転生王女の疑問。
父様との圧迫面接を終えた日から、一週間。
表面上は、平和な日々が続いている。
宣言通りに警備は強化され、城内及び自室周りの人員が増えた。専属護衛はクラウスのままだ。でもそれも、今後どうなるのかは分からない。
ゲーム通りだと、神子姫の護衛にクラウスが抜擢される筈だし。私の護衛もそれに伴って違う人になるのかも。
レオンハルト様がなってくれたらと考えるだけで、自然と顔が緩む。
あれから何度も廊下でのやり取りを思い出してしまう。そろそろ日常生活に支障をきたすレベルだ。
でも、思い出すなという方が無理。
だって私の言葉で、レオンハルト様が赤面してくれたんだよ? 期待してしまうのも当然でしょうが。
赤くなってそっぽを向くレオンハルト様、可愛かった。格好良い彼ばかり見てきたけれど、たまに見せてくれる可愛い一面の方が突き刺さっている気がする。
気を許してくれているみたいで、嬉しいんだと思う。
ずっと傍にいられたら、もっと気の抜けた姿も見られるのかな。
くしゃみとか欠伸とか、寝癖つけている姿とか見てみたい。なお、マニアックすぎるというツッコミは受け付けておりません。
なんて妄想してみたけれど、冷静に考えると私の護衛がレオンハルト様になるなんて無理だろう。
いくら私がラプターにとっての邪魔者になったからといって、国王や王太子よりも優先順位が上になるって事はない。
国を傾けたいなら、まず狙うのは父様だ。次点で兄様だね。
それに神子姫を召喚するのなら、一番に守らなくてはならないのは彼女だ。
こちらの世界の都合で身勝手にも巻き込むのだから、ちゃんと無傷で親御さんの元に帰してあげなきゃ。
というか、今更だけど神子姫を召喚しなくても済む方法ってないのかな。
女子高生を巻き込むって、罪悪感が半端ないよね……。しかも、本当に砂糖とスパイスと素敵なもので構成されていそうな可愛い女の子を、戦いに巻き込むってどうなんだ。
まだ父様がどういう方法を考えているのか分からないけれど、危険が伴うならば、反対する事も視野に入れておかないと。
でも、その場合は絶対に代替案を要求される。
そもそも父様の提示する手段さえも、雲をつかむような話なのに代替案なんて見つかるとは思えない。
それでも、やれる事は全部やろう。これまでもずっと、そうしてきた。
諦めるだけなら、いつでも出来る。
「クラウス。調べ物があるから、図書館に行きます」
席を立って、専属護衛の名を呼ぶ。
「かしこまりました」
笑顔で了承する彼と共に部屋を出る。扉の外には、近衛騎士が二人。
一人はクラウスの同期で、デニスという男性。人当たりがよく、友達が多そう。前世でいうところのムードメーカータイプかな。
もう一人はハンスという名の、年若い二十歳くらいの青年だ。体つきはがっしりしているが、顔立ちはまだ幼さを残しているから、もしかしたら十代なのかもしれない。
緊張しているのか、強張った顔をしたハンスを見つめていると目が合う。
すると、青年の顔が瞬時に赤く染まった。
あまりにも鮮やかに染まった顔に、つい目が点になる。
私とハンスの様子に気付いたクラウスは、眉間に深く皺を刻む。そして私の視界からハンスを隠すように間に立った。
「く、クラウス?」
「お待たせ致しました。図書館へ参りましょう」
全く待たされていないんだけれど、反論するにはクラウスの笑顔に迫力がありすぎる。
ちらりとクラウスの背後を見るが、クラウスが退く様子はなかった。
「貴方様が気にされる事ではございません」
取り付く島もない。
それ以上食い下がる理由もないので、大人しく図書館へ向かう事にした。
「……ローゼマリー様。一つだけお願いしたい事がございます」
歩きだしてから少しして、クラウスは口を開く。クラウスにしては珍しい、殊勝なお願いの仕方だ。
私的なお願いなら秒で断るが、薄っぺらい笑顔のクラウスを見る限り、仕事関連のようなので続きを聞く事にした。
「なにかしら」
「必要に迫られない限りは、男の目を見つめるのはお止めください」
予想外の言葉に、私は再び目が点になる。
「……理由を聞いてもいい?」
「男というのは、美しい女性に見つめられると勘違いをする生き物なのですよ」
言外に、ハンスの赤面は私が見つめたせいだと言っているらしい。要はいらん勘違いさせるなと。
クラウスに叱られるのも珍しいが、美しい女性という単語の方に驚いた。分厚いフィルター越しの私に向けた大袈裟な賛辞ではなく、シンプルだからこそ客観的に聞こえる。
今までの私は年齢的な部分のせいか、『可愛い』とは言ってもらえても、『美しい』なんて褒められ方は中々されなかったと思う。
それに男性を勘違いさせないよう気をつけろなんて、妙齢の女性に言うような注意のされ方も初めてじゃないかな。
私は、女の子ではなく女性として見てもらえる年齢になった?
レオンハルト様も、そう思ってくれるのかな……?
ポッと頬が赤らむのが自分で分かる。
すると、目の前にいたクラウスが動きを止めた。私と同じように頬を赤らめたクラウスは、眉を吊り上げる。
「そういうところです!」
なんで怒られた。解せぬ。
「貴方様が誰を思い浮かべたのか、私は分かりますが! 他の男なら確実に勘違いしますよ!」
凄いね、クラウス。
私が、レオンハルト様を思い浮かべてデレデレしているのに気付いているんだ。付き合いが長くなってきただけあるわ。
図書館までの道すがら、クラウスにこんこんと説教されるという珍しい体験をした。
私の周りにお母さんみたいな人が増えているのは、気の所為ではないよね。
「ご理解いただけましたか?」
「え、ええ。分かったわ」
恨みがましい視線に、思わず肩を竦めながら頷く。
怖いというより居た堪れない。最近、鈍いという理由で怒られる事が多いので気にはしているけれど、そう簡単に性格ってものは変えられないんだよ……。
でも、少しずつでも変えていかなきゃならない。
それにクラウスの言うように女性として見てもらえる年齢になったのなら、異性に対する線引きもきっちりしなくては。
私が振り向いて欲しいのは、レオンハルト様だけ。
触れて欲しいのも、彼だけだ。
大きな手の感触を思い返しながら、決意する。
「ごめんなさい、クラウス。これからは気をつけます」
「はい。お願い致します」
そう言ってクラウスは、表情を緩めた。
図書館に到着すると、歴史書と魔法に関する本を積み上げて片っ端から読み漁る。
当然の事ながら、目新しい情報はない。
魔王に関する書物も見たいけれど、父様の私室にしかない。ここにあるのは御伽噺だけだ。手にとって開いたページは、魔導師に憑依した魔王と戦士達との戦いのシーンだった。
「……そういえば」
ふと、思いついて呟く。
ラプターは、危篤の奥様を魔王の依代にして救うという条件を提示して、リーバー隊長を唆した。
魔王の依代になれば病気が治るかどうかは別として、気になる部分がある。
リーバー隊長の奥様って、魔力持ちだったのだろうか。
ラプターは、リーバー隊長を騙しただけで、奥様を依り代にするつもりは端からなかったという可能性もある。
もしくは、『魔王は魔力増幅装置』という私の前提が間違っているのか。
図書館に籠もった私の時間は、代替案を思いつくどころか、新たな謎を増やしただけで終わってしまった。




