、強迫観念に捕らわれていた。
今なら、少し分かる。
私は皆を護ろうと、背に庇っていたんじゃない。ただ皆の手を拒んで、背を向けていただけだった。
自分の力量も弁えない、どうしようもない子供だったんだ。
それなのに彼は私を、見ていてくれた。気にかけてくれていた。
優しい手を突っ撥ねる可愛げの無い子供に、頼れと、何度でも手を差し伸べてくれた。
「貴方が話したくないのであれば、無理に暴いたりは致しません。ですが、貴方がそれを抱えている事で辛いと感じるのならば……その荷を分けて下さい。自分にも、貴方が護りたいと願っているものを、護らせて欲しいのです」
「っ……」
胸が締め付けられるように痛む。
衝動に突き動かされ、跪いたレオンハルト様に思わず抱きついた。
「……レオン様……っ」
彼は一瞬驚いたように息を詰めたが、私を引き剥がそうとはしない。
大きな手が、私を落ち着かせようと背を撫でる。慣れていないのか少しぎこちない手付きが、嬉しかった。まるで壊れ物を扱うような仕草は、きっと私を怯えさせない為のもの。
彼の気遣いと優しさを感じる度に、思う。
この人が、好きだ。
大、大、大好きだ。
ゲームの中のキャラクター、『ウラセカ』の近衛騎士団長ではなくて。
私は、この人に……レオンハルト・フォン・オルセイン様に、改めて恋をした。
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