転生王女の密談。(3)
あけましておめでとうございます。
今年こそは完結させられるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。
まだ魔法陣も完成していないので、詳しい話は後日。
イリーネ様から説明されるそうなので、父様との面接は終了した。
部屋を出る少し前、父様とレオンハルト様は、なにやら小さな声で話をしていたけれど聞こえなかった。普段だったら興味津々で耳をそばだてていたと思うけれど、今は自分の事で手一杯だったから。
自室へと帰る途中でも、父様の言葉をつい思い返してしまう。
『お前はラプターにとって、間違いなく邪魔な存在だ』
私は今まで、周りが全く見えていなかったんだと思う。
自分に出来る事を精一杯頑張ろうと突き進むだけで、前しか見てなかった。その結果が、誰にどのような影響を及ぼすかまで考えが至らなかったんだ。
病の蔓延を食い止める事や、魔王の復活を阻止しようとする事は、誰にとっても良い結果を齎すと考えていたけれど、そうじゃない。
それは、あくまでネーベル王国、そしてネーベルの友好国からの視点だ。敵国から見れば真逆。
父様の言う通り。ラプターにとって私は、かなり目障りな存在だろう。
「……っ」
自覚したのと同時に、寒気を覚えた。
命を狙われているのだと理解した瞬間、体が強張る。手を強く握りしめるが、血の気の失せた指先は冷たく、温まる気配がまるでない。
これまで色んな場所に行って、色んな経験をした。
私の旅はいつだって波乱万丈で、命の危険を感じた事は一度ではない。非力な私はその度にとても恐ろしい思いをしたけれど、今この瞬間に感じている恐怖は、また別種だった。
危険な場面に出くわしてしまい、巻き込まれるのとは違う。『私』の死を願う人がいる。
しかも、殺意が私に向けられているのに、いつ、どこで、誰が手を下すのかさえ分からない。
どこを見て、誰を警戒したらいいのか。いつまで耐えればいいのか。
何も分からないのは、酷く恐ろしい。突然、夜の大海に放り込まれたみたいだ。
足元が崩れ落ちそうなこの不安が、いつまで続くんだろう。もしかしたら、生きている限り、ずっと?
そう考えると、目の前が真っ暗になる。
「姫君」
じっと足元を見つめていた私は、声をかけられて我に返る。
顔をあげると、心配そうな顔をしたレオンハルト様と目が合った。
いけない、心配させちゃってる。
レオンハルト様は近衛騎士団長、つまり私達、王族を護るのが仕事だ。それなのに護衛対象である私が、不安で死にそうな顔をしているなんて失礼だろう。
レオンハルト様やクラウス、そして他の騎士達の腕を信用していないと言っているようなものだ。
無理やりにでも、笑わなきゃ。
強がりでも、ハッタリであっても、泰然として構えていなくちゃいけない。それが、王族としての義務。
そう自分に言い聞かせて、笑おうとした。
引き攣りそうな口角を吊り上げようとしていた私の意識は、冷えきっていた指先に集中する。
そっと触れたものが何なのか、すぐには分からなかった。
固い感触と、温かさが伝わってくる。緩慢な動きで視線を指先に向けると、節くれ立った指が、私の冷えた指をそっと包み込むところだった。
「……っ?」
レオンハルト様に手を握られているのだと理解して、私は狼狽する。
恥ずかしいとか嬉しいという感情よりも先に、迷惑をかけてしまうという言葉が頭に浮かんだ。
周囲に人気がないとはいえ、城内だ。いつ誰が通りかかるか分からない。
レオンハルト様の立場と私の身分を考えれば、責められるのはきっとレオンハルト様だけ。そんなのは駄目。絶対に嫌だ。
咄嗟に手を引こうとしたけれど、それもまた失敗する。
私の行動なんて筒抜けであるように、レオンハルト様が力を込めたから。
なんで。迷惑、かけたくないのに。
焦りが大きくなって、子供みたいに泣きそうになる。
くしゃりと顔を歪めても、レオンハルト様は手を離してくれない。
「姫君」
呼ばれて、顔をあげる。
レオンハルト様の表情を見て、私は動きを止めた。
いつもみたいに子供を宥める大人の顔で宥められたのなら、たぶんもっと抵抗していた。でも、違ったから。
私よりもずっと痛そうな顔をしている人を、どうしてこれ以上拒めるだろうか。
「怖いなら、怖いと言っていいんです」
暫しの沈黙の後、レオンハルト様は口を開く。
予想もしていなかった言葉に、私は虚を衝かれた。
「辛いなら辛いと、痛いなら痛いと言ってください。お願いだから、隠そうとしないで欲しい」
珍しくも必死な様子で訴えるレオンハルト様に、驚いてしまう。
強く掴まれた手は、少し痛いほどだ。
「オレは貴方の命だけを守りたいのでは、ないのです」
どんな気持ちで言っているのか、想像も出来ない。
いつものレオンハルト様だったら。大人の余裕があって、落ち着いている彼ならば、私を安心させる為の言葉だろうとか予想できた。
でも今のレオンハルト様は、違うから。
「貴方の命だけでなく心も、それから貴方の愛するものも全部、オレは守りたいと思っています。でもオレはどうしようもなく鈍い男だから、隠されてしまったら気づけないかもしれない。貴方の『大丈夫』という言葉を信じて、取り返しがつかなくなるのは御免だ」
驚きが大きすぎて、言葉も出ない。滲みかけた涙も引っ込んだ。
目を丸くしたまま固まる私を見て、レオンハルト様は眉を下げる。
「……本当は、こんな情けない話はしたくなかった。貴方の目に映るオレは、どうやら本物の数百倍は良い男なようなので、幻滅される真似はしないでおこうと思ったのですが、後悔するよりは失望される方がずっとマシだと思ったんです」
苦笑するレオンハルト様に、私は反射的に頭を振る。
そんな事ない。
幻滅や失望なんてする訳ない。
盲目的に愛しているとか、そういうのではなく。
単純に今、この時、私の鼓動は大きく脈打っていたから。端的に言うと、かつてないほどにときめいていたのだ。
でもレオンハルト様は私の否定を、ただの社交辞令と受け取っているのか、苦い笑みを深める。
「貴方はやはり優しい方ですね」
「ちがっ……」
否定したいのに、言葉が見つからないのが歯がゆい。
何故私の語彙は、レオンハルト様を前にすると消えてしまうのか。
一度言葉に詰まってしまってからでは、どんな言葉もきっと嘘くさく聞こえる。ただのフォローに聞こえてしまう。
そうじゃない、そうじゃないの。
貴方を思いやる優しさからでた言葉とか、そんな高尚なものじゃなくて。貴方を心底愛しているから、どんな貴方でも受け入れるとか、そんないい話でもなくて。
単に惚れ直しただけ。
私のツボに突き刺さっただけだ。
「私の想像より実物のほうが何千倍も素敵で、す……っ!?」
ぽろりと洩れた言葉は、まごうことなき本音だ。
でも言うつもりなんてなかった。正しくは、こんな直接的な言葉で伝えるつもりはなかったのだ。
悩んでいるうちに本音が声に出てしまっていると気付いて、私は青褪める。
子供っぽいうえに、阿呆丸出しな発言をしてしまった。しかも、普段から妄想しているって本人に公言したようなものだからね。
引かれる。絶対に引かれる。
しかし、いくら待ってもレオンハルト様からの言葉はない。繋がれた手もそのまま。
恐る恐る顔をあげた私は、呆気にとられた。
繋いでいない方の手で口元を覆ったレオンハルト様が、真っ赤だったから。
視線を彷徨わせた彼は、取り繕うように咳払いをする。
「……それは、その……光栄です」
いつもより小さな声が、レオンハルト様が照れている事を表しているかのようだ。
私はどうしたらいいか分からないまま、俯く。手を離すタイミングも完全に見失ってしまった。
その気まずささえも、嬉しくて泣きそうだ。
さっきまで命の危機に怯えていたくせに。私って、なんて現金なんだろう。




