転生王女の捜索。(2)
調べるのに時間がかかったとリーバー隊長は言っていたし、こういう事態も想定して然るべきだったのかもしれない。
一年前にあったものが、そのままの形でその場に残されているとは限らないんだ。
そりゃあ、崩れかけていたら直すよね。
危ないもんね、うん。分かる。分かるんだけど……
中身、どうなったのかな!?
歴史的に価値のありそうなものは入ってなかったのかと、それとなく聞いてはみたけれど、あるわけないと一笑に付された。むしろ何もなさすぎて驚いたと。
村人からは何も入れておくものが無いなら、建て替えではなく撤去で良いのではという案が出たくらいだと言っていた。
つまり、ここの神殿に魔王は安置されていなかったと考えていいという事か。
魔王が封じられた石の有無はともかく、流石に隠し部屋が見つかったら印象には残るだろうし。
捜索は初日から、なんともスッキリしない展開となってしまった。
眉間に皺を寄せて考え込んでいた私の頭に、ぽん、と大きな手が置かれる。
顔をあげると机を挟んで真向かいに座るレオンハルト様が、気遣うように私を見つめていた。
「そんな顔をするな。まだ旅は始まったばかりだろう?」
優しい眼差しと甘い声音に、場所も状況も忘れてキュンとときめく。
撃ち抜かれた胸を押さえて小さく呻いてしまった。
砕けた話し方だけでも相当やばいのに、頭ポンまで追加されて平静を装うのは無理だ。
妹を甘やかすお兄ちゃんの顔で、萌え殺そうとするのを止めて頂きたい。変な扉開けちゃうでしょうが。
「マリー?」
その上で名前呼び捨てと来たか!
いや、そういう設定なんだけど。レオンハルト様は与えられた役どころを忠実に演じてくれているだけなんだけどね。
「なんでもないわ、兄さん」
叫び出したい衝動をなんとかやり過ごし、へらりと笑って返す。
そうか、と短い言葉と共に、そっと頭を撫でられた。
「この店のスープは美味いと評判だそうだ。体が冷えてしまったから、少し温まろう」
「……うん」
応えながら、大きな手の感触にうっとりと目を細める。
ああ……このまま一生、レオンハルト様の妹でいたい。
……いやいやいや! 違うでしょうが、私! 目指す場所はそこじゃないよね!?
危ない、危ない。あまりにも中毒性の高い甘さに、自ら妹というポジションを甘んじて受け入れようとしてしまった。
私がオルセイン家に入る時は、妻としてだけ! 養女じゃなくて妻!
ふう、と額に浮かんだ汗を拭う。
レオンハルト様は、挙動不審な私に気付いた風もなく、店員を呼ぶために背後を振り返っていた。
今、私とレオンハルト様は訪れた村の食堂に来ている。
昼食には少し遅く、夕食には早すぎる時間だが、それなりに賑わっていた。村の住人だけでなく、旅人らしき姿もちらほらと見る。
ネーベルの王都からラプターを目指している人が、国境を越える前に一泊するとしたら、丁度いい位置にあるからか、小さな村の割には人が多い。
「レ……、兄さん」
「ん?」
注文し終えたらしいレオンハルト様は、私の呼びかけに微笑んで、軽く首を傾げた。
店員のお姉さんは、うっかりその仕草と笑顔を見てしまったらしく、固まっている。赤く染まった頬を隠すみたいに押さえながら、小走りで厨房へと向かうお姉さんのポニーテールが、軽やかに揺れた。
お姉さん……分かる、分かるよ……!
レオンハルト様の微笑みの破壊力、果てしないよね……!
「マリー?」
はっ。またトリップしてしまった。
「えっと、……この後はどうするの?」
「食事をしたら、少し村を見て回ろうか」
この村が『当たり』である可能性は、限りなく低くなった。
でも一応、建て替え中の神殿の周囲は見ておくべきだと、レオンハルト様も判断したのだろう。
工事に携わる人達に、さり気なく話も聞きたいし。
「そうね。その後は?」
「そうだな……。一度、戻ろう」
「次の村を目指すのではなくて?」
私が問うと、レオンハルト様は頷いた。
「今から向かったら、夜になるからな。お前の見たがっていた建物も、暗くてはロクに見えないだろう」
ここから直接、二箇所目の目的地である村に向かった方が近いけれど、やっぱり時間的に難しいか。
夜になったら道中の危険も増すし、何より暗くて捜索もまともに出来ないだろう。次の村に宿屋があるかも分からないし。
レオンハルト様の判断は正しい。
一箇所目であるここが空振りに近い形になってしまったので、落ち着かない気持ちはあるが、焦ってもきっと良いことはない。
不安と焦燥を飲み込んで頷くと、全てを見透かすような夜の色の瞳が柔らかく細められた。
「お待たせしました」
私達の会話が途切れたのを見計らったように、店員のお姉さんが戻ってきた。汁物を盛った深い木皿とパンの載った平皿が、私の前に置かれる。次いでレオンハルト様の前にも同じものが置かれた。
スープはトマトベースで、骨付きの羊肉をこんがりと焼いた後、沢山の野菜や豆と一緒に煮込んであるらしい。羊肉にはあまり馴染みがないが、脂身を良く焼いてあるから臭みは気にならないはずだとお姉さんが言っていたから大丈夫だと思う。
パンはハード系。丸く膨らんだてっぺんにナイフで十字に切り込みを入れてある、たぶんライ麦パン。魔○の宅急便で見たことのあるやつだ。
どちらも熱々で、湯気と共に漂う香りに食欲を刺激される。
美味しそう、なんだけど。
骨付き肉って、どうやって食べたらいいんだろう。ナイフとフォークが欲しいけれど、スプーンしか見当たらない。
ちらりと周囲を見回すと、皆、ワイルドに齧り付いていた。
そう……だよね。それがある意味、正しいマナーだよね。
そっとレオンハルト様の様子を窺うと、バッチリ目が合ってしまった。
私が困っているのに気付いたんだと思う。取ろうか、と無言で手を差し出してくれた。
少し迷ってから、首を横に振る。
確かに、レオンハルト様の前で肉に齧り付くのは抵抗があった。でも、この旅がどれ位の期間で終わるか分からない。その間ずっと、介護めいた事をレオンハルト様にやらせる訳にはいかないでしょうが。
覚悟を決めた私は、骨を手で掴んで肉の部分に齧り付いた。
煮込んでも尚残る香ばしさが、口内に広がる。次いで感じたのはトマトの酸味、野菜の旨味とハーブの香り。肉を噛み締めた瞬間に、じゅわりと肉汁が溢れ出した。
噛んだまま骨を引くと、身の部分が簡単に剥がれた。片手で口元を押さえながら咀嚼する。
クセがあるけれど、それ以上に深みのある味だ。
ハーブとトマトが臭みを緩和して、旨味を引き出している。脂身も柔らかく、口の中で解けた。
「美味しい」
思わず呟く。
顔を上げるとレオンハルト様は目を丸くしていた。
えっ、はしたないと思われていないよね!?
アワアワと焦る私に気付いているのか、いないのか。レオンハルト様は、とても嬉しそうに笑った。
「そうか」
レオンハルト様は、私に呆れている感じではない。
機嫌良さげな様子で彼は、食事をし始めた。私も頭上にはてなマークを浮かべつつも、食事を続ける。
ライ麦パンは焼き立てなのか、素手で持つと熱いくらいだ。両手で持って真ん中から割くと、薄い茶色の中身があらわれた。フワッと鼻腔を掠める香りは、ちょっと独特。
一口大に千切って口の中に放り込むと、酸味が舌の上に広がる。小麦のパンと比べると、どっしりしている噛みごたえ。でも嫌いじゃない。寧ろ、好きかも。
具沢山のスープと一緒に食べると、更に美味しい。
「パンもスープも美味しい」
正直な感想を呟く。
「それは良かった」
独り言のつもりだった言葉に、返事があった。しかし、それはレオンハルト様の声ではなかった。
声の出処を理解する前に、私の手元に濡れた手拭きが置かれる。そこから視線を上へと向けると、男の人が立っていた。
明り取りの窓から差し込む日差しが逆光になって、顔はよく見えない。
「手、汚れちゃうから使って」
「え。あ、ありがとうございます」
「こちらこそ。美味しいって食べてもらえるなら、作り甲斐があるよ」
そう言って男性は、厨房の方へと向かう。
そして入る手前で振り返った。
「あ、おかわり沢山あるからね」
襟足と前髪だけ少し長めの細い髪は、手元のライ麦パンのような薄茶色。同色の瞳は長い睫毛に飾られているからか、それとも目尻が下がっているからか、柔らかい印象を与える。白い細面は中性的にも見えるが、捲った白いシャツから覗く筋張った腕や、首周りは男性のものだ。
「は……」
はい、と返事をしようとした私は、そのまま固まる。
綺麗な男の人だと思うが、見惚れた訳ではない。そうじゃなくて、唐突に襲った既視感のせいだ。
正真正銘、初対面だと断言できる。なのに、何故『知っている』と同時に思うのか。
悩まなくても、数秒で答えは出た。
デジャヴではない。カラスとの出会いと同じ。私の……前世の記憶の中に、しまい込まれていたもの。
眼の前の男性は、乙女ゲーム『裏側の世界へようこそ』の、最後の主要人物だ。




