転生王女の密談。
ルッツとテオは、内緒話が終わると二人で顔を見合わせた。
カップに残っていた紅茶を飲み干すと、揃って席を立つ。さっきまで、ぐったりと机に突っ伏していた人達とは思えない機敏な動作だった。
勢いに驚いて、私は目を丸くする。
「ご馳走様です、姫様」
「どこかへ行くの?」
任務の関係で、まだ忙しいのだろうか。
久しぶりにゆっくり話が出来ると思っていたので、残念だ。
「鍛錬に行こうと思いまして」
「最近、頭ばっかり使っていたから体が鈍っているんだ。鍛え直さないと」
まさかの答えに、感心していいのか呆れていいのか悩む。
ローブから覗く首筋や腕は綺麗に筋肉がついていて、『鈍る』なんて言葉とはかけ離れているように見える。
背筋を伸ばした立ち姿は凛々しく、動きに無駄がない。まるで騎士のよう。相手が鍛えた武人とかでなければ、魔法を使わずとも拳で勝ててしまいそうだ。
それなのに、まだ足りないと。
正直、彼らが目指す方向性が分からなくなってきた。
脳筋って冗談だったんだけど、冗談じゃなくなってきたね……。
「頑張ってね」
応援の言葉と共にひらひらと手を振る。
「はい、頑張ります」
「頑張るから、見ていて」
穏やかな笑みを浮かべているが、テオとルッツの眼差しは真剣だった。
なにかを決意したかのような二人の後ろ姿を見送ってから、私も休憩室を後にした。
そして、午後。圧迫面接のお迎えは、なんとレオンハルト様だった。
お使いだけじゃなくて、エスコートまでとか。ご褒美ですかと言いたいけれど、父様の差し金だと思うと喜べない。
また面倒臭い案件を押し付けられるんじゃないかと勘ぐってしまう。レオンハルト様に会わせてくれるのも、報酬の前払いなのでは?
隣を歩くレオンハルト様をじっと見る。
視線に気づいた彼は、不思議そうに私を見た。
「どうかしましたか?」
軽く首を傾げて、微笑む。
おおお……尊い。
こんな報酬を貰えるならば、魔王の石をもう一個持ってこいとか言われても頑張れる気がする。いや、もう一個あったら困るけど。
「いえ。一日に何度も、お手間をおかけします」
思うに、父様の事だから事前通達までは指示してなかったんじゃないかな。夜中にノーアポで来るくらいだし。そんな細やかな気遣いしないよね。
たぶん、心の準備をさせてくれたのは、レオンハルト様の厚意だ。
忙しいレオンハルト様を、私達親子の都合で振り回すのは申し訳ないと思う。
眉を下げて謝罪すると、レオンハルト様は驚いたように瞬きをする。目を細めた彼は、密やかな声で呟いた。
「……貴方に会えるなら、手間ではありませんよ」
「…………え?」
数秒呆けた後、間の抜けた声が洩れた。
今、幻聴が聞こえたような気がする。しかも、夢を見すぎだと自分でも恥ずかしくなるやつ。乙女ゲームかと自主ツッコミ入れる類の幻聴だ。
ヤバイ。私、疲れてるのかな……。
良く寝たつもりだったけれど、父様の来襲が思いの外、堪えていたのかも。
レオンハルト様の言葉を聞き間違ってしまった事が心苦しいので、もう一回言ってという意味を込めて見つめる。
しかしレオンハルト様は、困ったような顔をしているだけ。同じ言葉を繰り返すつもりはないようだ。無念。
無言で見つめ合っていると、レオンハルト様は息を吐くように笑う。ふは、と小さな笑い声をあげる彼は、どこか楽しそうだ。
「貴方は中々に手強いな」
ど、どど、どういう意味?
えっ。まさか幻聴じゃなかったの? そんな訳ないよね。どっち?
もし受け止めてしまった後に聞き間違いだと分かったら、ダメージが半端ないからはっきりして欲しい。頑張って、私の耳と記憶力。
「え、あ、あの……」
呆れられたくないのに、吃ってしまう自分が情けない。
レオンハルト様を前にすると、焦って失敗ばかりしてしまう。
酷い顔をしているであろう私を見て、レオンハルト様は呆れたりしなかった。とても優しい目で、安心させるように笑ってくれる。
「大丈夫、いくらでも振り回してください」
振り回したい訳じゃないけれど、そう言われて嬉しくないはずもなく。
真っ赤な顔で俯く事しか出来ない。
いいのかな。
そんな風に言われたら、期待してしまいますよ?
ドキドキして心臓が痛いくらいだけど、ずっとこのまま並んで歩いていたい……なんて乙女な願いが叶うはずもなく、あっさり父様の部屋に辿り着いてしまった。
なんでこんな近いの。どうしてもっと遠くに配置しておいてくれないのよ。父様のバカ。なんだったら別棟で暮らしてればいいのに。
完全な八つ当たりを心の中でぐちぐち呟きながらも、表面上は平静を装う。でも、バッチリ顔に出ていたらしい。
父様は私の顔を眺めて、軽く片眉をあげた。
「おかしな顔をしているな」
「生まれつきです」
「そうか」
面倒だと判断されたらしく、父様はツッコミを放棄した。
普段のやり取りをしてから、隣のレオンハルト様が笑いを堪えているのに気付く。
しまった。せっかくいい雰囲気だったのに!
父様のせいで霧散してしまったじゃないか。
ほぼほぼ自分のせいだという事実からは目を逸らした。
「さっさと来い」
無表情で命令されたので、小部屋に向かう父様の後に続く。
最低限の家具しか置いてない狭い空間には、簡素な椅子が一つ追加されていた。父様が自分で持ち込んだんだろうかと思うと、ちょっと面白い。
その絵面をぜひ見てみたかった。
くだらない事を考えていると、カウチにどっかり腰をおろした父様に、座れと示される。大人しく従って椅子に腰掛けた私の斜め後ろに、レオンハルト様が立つ。
この小狭い部屋に、レオンハルト様と一緒に入る事になるなんて思っていなかったので、なんか不思議な感じだ。
テーブルの上には、古びた本が積み重ねられている。
そのうちの一冊の開かれたページには魔法陣らしき図式が載っていた。辺境の砦に旅立つ前に見たものと、同じだろうか。
確か、魔王の封印に関する資料かと聞いたら、否定されたんだよね。
結局なんだったんだろう。
気になって見つめていると視線を感じる。顔を上げると、父様と目が合った。
カウチに深く腰掛けた父様は、暫し間を開けて口を開く。
「今日お前達を呼び出したのは、魔王が封印された石の処分方法についての話をする為だ」
「処分、ですか」
父様の言葉を繰り返す。
封印ではなく処分と言った、父様の意図を問う為に。




