表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/396

転生王女の焦慮。(3)


 明くる日の朝。


 砦に戻る前に一度、私も神殿を見ておこうと早起きをした。一通り見て回ったけれど、やはりレオンハルト様の言う通り、隠し部屋のありそうなスペースも、隠し扉もない。太い柱や、模様の描かれた床も動かせそうな場所はなく、中央奥、左右に配置された古びた石像も同じ。なんの仕掛けも見つけられなかった。


「一度、砦に戻りましょう。もう一度、資料を見直したいです」


 手当たり次第探すにしても、手がかりがない。闇雲に探し回るには、この国は広すぎる。

 レオンハルト様は了承してくれたが、まず食事を取ろうと提案した。たぶん、心配してくれているだろう彼に逆らう気は起きず、頷く。


 村にある唯一の食事処は、それなりに賑わっていた。慌ただしく出ていく旅人の横を通り過ぎて中に入った私は、室内に見知った顔を見つけて凍りついた。


 彼は私の視線に気付いて、目を丸くする。


「また会ったね」


 人懐っこい笑顔で話しかけてきたのは、以前立ち寄った村の食事処で働いていた青年。そしてゲーム『裏側の世界へようこそ』の登場人物の一人でもある彼、……ラーテの登場に、私は動揺した。


 なんで、ここにラーテがいるの?


 昨夜見た影が、頭の中にちらつく。悪い方向へと思考が流れて行きそうだ。


 やっぱりラーテは、ラプターの……?


 ポン、と背を軽く押される。我に返るのと同時に、レオンハルト様が一歩踏み出した。


「偶然だな」


「本当、びっくりした。あ、ここ座りなよ」


 レオンハルト様は、私のように無様に取り乱したりしなかった。自然に話しかけ、ラーテに近づく。ラーテはにこやかに会話を続けながら、自分の座るテーブル席の向かいを指さした。

 ぎこちないながらも私もどうにか平静を装い、席に着く。ラーテは食事を終えたらしく、テーブルには空の器が重ねられていた。


「あ、お姉さーん。注文いいかな?」


 手を挙げて店員さんを呼んだラーテは、飲み物を追加注文する。レオンハルト様は二人分の食事を頼んだ。


「古い建物が好きって言ってたから、もしかしてとは思ったけど。すれ違いにならなくてよかったよ」


「そうだな。そっちは仕入れか何かか?」


「ううん。今日は休みなんだ」


 料理が来ても、味なんて殆ど分からなかった。咀嚼して飲み込むのを、作業みたいに繰り返す。レオンハルト様が普通に会話してくれているから良かったものの、私だけだったらさぞ気まずい食事になっただろう。


「オレもちょっと見たいものがあって、来てみたんだけどね」


「その言い方だと、なかったのか?」


「うーん。期待していたのとは、ちょっと違ったみたい」


 ごっくん。

 スープと共に息を呑む。喉が変な音がした気がするが、吹き出さなかっただけでも誰か褒めて欲しい。


 ラーテの言葉は、そのまま受け取っていいものなの?

 期待通りでなかったというのは、『魔王を封印した石がなかった』という意味だと考えるのは、深読みしすぎなのか。


「お嬢さんは?」


「え?」


 唐突に話を振られて、反射的に顔を上げる。

 頬杖をついたラーテは、私と視線を合わせた。笑みの消えた顔は、整っているが故に迫力があった。


「見たいものは、見れた?」


「……っ」


 取り落としそうになったスプーンを、ぎゅっと握る。

 落ち着け、と心の中で繰り返しながら、笑みを浮かべた。


「残念ながら、私も。想像していたものとは、違ったの」


「そっか。同じだね」


 ラーテは頷いて、目を細める。視線を私から逸したラーテは、店員さんに飲み物のおかわりを頼む。

 そっと息を吐き出しながら、胸に手をあてるとドコドコと心臓が早鐘を打っていた。


「食べ終わったなら、そろそろ行こう」


「あ、うん。そうね、兄さん」


 レオンハルト様に促されて立ち上がる。

 ラーテは「またね」とひらひら手を振って、私達を見送った。


 またね、か。次に会う時に、私達はこうして平和に話せるのだろうか。

 複雑な気持ちになりながらも、私は店を出た。




 村を出た私達は、砦へと向かった。

 慌ただしく戻った私達を見て、砦の皆は驚いていた。


 夕食後にリーバー隊長を呼び出す。地図を広げた机を取り囲む形で顔を見合わせる。

 重苦しい沈黙が室内に落ちた。吹き付ける北風が窓ガラスを揺らす音だけが、断続的に響く。


 沈黙を破ったのはリーバー隊長だった。腕組みをした彼は、難しげな顔つきで地図を睨む。


「三ヶ所共、目当ての場所ではなかったと?」


「ああ、空振りだ」


 レオンハルト様が端的に返す。


「そんなはずないんだがなぁ……」


 リーバー隊長はガリガリと頭を掻く。


「実際に見て回って確認したし、イザークが趣味で集めた情報とも合致していた。外れに朽ちかけた神殿のある辺境の村は、その三つだけだ」


 国境警備隊が村一つを見落とすとも思えないし、そうなると、見直すべきはどこだろう。


「……辺境って定義を見直すべきでしょうか?」


「もう少し範囲を広げてみるという事ですか。有効な手かもしれませんが、調べ直すには時間がかかりすぎます」


 レオンハルト様の言う事は、もっともだった。

 範囲を広げれば当たりが引っかかる可能性は高まるが、調べる時間も比例して増える。国境警備隊の皆さんに申し訳なさ過ぎるし、それで空振りだったら目も当てられない。

 ラプターが同じものを探し回っているというのに、悠長にもう一年待っている訳にもいかないし。これは、どうしても見つからなかった場合の最後の手だ。


「じゃあ『村外れにある朽ちかけた神殿』って条件を止めて、神殿がある村を全部拾い出してみるか?」


「出来るのか?」


「出来なくはない、と思う。記憶頼みになるから、完璧とはいかないがな」


 レオンハルト様とリーバー隊長の視線が私に集まる。


 魔王が封印されているのだから、古い神殿である事は間違いない。でもボロボロになったのは戦争で壊されたからかもしれないし……現在はまだ、形を留めているかも。調べてみる価値はきっとある。


「お願い致します」


「任されました」


 快諾してくれたリーバー隊長に託し、暫くは砦に待機となる。

 ラプターの動向が気になって、気持ちばかりが焦るが、どうしようもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ