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転生王女の焦慮。(4)

 見慣れない天井を、ぼんやりと眺める。

 自分の置かれた状況がすぐには理解出来なかったが、だんだんと思い出してきた。


 そういえば、砦に帰ってきたんだった。


 眠れないかと思ったが、ベッドに入ってからの記憶が殆どない。体力が限界だったんだと思う。良く眠ったお陰か、頭はすっきりしていた。


 ベッドから下りると、足元からヒヤリとした冷気が纏わりつく。ショールを羽織って、窓に近付いた。カーテンの隙間から見える空は、東の方がうっすらと白んでいる。

 今日は良い天気になりそうだ。


 冷えた指先に息を吹きかけてから、着替えを手早く済ませた。

 改めてカーテンを開ける。ショールとひざ掛けを持って、ソファーに座った。

 ぐるぐる巻になって暖をとりながら、ヴォルター副隊長から借りた資料を引き寄せた。小さなものでもいいから、手がかりが欲しい。


 悪い妖精の出てくる話を分けておいた中から、一束引き抜く。

 タイトル、地名、情報を集めた日時などを綴った紙を捲り、几帳面な字を目で追った。


 昔々あるところに、という様式美から始まる物語は、のんびり屋な羊飼いの少年が、主人公だ。


 彼は三度の飯より昼寝が好きで、その日も親の手伝いをさぼって昼寝に良さそうな場所を探していた。近所の原っぱ、家の裏にある大木の枝の上、羊小屋の屋根裏と、寝心地の良いベッドを求めてうろついていた彼が、藁の山に飛び込んだ時、ふわりと小さな光が浮かび上がった。

 最初はホコリだと思ったが、その光は少年の周りをフワフワと飛び回る。


 光は心地よい明るさと暖かさで、近くにあれば、さぞかし良く眠れるだろうと少年は光を追いかけた。


 光は少年から一定の距離をとって進む。見失わない速度でありながら、決して手の届かない絶妙な距離で。

 夢中で追いかけているうちに、少年は森の入り口までやって来ていた。


 少年はそこで我に返って、後ろを振り返る。

 自分の家から大分離れていた上に、辺りは薄暗い。それに両親には、森には入ってはいけないと何度も言われていた。

 慌てて帰ろうとすると、今まで遠かった光が少年の傍へと近づいてきた。


 誘うような光を前に、少年は悩んだ。


 もうちょっと。もう少しで手が届く。

 あれがあれば、きっと今日はとっても良く眠れる。


 少年は少しだけと自分に言い聞かせ、夜の森へと踏み込んだ。

 指先に触れそうな距離で揺れる光を追いかける。どんどん森の奥へと進んだ彼は、古びた神殿を見つけた。


 そこまで読んで、私は前のめりになる。


「神殿! 神殿出てきた!」


 若干、興奮気味になりながらページを捲る。


 光の後を追って、少年は神殿の中へと進んだ。

 暗い中に浮かび上がる石像の不気味さに怯えながら、少年は奥へと進む。すると光はふわりと解けて、人の形をとった。


 炎を紡いだような、赤い髪と瞳の美しい少女は、少年に微笑みかける。

 あまりの美しさに見惚れた少年を、少女は手招きした。ふらふらと吸い寄せられるように近づくと、少女は両手を差し出した。


 左手には小さな炎。右手は空だ。


 少女は言う。

 左手の光を飲み込めば、貴方には静かな眠りが訪れる。


 少年は問う。

 もう一つの手は? 右手には何も見えないけれど、何がのっているの?


 少女は答える。

 なにものってはいない。でも右手をとれば、今すぐ森の入り口まで帰してあげる。


 少年は迷った。すごく迷った。今すぐ帰ったら、たぶん両親は怒っているだろう。手伝いをサボったことも含めて、当分は、昼寝なんて出来ないに違いないと。

 怒られるのは嫌だが、昼寝出来ないのはもっと嫌だ。


 少年は迷った末に、炎を選んだ。

 気持ちよく眠った後に、明日、両親に謝ろうと思った。


 けれど炎を飲み込んだ少年は、もう二度と目覚めなかった。


 翌日に両親の元には、少年の姿をしたものが戻った。

 少年の姿をしたものは、昼寝もせずによく働いた。夜も寝ずに働いた。さすがに心配になった両親が、ちゃんと眠りなさいと言うと、少年の姿をしたものは笑った。


 もう一生分、眠ったんだ、と。


「……やっぱりオチは似たような感じか」


 書類の束を閉じて、溜息を一つ洩らす。

 ゲームだったらどこかで選択肢間違ったとしか思えない、バッドエンド。残念ながら、目新しさはないけれど。


 朝食を済ませた後も部屋に籠もる。

 今日は調べ物をするレオンハルト様の代わりに、リーバー隊長が一人、護衛をつけてくれている。良家の子女という設定の私を気遣い、彼は部屋の外に待機していると言ってくれた。


 黙々と資料を読み続けること、数時間。

 途中で手を止めて、窓の外を見る。太陽は随分高い位置にあった。もうすぐ正午くらいだろうか。

 細かい字を追っていたせいか、頭痛がする。目頭を親指で揉み解してから、両手を頭上にあげて伸びをした。


 さっきから上手く思考が纏まらない。

 側頭部の脈打つような鈍い痛みのせいではなく、何かが引っかかっている。


「……なんだろう?」


 ずっと、喉の奥に小骨が刺さったような違和感が拭えない。

 きっと何かを見落としている。でもその何かが分からない。


 背もたれに身を預け、目を瞑る。

 さっきの物語を、映像として脳内で思い描いた。たぶん導入部は関係ないから、森に迷い込むあたりから。


 夜の森を小さな灯りを追って、小さな男の子が歩いていく。

 木の根に躓きそうになったり、泥濘に足を取られたりと、酷く危うげな足取りで。


 鬱蒼と茂る木々の間から、やがて建物が見えてきた。苔や蔦で半分緑に覆われた、古びた神殿だ。中へと光は吸い込まれていった。

 ひび割れた柱の隙間から見える闇は不気味で、少年は二の足を踏む。

 だが引き返すのも怖くて、結局少年は中へと入った。


 神殿の中は真っ暗で、わずかな灯りに照らされた石像が不気味だ。長く伸びる影が化物に見えて、男の子はよりいっそう怯える。


「私が見てきた神殿も、薄暗くてちょっと怖かったしなぁ……子供なら怯えて当然だよね」


 人の形をしたものって、暗い中で見ると怖いよね。日本人形とか、マネキンとか。

 神殿の石像も、光の下で見るのとはまた雰囲気が違って見えるだろう。


「……ん?」


 なんか引っかかった。

 神殿の風景を、もう一度頭の中に描く。三ヶ所見て回ったものを、一つ一つ順番に。新しく建て直していたり、半壊していたりと、状態は様々だが内部の様子に、そう変わりはない……。


 いや、一箇所だけ違った。

 一つ目の村にあった、建造中の神殿。あそこには石像がなかった。中に何もなかったのは、作り途中だからかとも思ったが、それだけじゃない。

 おじさんが言っていたじゃないか。中に何もなさすぎて驚いたと。


 いや……、石像はカウントしていないだけかも。

 価値のある文書とか絵とか、そういうものがないって意味か。


「でも……だとしたら、石像は移し替える、よね……?」


 古い石像が残っていたとしたら、建物と一緒に壊したりはしないだろう。

 逆に崩れてしまっていたのだとしたら、新しく建て替える時に作るはず。いや、まだ建物が完成していないんだから、石像は後から作るのか。


 唸りながら、考える。


 たぶん……考え過ぎだ。

 でも一度思い浮かんでしまった可能性が、振り払えない。


 もしも、建て替える前の神殿が偽物だったら。

 魔王を封印した神殿から目を逸らさせる為の、ハリボテみたいなものだとしたら。


「本物は森の中にある……?」


 独り言を呟いた私の脳裏に、村の映像が浮かぶ。確か、村の隣に森があった。あそこに神殿があるかもしれない。


 なんの根拠も証拠もない、ただの思いつき。

 でも、調べないで悩み続けるくらいなら、調べた方が手っ取り早い。


「……よし!」


 資料を机に置いて、立ち上がる。

 まずは護衛の方にお願いして、リーバー隊長の執務室を目指す事にした。

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