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転生王女の捜索。(3)

 


 カラスのルートに深く関わるサブキャラで、元暗殺者。

 ゲーム内では、飲食店の店員さんとして出てきた。


 物腰が柔らかく、女性には紳士的に接する王子系の美形で、ユーザーの人気もかなり高かったはず。


「お嬢さん、どうかしたかな? オレの顔に何かついてる?」


 あまりにも長く見つめ過ぎてしまった為か、彼は困ったように眉を下げて問う。我に返った私は、慌てて頭を振った。


「い、いえ! ちょっと知り合いに似ていた気がして……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。むしろ、綺麗なお嬢さんと話せるキッカケが出来て嬉しいし」


 サラリと口説き文句紛いの言葉を投げかけてくる。

 でも彼にとって挨拶と同じだというのは、ゲームの知識がなくても分かった。声にも表情にも、色めいたものが一切含まれていないから。


「ラーテ! ごめん、ちょっと手伝ってー!」


「はーい」


 奥からの声に返事をした彼は、私に軽く手を振ってから中へと引っ込んだ。

 そう、そうだ。名前は『ラーテ』。ゲームでもそう名乗っていた。だから、人違いって事はないと思うんだけど……。


 ゲームの中でラーテが働いていたのは、辺境の村ではなく、王都の飲食店だったはずだ。どうして、ここにいるんだろう。

 カラスがラプターの暗殺者ではなく、ネーベルの間諜になったように、彼にも変化があったのだろうか。


「マリー、どうかしたか?」


 レオンハルト様が心配そうな顔つきで私を見る。大丈夫だと返して、食事を再開した。

 気にはなるけれど、考えたって答えは出ない。それならば目の前の美味しい食事を温かいうちに食べる事と、大好きな人に心配をかけない事の方を優先しよう。


「ごちそうさまでした」


 スープもパンもかなり食べごたえがあったけれど、美味しかったので完食出来た。お腹いっぱいになって、体もポカポカ。幸せー……。


「はい、お粗末様」


 お腹の辺りを押さえつつ幸福に浸っていると、声がかかる。

 次いで、カップが前に置かれた。


「食後のお茶をどうぞ」


 笑顔でそう言ったのは、ラーテだった。


「ありがとうございます」


「うん。こっちの格好良い兄さんもどうぞ。本当は女の子にしか出さないんだけど、お嬢さんのお連れさんだから特別ね」


「それは有り難い」


 レオンハルト様は、苦笑を浮かべながらカップを受け取った。

 ラーテは立ち去るのかと思いきや、盆の上に載せていた皿を、レオンハルト様の左側の席に並べる。疑問顔を向けると、彼は椅子を引いて自らそこへ座った。


「お茶代ってことで、相席いいかな。これから昼食なんだ」


 いいかなと聞きながらも返答を待たない辺り、マイペースというか、やや強引というか。でも私の隣ではなくレオンハルト様の隣に座るのは、紳士な彼らしいと思う。


 ラーテの昼食は野菜炒めっぽいものと、平べったいパンだった。適当に作った賄い飯みたいだが、美味しそうだ。

 中性的な美貌に似合わず、ラーテの食事風景は結構ダイナミック。一口が大きいから、見る見る料理が減っていく。

 呆気にとられながらも、お茶を啜る。僅かな甘みのあるお茶は、料理と同様にクセがあるけれど美味しかった。


「お嬢さん達はどこから来たの?」


 早々に食事を終えたラーテは、私達に質問してきた。


「王都から来ました」


 そこは伏せる必要はないだろうと、素直に答える。

 下手に嘘をつく方が、ボロが出るだろうし。


「ああ、やっぱり。二人共なんか垢抜けてるっていうか、品があるから、そうかなって思ったんだ」


「君は……」


「君って呼ばれるのは擽ったいから、ラーテで良いよ」


 レオンハルト様の質問を手振りで遮って、ラーテは言った。


「そうか、分かった。オレはレオンという。こっちは妹のマリーだ」


「レオンにマリーちゃんね。うん、宜しく。それで、何の話だっけ?」


 かなり似ていない兄妹だが、ラーテは特に気に留めた様子はなかった。

 いや、流してくれたという方が正しいのかもしれない。ゲームでも空気読みスキルが半端なかった彼だ。デリケートな話題になりそうだと、敢えて触れなかったのだろう。

 話の続きを促すラーテに、レオンハルト様は応じた。


「ああ、ラーテはここの生まれなのか?」


「オレは余所者だよ。ネーベルの生まれじゃない。この村に来たのも、二、三ヶ月前くらいかな。住み込みの働き口を探していて、運良くここで雇ってもらえたんだ」


 ラーテって、ネーベルの生まれじゃないんだ。

 ゲーム内でも殆ど自分の素性を話さないから、知らなかった。元暗殺者で、カラスの古い知り合いだって事くらいしか情報がないんだよね。

 カラスも攻略対象のくせに過去話をほぼしないから、二人揃って謎が多い。でも、カラスがラプターからネーベルへと送り込まれた暗殺者なら、もしかしてラーテもラプターの暗殺者だったんだろうか。


 そこまで考えて、ふと気になった。

 まさか、現在進行形って事はないよね?


 ラプターとの国境沿いにいるという点に、引っかかってしまった。飲食店店員という職業は合っているし、ただ場所がずれただけだろう。うん、考え過ぎだ。


「二人は王都から何しにきたの? こんな田舎に観光ってことはないよね?」


「国境の砦にいる知人を訪ねてきた。そのついでに、この辺りを見て回っている」


「国境警備隊に知り合いがいるの? そういや、レオンも騎士様っぽいね」


 レオンハルト様の言葉を聞いたラーテは、羊飼いのおじさんと似たような反応を示した。


「マリーちゃんを案内するなら、もうちょっと良いとこに連れていってあげればいいのに」


「むしろ私の我儘なんです。古い建造物を見るのが好きで、この村にも古い神殿があるって聞いたものですから、無理言って兄さんに連れてきてもらったんですよ」


 似たような流れだったので、おじさんへの説明をそのまま使った。不自然さはなかったと思うが、ラーテは一瞬だけ動きを止めた。

 私がそれを不思議に思う前に、すぐに人懐っこい笑顔に戻っていたけれど。


「へぇ、若い女の子には珍しい趣味だね」


 なるほど、確かに珍しい趣味かもしれない。だから驚いたのか。


「変ですかね?」


「ううん、オレも好きだから親近感湧く。でも、それなら残念だったね。この村の神殿は、新しくされちゃったでしょう」


「そうなんです。だから違う村でも行ってみようかなって思ってて」


「いいねー。もし見つけたら、オレにも教えてよ。仕事が休みの日にでも見物に行くからさ」


 頬杖をついて話を聞いていたラーテは、ね、と念を押すみたいに小首を傾げた。長い前髪が揺れて、秀でた額が顕になる。

 形の良い額は、肌の白さも相まって人形めいて見えた。けれどその白磁の如き肌に、傷跡が一つ。


「……? おっと、見苦しいもの見せちゃったね」


 私の視線に気付いたラーテは、苦笑いを浮かべて前髪を直す。


「ちょっと寝ぼけてぶつけたんだ。大したことはないよ」


「そうなんですか……。気をつけてくださいね」


 赤く引き攣れた傷跡は周りの皮膚が引き攣り、変色していた。ちょっとぶつけた程度でできる傷ではない気がする。

 でも、あまり触れられたくない話題のようなので、突っ込まずにそのまま流した。


 少し話をした後、ラーテは仕事があるからと席を立つ。

 食器を重ねてお盆の上に載せた彼は、ごゆっくりと言って厨房へと向かって歩き出した。私がその後姿をなんとなく眺めていると、レオンハルト様が手を伸ばす。私の手元に置いてあった濡れた手拭きを掴んだ。


「ラーテ」


「ん?」


 振り返ったラーテに向け、レオンハルト様は手拭きを放った。

 ラーテは危なげなく、右手でキャッチする。


「忘れ物だ」


「ありがと」


 ラーテも周囲のお客さんも、全く気にする素振りもないが、私としてはレオンハルト様が、手渡す、ではなく、投げるという行動をした事にちょっと驚いた。

 あと、片手で食器を重ねたお盆を持ちながらも、簡単に受け取ってみせたラーテにもびっくりだ。真後ろから投げられたものを、バランスを崩さずに振り返ってキャッチって、結構難しいよね。しかも、記憶違いでなければさっき、ラーテは食事の時左手を使っていた。利き手でない方を、随分器用に使うものだ。


 ラーテが厨房に消えてからも、なんとなくそちらを眺めていた私だったが、視線を正面のレオンハルト様に戻す。

 話しかけようとして、咄嗟に言葉を飲み込んだ。


 レオンハルト様が、険しい顔をして厨房の方を睨んでいたから。

 だが私の視線に気付いた彼は、すぐに元の優しい顔に戻る。


「……そろそろ出ようか」


「……うん」


 レオンハルト様の様子を見ていると、ラーテの事を伝えた方が良い気がする。

 ただ、ラーテがまだ暗殺者を続けているかも分からない上に、ラプター側の人間だという証拠も根拠も掴んではいない。

 下手に先入観を植え付けて、本当のスパイを見逃す事になったらまずいし。


 どう話せばいいのだろうと、暫く頭を悩ませていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度も読ませていただいています。マリーの真面目さとポンコツさにやられまくって楽しませていただいています。 [気になる点] カラスとラーテの立ち位置 [一言] お久しぶりです。数年前にも一度…
[良い点] ラーテはカラスの回想に出ていた料理店をしたいと言っていた上司ですね。確かカラスがネーベルに暗殺に行った時はスケルツの外に行っていたとなっていた筈。ラプターの間者がいるという中に怪しい感じで…
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