騎士団長の反省。
※近衛騎士団長、レオンハルト・フォン・オルセイン視点となります。
ころころ視点が変わってしまって申し訳ございません。
読みづらいでしょうが、お付き合いいただけたら幸いです。
拒否されないのを良い事に、柔らかな唇を堪能する。
角度を変えて何度も触れ合わせていると、苦しくなったのか、胸をとんと弱い力で叩かれた。
惜しみながらも顔を離すと、詰めていた息を吐き出して深呼吸を繰り返す。
呼吸を整えたローゼマリー様は、抗議するようにオレを見る。けれど真っ赤な顔で、且つ涙目で睨まれても怖くない。
寧ろ誘われているようだと、なんとも身勝手な感想を抱いた。
「大丈夫ですか?」
苦しそうなローゼマリー様の背を擦る。
オレが原因だというのに、なんとも厚顔無恥な発言だと思う。それなのに彼女は責める事なく、小さく頷く。
本当に、可愛らしい。
お前の所為だと怒っていいのに。
困った顔をしたローゼマリー様は、言葉を選ぶように暫し逡巡していた。
大きな目が、何度か瞬きを繰り返す。
「レオン様……その、出来ればでいいのですが」
「はい」
なんでしょうと笑顔で問い返すと、怯んだ様子を見せた。
オレの視線から逃れるように俯いた拍子に、髪が肩口に流れて、白い項が少しだけ覗く。きゅっと胸元で小さな手が握りしめられた。
「少し、手加減をしていただけると嬉しいです……」
搔き消えてしまいそうなか細い声で、呟く。
オレの眼前に晒された項が赤く染まっているのを見た瞬間、くらりと眩暈がした。
その次にオレの取った行動は、どの角度から見ても擁護のしようがない。
理性が本能に負けた故の暴挙。このまま牢にぶちこまれて然るべき悪行。
オレは吸い寄せられるように、色付いた項に口付けた。
「みぎゃっ⁉」
ローゼマリー様の体が大きく跳ねて、しっぽを踏みつけられた猫のような悲鳴を上げる。
「れ、れれれ、レオッ……⁉」
咄嗟に項を手で隠しながら、涙目で振り返る顔を見て我に返った。
まずい、と蒼褪めるのと同時に、ドゴンと派手な音が鳴る。
廊下側、つまり扉の外から聞こえた音にローゼマリー様は再び体を揺らす。
「なにごと……?」
大きな音に気を取られて、オレの愚行の衝撃が薄れたらしい。きょとんとしながら呟くローゼマリー様から、オレは体を離した。
これ以上引っ付いていたら、何をしでかすか自分でも分からない。
「何の音でしょうか?」
「……抗議の音でしょう」
首を傾げるローゼマリー様から視線を逸らし、乾いた笑いを零す。
思い当たる節がない彼女は、「こうぎ?」と不思議そうな顔をしている。
大変可愛らしいので、そのままでいてほしい。
「長時間、居座ってしまい申し訳ございません。そろそろ失礼致します」
「あ、……はい」
寂しそうに顔を曇らせるのを見て、浮かしかけた腰を再び下ろしたくなる。
けれど廊下で待ち構えているであろう部下を、このまま放っておくのは得策ではない。時間が経てば落ち着くどころか、悪化するだろう。
ローゼマリー様の手に手を重ねて、耳元で「また来ます」と告げる。
恥じらうお顔をずっと眺めていたいという誘惑を断ち切り、部屋から出た。
「…………」
部屋を出て一番に目についたのは、蒼褪めた顔で距離を取っている近衛騎士。
彼の視線の先。壁に拳を押し付けたまま、項垂れている男――クラウスを見て、オレは溜息を吐き出した。
普段の爽やかな好青年の仮面が剥がれ落ちるどころか、木っ端みじんに砕けている。
「……クラウス」
呼びかけると、項垂れた姿勢のまま、ぐりんと顔だけこちらを向く。
本来は新緑の色をしている瞳が暗く淀み、止めどなく流れ落ちる涙が頬を濡らしていた。
「アンタには人間の心ってもんがないのか」
呪詛じみた低い声に頭痛がした。
扉の外まで会話は届かないはずだが、大きめの声は聞こえたのかもしれない。
例えば、オレの暴挙によるローゼマリー様の小さな悲鳴とか。
部屋の中に二人きりで、しかも可愛らしい悲鳴が聞こえたら、中の様子を勘繰りたくもなるだろう。オレがローゼマリー様に手を出していないかと。
……邪推ではなく、事実なのがまた、如何ともしがたい。
ローゼマリー様にだけでなく、部下達にも申し訳ない事をした。
特に、主人を一途に慕うクラウスに対し、あまりにも配慮に欠けた行動だった。
「すまん」
だから言い訳はせずに、飾り気のない謝罪だけ告げる。
「っ……!」
勢いよく体を起こしたクラウスは、オレと距離を詰めて胸倉を掴む。
「ちょ、待った! クラウス‼」
クラウスの同期である近衛騎士、デニスが慌てて止めに入ろうとするが、オレはそれを視線で制す。
「クラウス」
「…………」
正面から視線を合わせて呼びかけても返事はない。憎悪の籠った視線だけが、雄弁にオレへと感情を伝えてくる。
苦情も恨み言も、全て受け止めるつもりだ。しかし、ここでは場所が悪すぎる。
「まず場所を移すぞ」
醜聞となるだけでなく、扉の向こう側にいる大切な人に、心配をかけてしまう。
言葉にせずとも意図は伝わったようだ。歯を食いしばったクラウスは、数秒の沈黙の後、突き放すように手を離した。
「オレの執務室でいいか」
乱れた襟元を正してから問う。
涙を乱暴に袖口で拭ったクラウスは、視線を合わせないまま頷く。
「デニス。すまないが、殿下の護衛を任せていいか」
「かしこまりました」
クラウスを心配そうに見ていたデニスは、オレの視線に気づくと表情を引き締めた。
「お任せください。蟻一匹通しません」
凛々しい顔で言い切ったデニスに、オレは頷く。
「頼む」
執務室に移動する途中も、そして到着してからも、クラウスは一言も喋らなかった。
ソファに座るよう促すと、素直に腰を下ろす。道中にどんな心境の変化があったのかは知らないが、さっきまでの勢いは削がれていた。
感情がごっそり抜け落ちた無表情で俯くクラウスの目からは、相変わらず滂沱の涙が流れ落ちている。
気持ちを整理しているような様子に、声を掛けるのを躊躇った。
執務机の上に用意されていた水差しとグラス、それから手拭きを持って戻る。
グラスに水を注いでクラウスの前に置く。
手拭いを差し出すと、俯いたまま受け取った。しかし涙を拭く事はなく、前屈みで手はだらんと落ちた体勢のまま動かなくなる。
向かいの席に腰を下ろしたオレは、ただ待つ事にした。
「……お慕いしておりました」
長い沈黙の後、クラウスはぽつりと呟く。
誰を、とは言わなくても脳裏に浮かぶのはただ一人。オレは言葉を挟む事なく、クラウスの次の言葉を待つ。
「ですが、恋ではない」
俯いたままのクラウスは、オレに話しかけているというよりは、独り言を吐いているようだった。
まるで己に言い聞かせるように。




