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第二王子の探索。(3)

※引き続き、ネーベル王国第二王子、ヨハン・フォン・ヴェルファルト視点です。

 


「ヨハン様? 如何されましたか?」


「……虫がいただけだ」


 挙動不審な僕に、レオンハルトは気遣わしげな視線を寄越す。端的に返すと、それ以上追求される事はなかった。


「なぁ、ヨハン。フィリップについて少し聞きたいのだが」


「なんでしょう?」


「彼はギーアスター卿の実子か?」


 ナハトの問いかけに、僕は目を丸くする。


「随分と率直な質問ですね」


「こんな場所で取り繕っても、意味がないだろう」


「確かに」


 鬱蒼と茂る木々に視線を向けながら言うナハトに、僕は苦笑を浮かべる。しかし、すぐに表情を引き締めた。


「フィリップはハインツ様と、若くして亡くなった奥様の間に生まれた子供です。ですが、生まれつき体が弱く、公式の場には殆ど出た事がなかったと聞きました。現に僕も、姿を見たのは初めてです」


 ハインツ様にご子息がいると情報としては知っていたが、会った事は一度もなかった。

 それだけでなく、ハインツ様自身の口から、フィリップの話題が出たことはない。そしてハインツ様の部下も同様だ。

 考え過ぎなのかもしれないが、敢えて避けているように思える話題を引っ張り出すのも躊躇われて、僕から、ご子息の話題に触れた事もなかった。


 先日、フィリップを初めて見た時は驚いた。彼は、ハインツ様に全く似ていない。繊細な顔立ちや細身の体は、亡くなった奥様に似たのだろうが、言われなければフィリップとハインツ様を親子だと思う人間は少ないだろう。ナハトが疑うのも、無理はない。


「なるほど。道理で一緒にいるのを見た事がないわけだ。……それにしても、ギーアスター卿の子供が、病弱とは。さぞ生き辛かったろうな」


 細めたナハトの瞳が、僅かに同情の色を帯びた。

 僕もその点に関しては同意見なので、でしょうね、と短く返す。


 グレンツェは軍事拠点として栄えていた街らしく、軍人気質の人間が多い。力ある者が尊ばれる風潮の中、辺境伯の跡継ぎが病弱では、口さがない事を言う連中も出てくるだろう。ハインツ様が立派な方だからこそ、余計に周囲の目は厳しくなる。

 ナハトの言うように、フィリップの置かれた環境は、彼にとって優しいものではなかったと推測できる。


「ですが、ナハト」


 だが、それと今回の件は話が別だ。どんな背景があり、どんな理由があろうとも、同情で目が曇るような事態があってはならない。

 そう続けようとした僕を、ナハトは手で制した。


「分かっている。フィリップの境遇には同情するが、それだけだ。もし民を苦しめているのであれば、許される事ではない」


 ナハトは躊躇いなく言い切る。


「相応の報いは受けさせる」


 成人前の少年とは思えない、重みのある声だった。

 ゆっくりと瞬きをした榛色の瞳に、迷いは一切ない。上に立つ者としての覚悟と、王者の資質の片鱗を見た気がした。


 暫し、重い沈黙が流れる。

 それを破るように、ナハトは、『さて』と呟いた。彼は、凭れていた木から背を浮かす。


「そろそろ出発するか。あまり長く休憩していると、根が生えてしまいそうだ」


 わざと茶化すように言ったナハトに、今まで沈黙を守っていたレオンハルトは、表情を緩める。僕も笑って頷き、立ち上がった。

 足首を数回まわす。短い休憩だったが、痛みは和らいだようだ。少しばかり回復した体で、森の奥を目指した。


 歩き始めて、一時間も経たない頃。木々の隙間から差し込むオレンジ色の光で、日が傾き始めた事に気付いた。

 森は広大だが、村の場所はそう遠くなかった筈。日没前に辿り着ければいいが。


 そう考えたのと、ほぼ同時にレオンハルトが小さな声で僕を呼ぶ。顔を上げると、視線がかち合った。手振りで身を隠すよう指示される。

 僕は体勢を低くしながら、木の影に隠れた。ナハトも一拍遅れで同じ行動をとる。


「村の前に見張りがいます」


 レオンハルトは、潜めた声でそう言った。

 どうやら、村に辿り着いたらしい。だが、すんなりとは入れてもらえないようだ。溜息を吐き出して、隣を見る。顰めっ面をしたナハトは、苛立たしげに舌打ちをした。


 木の陰から村の方向を観察していたレオンハルトは、思案している様子だったが、なにかを決断したのか、僕らへと目を向ける。


「見張りはどうやら、こちらへ背を向けているようです。少し近づいてみましょう」


 レオンハルトの提案に、僕は虚を突かれた。近付くという大胆な行動よりも、こちらに背を向けているという方に驚く。


 なんのための見張りだと胸中で呟くが、すぐに思い当たった。

 逃走防止だ。僕らのように無謀な人間が、外からやってくる事を想定したのではなく、閉じ込められた病人が、逃げないための見張り。そう考えれば、説明がつく。

 胸糞悪いと、吐き捨てたくなった。


 低い姿勢のまま、ゆっくりと村に近付く。木で出来た柵と、石造りの門が見えた。そして門の傍に男が一人。


 顔は見えないが、革鎧を纏った体は逞しい。腰に佩いた長剣は、装飾の類がほぼ無い実用的な物だ。


 僕は首を傾げる。

 フィリップの私兵は、金属製の派手な鎧をつけていた筈。もっとも、こんな蒸し暑い中で板金鎧を着込むなど、正気の沙汰ではないが。

 

「……様子がおかしいですね」


 見張りを注視していたレオンハルトが、小さな声で呟く。

 言われてみると、確かに。

 男は体を傾けて、門に寄り掛かっている。居眠りしているのか、それとも酔っているのか。耳や首筋も赤い気がする。


「……!」


 そこまで考えて、僕は動きを止める。頭の中にある情報を元に推測した結果、嫌な可能性に思い当たった。

 レオンハルトもおそらく、同じ考えに至ったのだろう。険しい顔付きをしている。


「ここにいて下さい」


 短く告げたレオンハルトは、素早く荷物を下ろす。ベルトから長剣を外し、一人で見張りへと向かって行った。

 物音を殆どたてずに、素早く対象に近付く様子に、思わず見入る。無駄が一切ない動作は、野生の獣の狩りを見ているようだった。


 あっさりと見張りの背後まで距離を詰めたレオンハルトは、短剣を抜く。しかし男の喉元に突き付ける事なく、再び鞘に収めた。

 ぐらりと門に寄り掛かっていた男の体が、傾ぐ。レオンハルトが、僕らの目に止まらぬ速度で攻撃した訳ではない。おそらく、嫌な予感が当たってしまったのだ。


 レオンハルトは傾いた男の体を受け止め、肩に担ぐ。僕らの方へと戻ってきたレオンハルトは、男を木の根元に下ろす。


「お二人は、あまり近づかないで下さい」


 レオンハルトは、真剣な声で言った。


 木に凭れた男の顔は赤く、額には汗が滲んでいる。

 おそらく発熱しているのだろう。


「見張りも病人とはな……」


 ナハトが苦い声で呟いた。

 僕は何と返したらいいか分からず、口を閉ざしたまま、男の様子を窺う。


「……?」


 ぼんやりと眺めていた僕は、男の顔に見覚えがある事に気付いた。どこかで見た。どこで見た?

 フィリップの私兵ではない。そんな近い記憶ではなかった。ここ数日の話ではなく、もっと前。何年も前に、会ったはず。

 髭はなく、髪ももっと短く整えられていた。革鎧と、飾り気のない剣は昔のまま。日に焼けた顔で陽気に笑う様は、彼の主人に良く似ていて……。


「!」


 漸く思い出せた。

 そうだ。彼は、ハインツ様の部下の一人。


 こんな所にいたのか。


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