転生王女の焦慮。(3)
明くる日の朝。
砦に戻る前に一度、私も神殿を見ておこうと早起きをした。一通り見て回ったけれど、やはりレオンハルト様の言う通り、隠し部屋のありそうなスペースも、隠し扉もない。太い柱や、模様の描かれた床も動かせそうな場所はなく、中央奥、左右に配置された古びた石像も同じ。なんの仕掛けも見つけられなかった。
「一度、砦に戻りましょう。もう一度、資料を見直したいです」
手当たり次第探すにしても、手がかりがない。闇雲に探し回るには、この国は広すぎる。
レオンハルト様は了承してくれたが、まず食事を取ろうと提案した。たぶん、心配してくれているだろう彼に逆らう気は起きず、頷く。
村にある唯一の食事処は、それなりに賑わっていた。慌ただしく出ていく旅人の横を通り過ぎて中に入った私は、室内に見知った顔を見つけて凍りついた。
彼は私の視線に気付いて、目を丸くする。
「また会ったね」
人懐っこい笑顔で話しかけてきたのは、以前立ち寄った村の食事処で働いていた青年。そしてゲーム『裏側の世界へようこそ』の登場人物の一人でもある彼、……ラーテの登場に、私は動揺した。
なんで、ここにラーテがいるの?
昨夜見た影が、頭の中にちらつく。悪い方向へと思考が流れて行きそうだ。
やっぱりラーテは、ラプターの……?
ポン、と背を軽く押される。我に返るのと同時に、レオンハルト様が一歩踏み出した。
「偶然だな」
「本当、びっくりした。あ、ここ座りなよ」
レオンハルト様は、私のように無様に取り乱したりしなかった。自然に話しかけ、ラーテに近づく。ラーテはにこやかに会話を続けながら、自分の座るテーブル席の向かいを指さした。
ぎこちないながらも私もどうにか平静を装い、席に着く。ラーテは食事を終えたらしく、テーブルには空の器が重ねられていた。
「あ、お姉さーん。注文いいかな?」
手を挙げて店員さんを呼んだラーテは、飲み物を追加注文する。レオンハルト様は二人分の食事を頼んだ。
「古い建物が好きって言ってたから、もしかしてとは思ったけど。すれ違いにならなくてよかったよ」
「そうだな。そっちは仕入れか何かか?」
「ううん。今日は休みなんだ」
料理が来ても、味なんて殆ど分からなかった。咀嚼して飲み込むのを、作業みたいに繰り返す。レオンハルト様が普通に会話してくれているから良かったものの、私だけだったらさぞ気まずい食事になっただろう。
「オレもちょっと見たいものがあって、来てみたんだけどね」
「その言い方だと、なかったのか?」
「うーん。期待していたのとは、ちょっと違ったみたい」
ごっくん。
スープと共に息を呑む。喉が変な音がした気がするが、吹き出さなかっただけでも誰か褒めて欲しい。
ラーテの言葉は、そのまま受け取っていいものなの?
期待通りでなかったというのは、『魔王を封印した石がなかった』という意味だと考えるのは、深読みしすぎなのか。
「お嬢さんは?」
「え?」
唐突に話を振られて、反射的に顔を上げる。
頬杖をついたラーテは、私と視線を合わせた。笑みの消えた顔は、整っているが故に迫力があった。
「見たいものは、見れた?」
「……っ」
取り落としそうになったスプーンを、ぎゅっと握る。
落ち着け、と心の中で繰り返しながら、笑みを浮かべた。
「残念ながら、私も。想像していたものとは、違ったの」
「そっか。同じだね」
ラーテは頷いて、目を細める。視線を私から逸したラーテは、店員さんに飲み物のおかわりを頼む。
そっと息を吐き出しながら、胸に手をあてるとドコドコと心臓が早鐘を打っていた。
「食べ終わったなら、そろそろ行こう」
「あ、うん。そうね、兄さん」
レオンハルト様に促されて立ち上がる。
ラーテは「またね」とひらひら手を振って、私達を見送った。
またね、か。次に会う時に、私達はこうして平和に話せるのだろうか。
複雑な気持ちになりながらも、私は店を出た。
村を出た私達は、砦へと向かった。
慌ただしく戻った私達を見て、砦の皆は驚いていた。
夕食後にリーバー隊長を呼び出す。地図を広げた机を取り囲む形で顔を見合わせる。
重苦しい沈黙が室内に落ちた。吹き付ける北風が窓ガラスを揺らす音だけが、断続的に響く。
沈黙を破ったのはリーバー隊長だった。腕組みをした彼は、難しげな顔つきで地図を睨む。
「三ヶ所共、目当ての場所ではなかったと?」
「ああ、空振りだ」
レオンハルト様が端的に返す。
「そんなはずないんだがなぁ……」
リーバー隊長はガリガリと頭を掻く。
「実際に見て回って確認したし、イザークが趣味で集めた情報とも合致していた。外れに朽ちかけた神殿のある辺境の村は、その三つだけだ」
国境警備隊が村一つを見落とすとも思えないし、そうなると、見直すべきはどこだろう。
「……辺境って定義を見直すべきでしょうか?」
「もう少し範囲を広げてみるという事ですか。有効な手かもしれませんが、調べ直すには時間がかかりすぎます」
レオンハルト様の言う事は、もっともだった。
範囲を広げれば当たりが引っかかる可能性は高まるが、調べる時間も比例して増える。国境警備隊の皆さんに申し訳なさ過ぎるし、それで空振りだったら目も当てられない。
ラプターが同じものを探し回っているというのに、悠長にもう一年待っている訳にもいかないし。これは、どうしても見つからなかった場合の最後の手だ。
「じゃあ『村外れにある朽ちかけた神殿』って条件を止めて、神殿がある村を全部拾い出してみるか?」
「出来るのか?」
「出来なくはない、と思う。記憶頼みになるから、完璧とはいかないがな」
レオンハルト様とリーバー隊長の視線が私に集まる。
魔王が封印されているのだから、古い神殿である事は間違いない。でもボロボロになったのは戦争で壊されたからかもしれないし……現在はまだ、形を留めているかも。調べてみる価値はきっとある。
「お願い致します」
「任されました」
快諾してくれたリーバー隊長に託し、暫くは砦に待機となる。
ラプターの動向が気になって、気持ちばかりが焦るが、どうしようもない。




