転生王女の叫び。(3)
ポカンと口を半開きにして固まった二人は、呆気にとられた顔つきで私を見る。
レオンハルト様の前で猫を被り忘れるという大失態をやらかしている訳だが、今の私にそんな事を気にする心の余裕はない。
怒りを全て吐き出してしまわないと、頭がおかしくなりそうだった。
「貴方を殺すのがレオンハルト様の役目!? そんな馬鹿な話があってたまりますか!」
レオンハルト様の現在の役目は、私を守る事だ。自分勝手に暴走した旧友の尻拭いなんて、業務外もいいところ。勝手にやってろって話だ。
「古い付き合いなら、レオンハルト様がとても優しい人だって、貴方は知っている筈です。友として、大切にされている事も分かっているんでしょう? それなのに、なんでそんな残酷な事が言えるんですか……っ!」
気安い空気と砕けた口調が、羨ましかった。
何年付き合ってもきっと、私が与えられることはないと分かっているから、凄く、凄く羨ましかった。
でも同時に、レオンハルト様になんでも話せる友達がいるという事が、自分の事みたいに嬉しかったのに。
握りしめた掌に、爪が食い込む。
「レオンハルト様を裏切った挙げ句に、消えない傷をつけようなんて何様のつもりですか!? 甘ったれないでください!! そんなの誰が許しても、私が許しません!!」
たった一人のために全てを捧げたいと願うのが、悪かどうかは私には分からない。
でも、だからって、自分を思いやる人を傷つけても許されるという訳じゃないでしょうが。
「貴方の独りよがりな自殺に、レオンハルト様を利用しないで! 死にたいなら一人で勝手に死ねばいい!!」
一気に捲し立てた私は、肩で息をする。
呆気にとられているのか、誰も口を開かない。しん、と場が静まり返っていた。
だんだんと頭が冷えてくるにつれて、理性的な思考が戻ってくる。
たぶん私の顔色は、赤から青へと短時間で劇的な変化をしているだろう。自分では見えないけど、と現実逃避してみるが意味はない。
……今、わたし何を言った?
今更青褪めても、もう遅い。一度、口から出てしまった言葉は取り返しがつかないのだから。
そこまで言うつもりじゃなかった。
死んでほしくなんかない。頭に血が上っていたとはいえ、なんて事を。
真っ青な顔で狼狽えるが、解決手段は思い浮かばなかった。ごめんなさいって、素直に謝るべきだとは思うけれど、あまりにも気まずい。
どうしよう、どうしたらいい?
とりあえず誰か、この沈黙をなんとかして欲しい。
私の願いが届いたのか。静寂に包まれた室内に、押し殺した笑い声が響いた。
控えめだった声は、次第に大きくなっていく。出処を確かめるために視線を向けると、口元を押さえたラーテが、私の隣で腹を抱えていた。
思わず、目が点になる。
「か、勝手に死ねって……そんな事言うお姫様っている? 規格外にも程があるでしょ」
涙目になりながら爆笑する暗殺者を見て、私は呆然と立ち尽くす。
これは一体、どういう状況だ。
理解が追いつかない。
確かにとんでもない発言をした自覚はある。姫様失格だってのも分かる。
でもだからって、敵国が送り込んできた刺客に爆笑されるとか……おかしくないか? こんなことってある?
笑われているのは分かるけれど、怒る気も起きない。
どう反応するのが正しいのか分からず、私は戸惑った。
「やっぱり、ネーベルって面白いなあ」
一頻り笑った後、ラーテは、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら私を見る。
咄嗟に身構えて後退する私の手をとり、彼はにっこりと笑った。
「はい、どうぞ」
掌に落とされたのは、魔王が封じられた石だった。
私は大きく目を見開く。なんで、と声も出ない。石とラーテを交互に見比べる私を見て、ラーテは楽しそうに目を細めた。
ラーテが外套の下から細身のナイフを取り出した瞬間、レオンハルト様が反応して私の元に駆け出そうとする。しかし、敵意はないのだとアピールするみたいにラーテは、ナイフを床に放り投げる。その後、両手を上に挙げた。
床に落ちたナイフの刃は、真っ赤に染まっている。
一体、誰の血……?
「そこの隊長さんがネーベル側の裏切り者なら、オレは逆」
「は……?」
唖然とした声が洩れた。
リーバー隊長の逆って、どういう意味?
間抜け面を晒す私の正面に、ラーテは跪く。私の手を恭しく取る彼は、まるで芸を褒めてもらいたい犬みたいに目を輝かせ、誇らしげに口を開く。
「ラプターを裏切った証として、黒獅子将軍が始末し損ねた生き残りの間者を、全て始末しておきました」
ナイフにべっとりとついた血は、まさかの同僚のもの。
何故、と疑問が浮かんだ。どうして、ラプターを裏切るのか。
魔王を封じた石を持って、とっとと逃げてしまえば良かったのに。わざわざ残っていた理由は分かったが、動機が理解できない。
ラーテの思考回路が全く読めない。
つい、未知の生命体を見るような目を向ける私を、気にした風もなく、ラーテは美しい微笑みを浮かべた。
「ねえ、美しい国の王女様。つきましては、オレのこと雇ってみませんか?」
さっきから予想外の事が起こりすぎて、頭がパンクしそうだ。
誰でもいいから、分かりやすく状況を説明して欲しい。私は遠い目をして、切実にそんな事を考えていた。




