転生王女の確認。(2)
ぐったりしている二人にお茶を淹れてあげつつ、話をする事にした。
今日のダージリンは茶葉が緑っぽかったので、春摘みのものだろう。立ち上る湯気も爽やかな香りだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
テオにカップを渡す隣で、ルッツはお茶菓子を頬張って眉を顰めた。
「……今日のは、姫が作ったやつじゃないんだ」
今日のお茶菓子はマドレーヌ。城のシェフのお手製で、絶対美味しい筈なんだけどルッツは不満げだ。
「無茶言うなよ。姫様は帰ってきたばっかりだって言っただろ」
「分かってるけどさ……」
呆れ顔のテオに諌められ、ルッツはバツが悪そうに顔を背けた。
「最近作れてなかったものね。近々、作ってくるわ」
「本当!?」
「ええ。フランメで知り合った人達に香辛料を分けてもらったから、新しいお菓子も作れそうだし、色々と挑戦してみようと思っているの。試食してくれる?」
私の言葉に、ルッツは目を輝かせてコクコクと頷く。
見目麗しい青年に成長しても、子供っぽい表情は前と変わらない。
親戚のおばちゃん(仮)としては、食べざかりの若者にはいっぱい食べさせてあげたくなる。
シナモン使ってアップルパイでも焼いてみようかと思っていたけど、シナモンロールの方が食べごたえあるかな。ケークサレも作ってみたいんだよね。カレー風味のとかどうだろう。
「作ってくれるのは嬉しいんですが、無理しないでくださいね。姫様、ずっと忙しかったでしょう?」
頭の中でレシピを模索していると、テオが心配そうな表情で覗き込んでくる。
「昨日、よく眠れたから大丈夫。私よりも、二人の方が疲れているんじゃない? 任務って言っていたけれど、それは一段落ついたの?」
「まだ終わりませんが、目処は付きました」
「そうそう。情報が増えたお陰で……って、コレはまだ言っちゃ駄目なのかな」
何かを言いかけたルッツは、問う視線をテオに向ける。
「オレ達の口からは任務について詳しくは話せませんが、姫様には陛下から直接お話があると思います」
テオの話に相槌を打とうとして固まる。
思わず心の中で、『げ』と呟いた。
不穏な言葉を聞いてしまった。陛下から直接という事は、また近々会わなくてはならない訳で。というか、もしかしてカラスの言っていた『私の番は明日』って、ソレ?
圧迫面接って、昨夜のアレで終わったんじゃなかったのか。
せっかく嫌な行事を終えて、清々しい気持ちでお茶をしていたというのに台無しだ。
父様は前ほど苦手ではなくなってきたけれど、毎日会いたい人ではない。一ヶ月に一度……いや、一年に一度会えるくらいで丁度いい。
つい零れそうになった溜息を呑み込んでから顔をあげると、入り口付近に待機していたクラウスが近付いてくるのが見えた。最近のクラウスは待てが出来るようになった(と思いたい)ので、用事があるのだろう。何事かと視線で問うと、取り次いで欲しい人がいるとの事。
昨日から、突発的なお客様が多いな。
「どなた?」
「団長です」
ダンチョウ……団長!?
予想外過ぎて弾いた単語を、頭が理解するのと同時に立ち上がる。
何事だとルッツとテオの視線が集まったが、気にしている余裕がない。王女としては落ち着いた態度で「お通しして」とか優雅に微笑むのが正解なんだろうが、無理だ。私がレオンハルト様を前にして落ち着けるはずないから。
はしたないと脳内で自分を叱りつつも扉を開けると、少し驚いた顔をしたレオンハルト様が立っていた。
彼は視線が合うと、眦を緩めて微笑む。
「おはようございます、殿下。昨夜はよく眠れましたか?」
無理、すき。
語彙力がゼロになった私は、心臓を押さえて蹲りたくなった。
旅の間に、レオンハルト様への耐性が少しはついたと思っていたけれど、気の所為だったらしい。笑顔一つで昇天しそうになった。
今日もレオンハルト様は尊いです。
「はい。レオンハルト様はすぐお仕事に戻られていたようですが、お体は大丈夫でしょうか?」
「自分は体が丈夫な事だけが取り柄ですので、問題ありませんよ」
冗談交じりに言って、胸の辺りを拳で軽く叩く。
取り柄が丈夫さだけだなんて、嘘ばっかり。
レオンハルト様は息をしているだけで尊いのに。なんなら、長所を百個書き連ねた文書を贈呈するよ。
「ところで、殿下。ご歓談中にお邪魔をしてしまって申し訳ないのですが、陛下よりご伝言をお預かりして参りました」
レオンハルト様が自主的に会いに来てくれるとは、思っていなかった。職務中に私用を済ませたりしない彼が好きなんだし、それはいい。それはいいんだけど。
「それは……お忙しいレオンハルト様にお手間を取らせてしまって、こちらこそ申し訳ございません」
私が気まずく俯くと、レオンハルト様は慌てて頭を振る。そんな事は気にしないでいいのだとフォローしてくれるレオンハルト様は優しい。
近衛騎士団長自ら使いっぱしりをさせてしまって、誠に申し訳ない。
ちなみに伝言は、やっぱり圧迫面接の告知だった。
午後に開催されるらしい。
憂鬱なのは変わりないが、レオンハルト様から伝えられると、多少ダメージが減るような……。もしかして、それを見越してのお使いか?
レオンハルト様は用件が終わると、すぐに帰って行ってしまった。
お仕事に真面目なのも素敵。すき。
名残惜しく見送ってから、ルッツとテオの元へ戻る。
何故か二人は固まったまま、私を凝視していた。
「……どうしたの?」
首を傾げると、呪縛が解けたかのように二人は我に返る。
さっきの私みたいに勢いよく立ち上がり、椅子を倒したのはテオだった。
「ひ、ひ、ひめさま!?」
「え、な、なに?」
普段は落ち着いたテオの珍しくも取り乱した様子に、私も何事かと慌てる。
「今の……」
何かを言いかけて、テオは言葉を呑む。言いたい事が整理出来ていないのか、視線を彷徨わせた彼は、ルッツを見た。
しかしルッツも相当余裕がなさそうに見える。落ち着きのない様子の彼は、漫画だったら目がグルグルしていそうだ。
「い、いや、待って! そうと決まった訳じゃない!」
テーブルに肘をついて頭を抱えたルッツは、自分に言い聞かせるみたいに叫ぶ。
何が? と聞きたいけれど、聞ける雰囲気ではない。
テオは呆然とした様子で、椅子に座り直す。
「さっきの方は……近衛騎士団の団長さん、ですよね?」
「そうよ」
テオの問いに頷くと、彼は乾いた笑いを洩らした。
「デスヨネー……」
「顔良し、性格よし、剣の腕は国一番。地位も高くて家柄も良いとか、どうしろと……?」
ルッツは小さな声でブツブツと、呪文めいた独り言を零している。
聞こえた部分を繋ぎ合わせると、どうやらレオンハルト様の事らしい。
「勝てるのってなに? 魔力?」
「落ち着け、ルッツ。それは張り合っちゃ駄目なやつだ」
「じゃあなんだよ! 若さか!?」
二人の言い合いについていけない。
「なんでレオンハルト様と張り合おうとしているの?」
「ローゼマリー様がお気にとめるほどの事ではございません」
独り言めいた呟きを零すと、クラウスは訳知り顔でそんな事を言い出した。
理由は知っていても、質問に答えてはくれないらしい。なんでだ。男同士だけに通じる話なのか。
ルッツとテオは肩を寄せあい、ひそひそと話をしているが内容までは聞き取れない。たまに漏れ聞こえてくる『年齢』とか『憧れ』なんて単語だけ拾えたが、意味は不明だ。
二人もレオンハルト様の素敵さを目の当たりにして、憧れたんだろうか。
うんうん、分かる。格好いいよね。歳を重ねてどんどん素敵になっているし、同性としても憧れるよね、やっぱり。




