騎士団長の幸福。
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
※近衛騎士団長レオンハルト・フォン・オルセイン視点となります。
オレの婚約者がとても美しい人なのは、分かっていた事だ。
惚れたのは容姿ではなく内面だが、ローゼマリー様を愛しく思うようになってからは、あの方の魅力の一つだと認識するようになっている。
王妃陛下の華やかさと国王陛下の気高さの両方を持ち合わせた容姿は、小さい頃から人目を引いた。吟遊詩人の詩、絵画、噂と、形を変えながら広がっていき、正式な国交のない遠い島国の人々にまで知れ渡っているらしい。
生真面目な人柄を反映して、少し硬さのある薔薇の蕾のようだった美貌は、年を重ねるごとに柔らかく、鮮やかに花開く。昔から魅力的な人だったが、今はまた別種。
好みは千差万別といえど、今のローゼマリー様を見て『美しくない』と言える人間はいないだろう。
だから、現在置かれている状況は当然とも言える。
女性や幼子でも見惚れるのだ。
年若い騎士らが魅了されるのは無理のない話。
頭ではそう理解しているのに、感情が伴わない。
見るなと叫びそうになった。
現在も、オレに向けたローゼマリー様の微笑みを目にして、赤面している男ども全員を殴り倒して、記憶を消したい衝動と戦っている。
指導をしながらも、苛立ちが抑えられなかった。
オレが振り下ろした訓練用の剣を、若い騎士は必死になって受け止める。
力で押し返そうとしている為、他に全く気を配っていないのが丸わかりだ。剣に込めていた力を抜けば、あっさりとバランスを崩す。
「脇が甘い!」
「はいっ!」
数度打ち合うとそれは顕著になり、晒された急所に寸止めで剣を当てた。息を呑む青年に、「防御を疎かにするな」と告げる。
「はい! 申し訳ございません!」
「次!」
「お願い致します!」
代わる代わるやってくる騎士らを、端から沈めていく。
本来ならばもう少し時間をかけて丁寧に教えるべきだが、心の余裕が欠如している。
最後まで粘っていた弟のケヴィンが膝をついて、ようやくオレは剣を下ろした。
「……うちの騎士団を壊滅させる気ですか、兄上」
いつの間にか隣へと来ていたマルティンは、死屍累々と転がっている騎士らを眺めながら呟く。
首筋の汗を行儀悪くシャツで拭い、息を吐き出す。
ひと汗掻いたお蔭か、苛立ちは大分治まっていた。
視線を向けた先のマルティンの表情は声の調子と同様に、呆れを多分に含んでいる。
大人げない自覚があるので、致し方なしと受け入れた。
「お前もどうだ」
「遠慮しておきます。私は兄上達と違って貧弱なもので」
そう言いながらもマルティンは、それなりに強い。持久力はやや劣るものの、技術ではケヴィンを上回る。
「それに、兄上の憂さ晴らしに付き合わされるのは御免です」
母上に似た優しげな顔で、飄々と毒を吐く。
「お前が稽古を付けろと言ったんだろう」
「普段の兄上なら、もっと効率的に分かりやすく指導されると認識しておりましたので」
耳が痛いとはこの事だ。
きまり悪く、ガキのように外方を向くオレに、マルティンは喉を鳴らして笑った。
「それに本来の目的は既に果たしたようですし」
そう言ってマルティンは、二階のバルコニーへと視線を向ける。
あれほど分かりやすく引き離されたのだから、流石に意図には気付いていた。オレのいない場所でローゼマリー様と話したかったのだろう。
オレがローゼマリー様を心から愛しているのは、家族全員に伝わったはず。
それを踏まえて、母上とマルティンが心配しているようだというのは顔を見れば分かった。
おそらくだが、若く美しいローゼマリー様が、十五も年上のオレに愛想を尽かさないか。
もしくは、オレがローゼマリー様に執着するあまり、困らせていやしないか。
どちらも聞きたいようで、聞きたくない。
オレの想いに応えてくれたローゼマリー様を信じている。しかし同時に、恋や愛を契約や信頼で縛る事が出来ない事も知っていた。
ずっと愛してもらえるように努力する事は出来ても、確約はない。
「……話してもいないのに分かるのか」
「母上の顔を見れば、一目瞭然でしょう」
何を馬鹿なことを、と言いたげな視線を寄越される。
呆れ半分、非難半分な目から逃れる形で、母上達を見上げた。
ここに来た当初は不安そうに曇っていた表情が、いつの間にか晴々としている。ローゼマリー様に向ける微笑みは柔らかく、身内の前でだけ見せるソレだ。
完全に憂いが晴れたのだと知り、オレは瞠目する。
言葉だけで説明しても不安は完全に消えないだろう。だからまずはオレの気持ちと、ローゼマリー様の人となりを知ってもらおうと思っていた。
何度か足を運んで徐々に認めてくれればいいと、そう考えていたのに。
ローゼマリー様はいったい、どんな魔法を使ったのか。
「私も正直、ほっとしています」
「何?」
「王家の至宝と呼ばれ、大切に護られている御方が、三十年溜め込んだ兄上の愛情の重さに耐えられるのか心配しておりました。潰されてしまっても、兄上はもう自分の意思ではあの方を手放せないでしょう? ならばオルセイン家で責任をもって、兄上の手の届かない場所へと逃がさなければなりません」
マルティンは物騒な話を事も無げに言う。「そうならずに済んで幸いでした」と淡々と語られても怒りは湧かない。寧ろ頼りになる弟がいる事に感謝した。
「義姉上は私が思うよりもずっと愛情深く、頼もしい御方のようですね」
「!」
『義姉上』という言葉につい反応して、肩が軽く揺れる。婚約者なのだから、いずれ家族となる日が来ると分かっていても、言葉にされると戸惑う。気恥ずかしいような、嬉しいような。
頬を染めるオレを見て、マルティンは苦笑した。
「兄上のそんなお姿を見られる日が来ようとは、思いもしませんでした。どんな魅惑的な美女も可憐な少女も袖にしてきた貴方が、まるで思春期の少年のようではありませんか」
からかうというよりも、感心しているかのような口調が余計に居た堪れない心地にさせた。額に手を当てて目を伏せ、そっと息を零す。
「……自覚はあるから、そっとしておいてくれ」
「右往左往している兄上は面白いですが、貴方に憧れていた身としては複雑ですね。母上の不安を一瞬で払拭できるほど愛されているのですから、もう少しどっしり構えていたら如何ですか?」
若い騎士らに嫉妬し、八つ当たりした件についてチクリと刺された。
出来るものならとっくに、そうしている。
誰彼構わず嫉妬せずとも、ローゼマリー様が好いてくれているのはオレだし、誠実な方なので余所見はしないだろう。分かっていても儘ならない。
愛しているからこそ、愛されているからこそ不安になる。
今が最高に幸せだから、喪失の恐怖に怯えるのだ。贅沢だと言われればそれまでだが、それが偽らざる本音。
「無理だな」
「断言しましたね」
「永遠の保証なんて何処にもない。だからオレは命が続く限りあの方の傍で、情けなく狼狽えて、愛を請い続けるつもりだ」
そうすれば、優しいローゼマリー様はオレを見捨てられないだろうと悪びれずに言えば、マルティンの目が丸く瞠られる。
数度瞬いてから、じとりと眇めた。
「自ら道化を演じるとは。質が悪い」
「なんとでも。一生傍にいて貰う為には何だってするさ」
「それでこそオルセイン家の男だ!」
「!?」
背後から強い力で背を叩かれ、一瞬息が詰まる。
軽く咳き込んでいる間に肩に腕を回された。鼓膜を攻撃する声量で呵々と笑っているのは父上だ。
反対隣りには、同じく肩を抱かれる形で拘束され、渋面を作るマルティンがいる。
「愛する女を繋ぎ止める為なら何でもするのが、ウチの家系だからな!」
「大声でとんでもない宣言をするのはお止めください」
マルティンの苦言も聞こえていないかのように、父上は機嫌良い様子で、オレとマルティンの肩をバシバシと叩く。地味に、ではなく普通に痛い。
「今夜は飲むぞ、息子よ!」
「兄上と飲むならオレも! オレも参加するから!」
地面に転がっていたケヴィンが起き上がり、元気に手を挙げる。
今までの物騒な会話を聞いても慕ってくれる辺り、やはりオルセイン家の男はどこかに問題があるのだろう。
父上はオレ達の事も愛してくれているが、一番は母上だと豪語している。
涼しい顔をしているマルティンも、婚約者の女性を真綿にくるむように大切にしているそうだ。ケヴィンはほのかに想いを寄せる方が出来たらしい。
オルセイン家の男達が表面上だけでもまともでいられるのは、愛する人達のお蔭。潰されかねない重い愛情を受け止め、幸せそうに笑ってくれるから。
オレ達は、ただの無様で幸せな一人の男でいられるんだ。




