転生王女の動悸。
レオンハルト様と話し合いをしたい。
そう意気込んだものの、神子姫の護衛に加え、団長としての通常業務がある彼は多忙で、中々会える機会がなかった。
それと……これは私の勘違いであってほしいのだけれど。
避けられている気がしなくもない。
一度だけ遠くから見かけた時に、視線を逸らされた。その上、さり気なく方向転換されたし……。
レオンハルト様に対してだけ繊細な私のハートは、ピシリと砕けそうだ。
彼が私を異性として見てくれているかも、なんてやっぱり都合のいい思い込みだったのかもしれない。
自信はあっという間にシュルシュルと小さくなって、ネガティブな私が顔を出す。
そんな時だった。
「あっ!」
偶然にも廊下で神子姫と会った。
私を見つけた神子姫は、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「こんにちは!」
「ごきげんよう、フヅキ様」
神子姫の後ろから、当然の事ながら護衛のレオンハルト様もやってくる。
あれ……? レオンハルト様、顔色悪い?
薄っすらとだけど、目の下に隈があるような……。
目が合うと、一瞬レオンハルト様の肩が揺れた。でもすぐに、何事もなかったかのように余所行きの笑顔を向けられる。
これ以上踏み込んでくるなと距離を取られたような気がして、胸が少しだけ痛んだ。
そっと視線を逸らすと、今度は神子姫と目が合う。
キラキラと輝く榛色の瞳が、何か言いたげに私を見つめていた。
「あのっ」
「はい」
流石ヒロイン。一生懸命な様子が健気で可愛いなぁ、などと考えながらも言葉の続きを笑顔で促す。
すると、神子姫は勇気を振り絞るかのようにギュッと目を瞑った。
「宜しければ、その……私とお話ししませんかっ?」
「お話、ですか?」
突然の提案に驚きつつも問い返すと、神子姫は慌てふためく。
「いえ、あの、お忙しいなら断ってくださって全然構わないんですけど! もしお時間あるなら、色々おしゃべりとか出来たら楽しいだろうなぁとか思いまして……」
神子姫の声が、どんどん小さくなっていく。それに比例するみたいに視線も下がって、俯いた彼女は所在ない様子で指先同士を絡める。
庇護欲をかきたてる小動物のような可愛さだ。
攻略対象じゃない私がこんな可愛いスチル見ていいのかなと、ちょっと本気で心配してしまった。
おしゃべりイベントといい、大丈夫? 追加料金発生してない?
なんなら課金する??
「嬉しいです。今日は風が涼しいので、庭の東屋でお話ししましょうか」
迷走しまくっている思考はおくびにも出さず、にっこり笑って提案する。
きょとんと目を丸くした神子姫は、すぐに喜色が溢れ出したような顔で頷いた。
「はいっ!」
はー。かわいい。
私と神子姫は、広い庭園の一角にある八角形の白いガゼボにやってきた。
今日も快晴だけど、風は少しひんやりしていて気持ちいい。青空に浮かぶ鱗雲を眺めながら、もう少しすると夏も終わるのだなと思った。
「お姫様と二人でおしゃべりできるなんて感激です!」
「私も、フヅキ様とゆっくりお話ししてみたかったの」
「出来たら、花音って呼んでもらえませんか? お姫様には、名前で呼んでほしいです」
「じゃあ、私の事も名前で呼んで? ローゼマリーだと長ければ、マリーでもローゼでもどちらでもいいわ」
「えっと、ま、マリー様?」
「なぁに? 花音様」
照れ臭そうに私を呼ぶ神子姫、改め花音ちゃんに微笑む。
すると彼女は頬を赤らめながら、「えへへ」と嬉しそうに破顔した。
ほんっとかわいいなー!!
叫び出したい気持ちをぐっと奥歯を噛みしめる事で、なんとか堪える。
攻略対象の男子達を捕まえて、膝を突き合わせてじっくりと、この子の可愛さについて語り合いたい。
というか、攻略対象達と会えたのかな?
召喚の時に会えたはずのルッツと、私の護衛のクラウス以外って中々会う機会ないよね。魔王の石も無くなっちゃった事だし、もしかして、もう帰っちゃうんじゃ……。
それは寂しい……でも、魔王が消滅したにしろ解放されてしまったにしろ、ここから先は花音ちゃん一人に背負わせるべきじゃない。
「ねぇ、花音様」
「はい?」
「いつ頃までこの国に留まってくださるの?」
覗き込んで問うと、花音ちゃんはパチクリと瞬いた。
「勘違いしないでね。私は長く滞在してくださる方が嬉しいわ。でも、危ない目に遭ってほしくもない。父様も貴方が望めば帰らせてくださると思うの」
花音ちゃんはじっと私を見つめた後、コクリと頷く。
それから小さな声で、「国王様にもそう言われました」と答えてくれた。
父様は花音ちゃんが望めば帰れるように、魔法陣もそのままにしてあるらしい。魔力を流し込んで、花音ちゃんが入れば起動するそうだ。
「本当なら、そろそろ帰ったほうがいいみたいです。あんまり長くこっちに留まると、ズレが生じる恐れがあるって」
「ズレ?」
「うーんと、パズルのピースみたいなものでしょうかね。私が来た時間と場所がくり抜かれていて、その空間に今の私ならピッタリ嵌るけど、成長すればする程、嵌り辛くなっちゃうといいますか」
なるほど。
二、三ヶ月なら誤差で済むけど、年単位経過しちゃうと成長している分、ピースを嵌め込むのが難しくなるって事かな。
「といっても私は私なので、ズレるとしても少しだけみたいですけど。ちなみに他の人が間違って起動してしまうと、どこに行くか分からないみたいです。下手したら次元の狭間に落ちちゃうかもしれないって」
「……それは怖いわね」
上も下もない真っ暗闇に落ちる想像をしてしまい、背筋が寒くなる。
そっと腕を押さえると、眉を下げた花音ちゃんも「ですよね」と同意した。
「一人で暗闇を永遠に彷徨うのは、とても恐ろしいでしょうね……」
ぽつりと独り言のように呟く。
「……恐れながら、ローゼマリー様」
「え?」
今まで黙って周囲を警戒していたクラウスが、何故か声をかけてきた。
何かあったのかと表情を引き締める。
「ご安心ください。ローゼマリー様が向かわれるのでしたら、私が必ず共に参ります。決してお一人には致しません」
「…………」
半目になった私は、無言でクラウスの端整な顔を眺める。
有事かと身構えた分、脱力感が半端ない。
論点が合っているようで合ってない。
というか決定的にズレている事に気付いてほしい。
決め顔で宣言してくれているところ申し訳ないんだけど今、そんな話してないんだ。
「あのね、クラウス。気持ちは嬉しいのだけれど……」
「行く先が次元の狭間でも、地獄であったとしても、私はお傍におりますよ。もちろん、嫁がれる時も」
だから!
なんで私が次元の狭間だの地獄だの、物騒なとこにいく前提なのかな!? わざわざ好き好んで、そんな場所に行く訳ないでしょうが!
…………ん? なんか最後、とんでもない事言わなかった?
「……嫁ぎ先にも?」
青褪めながら、口を開く。
頼む、空耳であれ。もしくは言い間違いであってください。お願い。
そんな私の願いを嘲笑うように、クラウスはとても綺麗な笑みを浮かべた。
「はい。嫁入り道具に加えてくださいね」
よ、嫁入り道具が増えた……!!
嘘でしょ。普通、嫁入り道具っていったら、家具とか衣類とかそういう物なはず。なんで私の嫁入り道具のうち、二枠がイケメンで埋まっているの。
こんなの絶対おかしいよ!!
「気持ちだけ貰っておくわ」
「遠慮なさらず。全てが貴方様のものです」
「胸がいっぱいだから、後はしまっておいて頂戴」
額に手を当てながら返すと、鈴を転がすような可愛らしい笑い声がした。
出処を探すと、花音ちゃんが私とクラウスを見て楽しそうに笑っている。
「お二人はとても仲が良いんですね」
「えっ」
何処をどのように見たら、そんな結論が!?
顔を引き攣らせる私と違い、クラウスは当然だと言わんばかりのドヤ顔だ。
イラッとしたので殴っていいかな?
「そうでしょうか?」
「はい。マリー様が凄くリラックス……じゃなくて、えーと、寛いでいる? ように見えたので、きっと仲良しなんだなって思ったんです」
確かに、今更クラウス相手に緊張はしないけど。
なんか仲良しと言われると複雑な気持ちになるなぁ。
「レオンハルト様もそう思いますよね?」
「!」
悪気なく、花音ちゃんはレオンハルト様に話を振った。振ってしまった。
四人しかいないこの場で、レオンハルト様に話しかけるのは、ごく自然な流れではある。気遣いの出来る花音ちゃんらしい判断であって、きっと他意はない。
レオンハルト様は、たぶん何でもない事のように笑顔で同意するだろう。場の空気をおかしなものに変えないように、当たり障りなく。
仕方ないって分かっている。でも、聞きたくないし見たくない。私の事なんて欠片も興味ないなんて、思い知らせないで。
そう思いつつも、目は自然とレオンハルト様へと向かう。
怖いけれど気になる。知りたくないけど、知りたい。相反する気持ちが命じるままに、レオンハルト様へと視線を向けた。
「…………え」
驚きに、小さな声が洩れた。
レオンハルト様は、話しかけた花音ちゃんではなく私を見ていた。真っ直ぐな目は怖いくらい鋭く、熱い。ちり、と肌が焼け付くようだ。
絡みつくような視線に晒されて、ゾクリと背筋が粟立つ。
身を竦めた私を見て、レオンハルト様は痛みを堪えるみたいに顔を顰めた。そして口角を微かに吊り上げる。自嘲するみたいな笑い方だった。
「ええ、そうですね。……怖がらせてしまう自分とは大違いです」
違う。違うの、怖かったんじゃない。
そう否定したくても、頭が混乱して上手く言葉に出来ない。
「フヅキ殿。そろそろお約束のお時間です。魔導師長がお待ちですよ」
「えっ、え、あ、はい」
赤い顔で私とレオンハルト様を交互に見ていた花音ちゃんは、促される形で立ち上がる。
二人が去っていくまで、私は立ち上がることもできなかった。
怖くて震えたんじゃない。
目線一つで全身が痺れるくらい、ドキドキした。今も体中が熱い。
真っ赤な顔を隠すみたいに両手で押さえながら、溜息を吐き出す。
腰が砕けそうになりましたなんて、はしたない事言えるわけないじゃないか……!!




