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転生王女の北上。(3)

 


 謝罪の理由は気になったけれど、とりあえず目の前のことに集中すると決めて、私もリーバー隊長の手元に視線を落とした。


 リーバー隊長のゴツゴツとした男らしい手の下に敷かれた地図は、ネーベルの北東部が載っているものだ。クセのある右上がりの文字で、いくつかの走り書きがされている他に、三つの丸印がつけられている。


「提示された条件に該当する村は三つ」


 それを聞いて、私は密かに安堵した。

 『国境付近にあり、且つ、外れに朽ちかけた神殿のある村』というざっくりした条件では、もしかしたら絞るのが結構難しいかと思っていたから。

 もし該当する場所が何十ヶ所もあったらどうしようかと心配していたのが、杞憂に終わって本当に良かった。


「うち二つは、この砦から比較的近い位置にあります」


 節くれ立った指が、砦から左へとスライドする。

 丸の位置は、砦から見て北西に一つ。西南西に一つ。

 リーバー隊長の言う通り、距離はさほど離れていない。地図の読み方にはあまり自信はないが、おそらく馬で半日もかからないと思う。

 残りの一つは確かに場所が離れているが、途中の村で休憩を挟みながらでも、たぶん二日もあれば着く。


「調べるのに予想以上に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした」


「いいえ!」


 頭を下げたリーバー隊長に、私は慌てて頭を振る。

 巡回や行軍演習など、仕事のついでに調べて欲しいとお願いしたのはこちらだ。時間がかかって当然。

 しかも魔王の話をする訳にはいかないので、肝心の捜し物については伏せてある。そんな曖昧なお願いを聞いてもらえただけでも、相当有り難い。


「ご協力、感謝致します。お忙しい中で時間を割いて調べてくださって、ありがとうございました」


「勿体無いお言葉です」


 リーバー隊長はそう言って、目を柔らかく細めた。彫りの深い顔立ちや男らしいパーツのせいか、厳しい表情をしていると威圧感があるのに、笑うと途端人懐っこくなる。大きな口からちらりと覗く八重歯や目元の笑い皺が、取っ付き難さを払拭していた。


 大人の男性に向ける表現として相応しくないのは重々承知だが、笑顔が可愛い人だと思った。あと、奥様と一緒にいる姿をぜひ見てみたいとも思う。

 大柄でいかつい男前と病弱で儚げな佳人の組み合わせ……しかも溺愛系とか、正直大好物です。馴れ初めとかノロケとか、奥様から超聞きたい。


 奥様と仲良くなる方法はないだろうか。

 ご挨拶に伺ったら、流石に迷惑だろうし……。


 魔王捜索という最重要案件を頭の片隅に追いやって、不純な考えに頭を悩ませていた私は、ふいに響いた硬質な音に意識を引き戻された。


「ヴォルターです。お呼びにより、参りました」

 

 扉の向こうから低い声がそう告げる。どうやらさっきのは、扉がノックされた音だったらしい。

 リーバー隊長は私へと視線を向け、紹介したい男がいると切り出した。


「この砦にいる間、殿下のご身分は伏せさせて頂きますので、部下達には名家のご令嬢をお預かりするという旨を説明してあります。ですが貴方様の素性を知るのが私一人ですと、なにかと不便もございましょう。そこで一人、信頼できる男をご用意致しました」


 つまり私が王女だと知る人がもう一人いて、それが扉の向こうの人だという事か。


「入れ」


 リーバー隊長が許可すると、「失礼致します」という硬い声と共に扉が開き、若い男性が入ってきた。


「この者が我が隊の誇る、優秀な副隊長です。イザーク、殿下にご挨拶を」


 前半は私へと向けていた視線を、リーバー隊長は入ってきた男性へと移す。

 挨拶を促された男性……副隊長は私に向き直った。


 後ろに撫で付けたクセのない黒髪に、切れ長な菫色の瞳。細い眉や整った鼻筋、薄い唇が黄金比で配置された細面は、神経質そうな印象を受ける。もしこの世界に細いシルバーフレームの眼鏡があれば、さぞ似合っただろうという顔立ちだ。

 一見、騎士というより学者と言われた方が納得出来そうな風貌だが、体つきは細身ながら鍛えているのが制服の上からでも分かる。実力主義の国境警備隊において副隊長を任されている人が、デスクワーク専門な訳がないが。


「イザーク・ヴォルターと申します」


 味も素っ気もない自己紹介は、わずか三秒で終わった。


 ……挨拶終了!? 短っ。


「……ローゼマリー・フォン・ヴェルファルトです。皆様のお仕事の邪魔にならぬよう気をつけますので、どうぞ宜しくお願い致します」


 引き攣りそうになりながらも笑みを浮かべるが、ヴォルター副隊長は無反応。

 どうやら宜しくするつもりはないらしい。


 なんとも気まずい沈黙が室内に落ちる。だがヴォルター副隊長は気にする素振りもない。というか、眉一つ動かさなかった。キミ、心臓強いね!


「イザーク、お前なぁ……その態度はないだろ」


 リーバー隊長が困り顔で嗜めるが、ヴォルター副隊長はどこ吹く風だ。


「申し訳ありません、殿下。どうかお気を悪くなさらないでください」


 申し訳なさそうにするリーバー隊長に、私は気にしていないと伝えた。

 実際、本当に気にしていない。


 ラプターとの国境という重要地点に、王女が訪問するだけでも相当面倒臭い事態だというのは理解しているし。面と向かって邪魔だと言われないだけマシな気がする。

 ヴォルター副隊長の場合、目が言ってるけど。態度も含めて全身で、邪魔だからさっさと帰れって言っている気がするけど。だが断る。

 こっちも遊びで来ている訳じゃないんだ。


 さっきまで、隊長の奥方に会えないかと思いっきり本筋から外れた欲望を抱いていたのは忘れる事にする。

 厚顔無恥? うん、聞こえない。


「こいつはこの通り無愛想な男ですが、頼りになるのは保証します」


「はい。どうぞ宜しくお願い致します」


 にっこりと笑って、同じセリフをもう一度、ヴォルター副隊長に向けて言った。すると、青みがかった紫の瞳が軽く瞠られる。次いで不機嫌そうに細められた。


 うん、分かりやすい。

 なんとも裏表のない人だ。


 まかり間違っても女の子のお世話役に向いている人ではないが、リーバー隊長が彼を推すのも分かる気がする。嘘が吐けない人って貴重だよね。


 ニコニコと笑っていると、後ろから微かな笑い声が聞こえた。

 不思議に思った私が振り返ると、レオンハルト様が可笑しそうに肩を震わせている。何故笑われているのかが分からず、疑問符が頭の上に浮かんだ。


「……レオンさま?」


「失礼。強くなられたな、と思いまして」


「!」


 微笑ましそうに言われて、私は一気に青褪めた。


 ああああああ……!

 やらかしたー!! すごく可愛くない一面を見せちゃったー!!


 私は心の中で絶叫する。


 やらかした。絶対に、嫌味で可愛くない女だって思われた。

 ヒロインなら、涙目で俯くようなシーンだ。大丈夫ですって、健気に笑うところだったはずだ。

 確かに私はヒロインではないけれど、もうちょっと可愛い反応があったでしょうに。


 でも、欠片も傷付いてないのに、涙目で俯くとか出来ないし!


 そもそも嘘泣きが出来ないんだ、私。

 前世で女子高生だった時に一回だけ挑戦してみたけれど、涙は一粒も出てこなかった。映画の泣けるシーンを思い出しても、泣ける曲を脳内でリピートしても駄目。気が散るの。歌詞が思い出せずに途中からハミングになるとか、主演の女優さんが別作品で演じていたキャラの名前が思い出せないとか、どうでもいいことに気を取られちゃうの。


 自分が情けなくて、今更、涙目になりそうだ。

 もう遅いのに。完全に使い所を間違っているのに。


 意気消沈する私と違い、レオンハルト様は何故か楽しそうだ。

 呆れられたり、軽蔑されたりしていないだけでも良しとした方がいいのだろうか。


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