転生王女の趣味。
※本日10月12日、ドラマCD付き0巻、コミカライズ4巻、書籍6巻が同時発売されます。
お手にとっていただけたら幸いですm(_ _)m
今日の天気は快晴。
穏やかに吹く風は涼しく、少しずつ近づいている秋の気配を感じさせる。海も凪いでいて、今日の港町はとても気持ちいいだろうなぁと思っても、外出許可の出ない私は想像するだけしか出来ない。
残念だけど、仕方ない事だと理解している。
私が引き篭もっている間に、世界情勢が大きく変化していた。
ネーベル王国はラプター王国へ抗議の文書を送り、経済制裁にまで踏み切っている。同盟国であるヴィントもネーベル王国を支持する声明を発表。
殆どの国は静観しているが、ネーベルとラプターに挟まれた小国グルントは、消極的ながらネーベル側につく意思を見せていた。
戦争は起こっていないものの、世界情勢はかなり不安定な状態となっている。
そしてその原因ともいうべき私が、ふらふら出歩ける筈もなかった。
抗議の内容が、ネーベル王国第一王女の暗殺未遂と聞いた時には耳を疑った。私は、いったいどこの重鎮だ。
事あるごとにちょっかいをかけてくるラプターが、いい加減目障りになったんだとは思う。そして私を理由にしたのは、おそらく建前というか大義名分。
分かっていても、非常に居た堪れない。
名目上とはいえ、私が理由とかつらい。
小心者が背負うには重すぎる。いっそ今日にも和解してほしいけど、残念ながら政治に一切関与していない私が口を出せる領域じゃないんだよなぁ……。
シクシクと痛み始めた胃の辺りを擦っていると、背後から声がかかる。
「姫様? 具合が悪いんですか?」
そう言ったのは赤銅色の髪と瞳を持つ、精悍な顔立ちの青年。
久しぶりに会えた友人、テオだ。
私よりも頭一つ分身長が高い彼は、身を屈めて私の顔を覗き込む。
お腹を押さえる私を見て、形の良い眉を顰めた。
「もしかして、お腹が痛い? 部屋まで運びましょうか」
「だ、大丈夫よ」
今にも抱き上げそうな勢いのテオに、慌てて頭を振る。
「凄く元気よ。ちょっとお腹が空いただけなの」
笑顔と手振りで元気をアピールしてみても、テオの疑う眼差しは消えない。何か言いたげな顔つきの彼は一つ溜息を零した後、ローブを脱いだ。
「……テオ?」
魔導師の証であるローブを、テオは私の腰に巻きつける。きゅ、とお腹の辺りで腕部分を結ぶ様子は面倒見の良いお父さんみたいだ。
「少し動き辛いでしょうけど、我慢してください。女性が体を冷やすのは良くないですから」
「!」
苦笑いを浮かべるテオに、私は唖然とした。
なにこの、ハイスペックなイケメン。
具合が悪いなら無茶をするなと叱りつけるのではなく、自分の上着を差し出した上で、心配しているんだとアピールも欠かさないとは。何処の少女漫画のヒーローですか。彼氏力高過ぎでは?
テオのイケメンっぷりを見せられて呆けていた私だったが、すぐにハッと我に返る。
「駄目よ。このローブは大事なものでしょう。これからお菓子作りするんだから、汚れちゃうわ」
「汚れたら洗えばいいんです。それよりも、早く作り始めましょう」
結び目を解こうとする私を止め、テオは腕捲くりする。
どうやら返しても受け取ってはもらえなさそうなので、暫く借りる事にした。
「ひーめ。持ってきたけど、これでいいの?」
厨房のドアが開き、小さな箱を持ったルッツが入ってくる。
「ええ、ありがとう」
小箱を受け取って開くと、紅茶の良い香りが広がる。
紅茶味のクッキー、実は大好物なんだよね。
とはいえ苦手な人もいるだろうから、あんまり大量に焼きすぎないよう注意しよう。
「今回作るのはクッキーだけ……なにそれ」
私の顔を見て話していた筈のルッツの視線が、腰の辺りへと下りる。
腰に巻かれたテオのローブを見た彼は、眉間にシワを寄せた。
「お腹を冷やさないようにって、テオが貸してくれたの。でも、やっぱり大事なものをこんな風に扱うのは駄目よね」
再度、結び目に手を掛ける。
「狡い! オレのも使ってよ」
「え?」
言うなりルッツはローブを脱いで、テオのローブの上から私の腰に巻きつける。
ぐるぐる巻きにされた私を見て、ルッツは満足そうに眦を緩めた。
二人共、気遣ってくれるのは凄く嬉しい……嬉しいんだけど。
「嬉しいんだけど、ちょっと重いわ……」
魔導師のローブは、丈夫な布で仕立てられている。
一枚ならまだしも、二枚も腰に巻きつけていると流石に重い。ひ弱な私は、行動力低下のデバフがかかったような状態になった。
「ルッツ。姫様を困らせるなよ」
「だってテオだけとか狡いでしょ! オレはお使いに行ってたんだし、早いもの勝ちは適用されないから」
「……しゃーない。じゃんけんでもするか」
頬を指で掻きながら、目を伏せたテオは溜息を吐く。
それからじゃんけんを始めた二人は連続で十五回もあいこを出すという、白熱した試合を見せてくれた。
そして十六回目でテオが勝利し、ルッツのローブは回収された。
「さて。じゃあ始めますか」
少し身軽になった私も、袖を捲くる。
大量に焼くつもりだから、早めに始めないと。
プレーンとナッツ入りを多めにして、オレンジピール、紅茶、シナモンは、数を控え目にしよう。
手元にチョコレートがないので、チョコチップ入りやココア味は断念。
コーヒー味も挑戦しようかと豆を用意したけど止めておく。前世で作った時はインスタントコーヒーを使っていたし、挽いた豆で上手く出来るのか不安だから。
いざ始めてみると、テオは相変わらず見事な手際だった。
アレコレと指示しなくても、私の考えを読み取ったかのように先回りしてくれる。そのお陰か、予定よりも随分早く仕上がった。
クッキーを冷ましている間に休憩しようと、放置してあったコーヒーに手を伸ばす。たまには紅茶じゃなくてコーヒーが飲みたくなったので、ユリウス様から譲ってもらったやつだ。
「……ほとんど出番がなかったんだけど」
ルッツは子供みたいな膨れっ面で、そう呟く。
クッキー作りの工程で冷蔵庫の出番といえば生地を寝かせる時だけど、今回は量が多かったから氷室を使わせてもらった。一時間以上、全ての生地を均等に冷やすのって大変そうだし。
「型抜き手伝ってくれたじゃない」
「オレもテオみたいに、魔力で手助けしたかったの!」
不器用なルッツが、おそるおそる型抜きクッキーを作っている様子は微笑ましかったんだけどなぁ。本人は不満だったらしい。
手元のコーヒーを眺めながら考えていた私は、あるデザートを思い出す。
牛乳と砂糖と卵が残っているのを確認してから、私はルッツに提案した。
「じゃあ、またアイスを作ってくれる?」
「もちろん、いいよ!」
ルッツの表情がパッと明るくなる。
乙女ゲームの攻略対象らしく、冴え冴えとした美貌の青年に育ったルッツだが、こういう顔をしていると子供みたいだ。憂いのある表情とか似合いそうではあるけど、友人である私としては、無邪気に笑ってくれている方がずっといい。
そうそう。乙女ゲームといえば、今日のクッキー作りに花音ちゃんも参加してほしかったんだけど、先約があるらしく断られてしまった。
一緒にお菓子作りをしたかったと言ってくれた彼女は、とても残念そうな顔をしていたので、社交辞令ではないと信じたい。
後でクッキーを差し入れたら、受け取ってくれるかな?
レオンハルト様にお茶を届けに行く時、一緒に渡そう。
その後、ルッツに手伝ってもらいながらミルクアイスを作成。
テオに沸かしてもらったお湯を用意。予め挽いてあった豆を布製のフィルターで丁寧に濾して、濃い目のコーヒーを入れる。
深めの器に盛ったアイスを二人の前に置いて、順々にコーヒーを注ぐ。
なんちゃってアフォガードの完成です。
「溶けちゃうよ?」
「そうね。だから早めに召し上がれ」
促すと、ルッツは慌ててスプーンを差し込む。テオは興味深そうに眺めてから、一口含んだ。
「美味しい」
どうやらテオの口にあったらしい。いつものクッキーやマドレーヌも美味しそうに食べてくれるが、今日の彼はルッツよりも目を輝かせている。
「凄く良い香りがしますね。コーヒーの苦味とアイスの甘みが絶妙に合う。もう少し、コーヒーの量が多い方が、オレの好みかも」
「オレにはこれでも苦いんだけど。美味しいけど、もうちょっと甘い方が良い」
好みの差が出たようだ。
苦笑した私はテオの器にコーヒーを、ルッツの器にアイスを追加で盛り付けた。丁度良い甘さになったらしく、ルッツもご機嫌で食べている。
自分の分を作ってから二人の向かいの席に座ると、テオと目が合った。
「姫様の手は、魔法の手ですね」
「私が?」
テオの言葉に、目を丸くする。
魔法の手を持っているのは、私ではなく二人の方だ。火や氷が手元になくとも料理が出来る、素晴らしい力だと思う。
「分かる。どんなものでも姫の手にかかると、凄く美味しく変身するよね」
スプーンを片手に、ルッツはテオに賛同した。
私の手はごく普通の手で、特殊能力なんて一個も持っていないけど、そう言ってもらえるのは嬉しい。
「そんなに気に入ってくれたのなら嬉しいわ。今度また、別のものを作るわね」
私の言葉に、ルッツは嬉しげに目を細める。
さっきの無邪気な笑顔とは違う、大人びた眼差しだった。
「うん。姫はそうやって、いつも笑っていてね」
「オレ達に出来る事なら、なんだってしますから」
お手伝いなら大歓迎と言おうとして、言葉を飲み込む。
二人の目がやけに真剣で、まるで別の意味を持っているように感じたから。
もしかして、暗殺未遂の件で心配させてしまったのだろうか。そう聞きたくても、既に話題はデザートへと移っていたので、切り出すタイミングを逃してしまっていた。




