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転生王女の決断。(4)

 


「クーア族は変わるべきだ。終焉を目前にした今、王女殿下が現れた事も運命だと、私はそう思っている」


 族長さんが言った次の瞬間、皆の視線が私へと集まる。

 沢山の目が一気にこちらを向くのは、かなりの迫力があった。圧倒されて後退りかけた私の背をヴォルフさんが支えてくれる。そっと添えられた手の、なんと心強いことか。

 そうだ、私は一人じゃない。


「王女殿下、ここにいらして頂けますか」


 族長さんに促され、私はゴクリと喉を鳴らす。深く呼吸してから歩き出した。

 族長さんの隣に並び、人々の方へと向き直る。刺さる視線、視線、視線。心臓が口から出そうなくらい跳ねている。


「族長! まさか、ヴォルフ坊っちゃんの言う通りになさろうとしているんじゃありませんよね!?」


「ヴォルフ様の、って……王女様をクーア族の主に迎えるってアレか?」


 族長さんが私を呼んだ事で、困惑が周囲に広がっていく。

 村に到着した日に、ヴォルフさんが私を主に迎えたいと言ったが一蹴された。妄想だ、世迷い言だとまともに取り合ってもくれなかった。

 だが今、その世迷い言が現実味を帯び始めている。


 動揺する人達に、族長さんは直接的な答えは返さなかった。


「短い間だが、殿下と共に暮らしてみて皆はどう思った?」


 逆に問われ、人々は顔を見合わせる。


「どうって……そりゃあ、とても良い方だとは思いますが」


「貴族どころか商人の娘より気さくで、優しいお嬢さんですよ。でも、それとこれとは話が別です」


 意外にも高評価だが、喜んでいる場合ではない。

 好意的に受け止めてくれていても、彼等の言う通り、主人として認めるかどうかは別問題。

 でも族長さんは焦りもせず、続きを促した。


「それだけか?」


「王女様は、とても知識が豊富な方です。見たこともないお料理を作られて、しかも凄く美味しいんですよ」


「ああ、お裾分けして貰った料理な。なんだっけ。からい、だったか? あれ凄く美味かったな」


「カレーだよ」


 辛いという感想とごっちゃになっているらしい男性の言葉を、ロルフが呆れ顔で訂正する。君、ちゃんと名称覚えてたんだ。そういえば食べる前は食い物の外見じゃないとか騒いでいたのに、おかわりまでしてたもんね。


「それに薬草にも詳しいぞ。教えなくても、どの薬草にはどの位の頻度の水やりが必要か分かっていたし」


「ああ。薬草の知識は下手したら、その辺の小さな村にいる薬師より詳しいんじゃないか?」


 買いかぶりだ。

 私が知っている薬草なんて限られた種類だけだし、効能も一部しか知らない。クーア族の人達に比べて、浅く偏った知識しか持たない。

 だというのに、異議を唱える人など殆どおらず。皆が口々に私を褒める。


 余所者+王女というマイナスなイメージからのスタートだったから、普通の事をしているだけで凄く善良な人に見えるのかもしれない。なんとかロス効果ってやつ?

 王族にしては気さく。幼い少女にしては知識が豊富。等身大の私は、良くてそんなところだ。


「突然やってきた異国の王女殿下が、驕ったところのない心優しい方だというだけでも珍しいというのに。しかも博学で薬学にも精通している。これを偶然の一言で片付けていいものだろうか」


 一通りの意見を聞いてから、族長さんは徐に語り始めた。その口ぶりは、真面目で気難しい族長というよりは、劇の語り手のようだった。


「世界には沢山の国があり、人がいる。民の言葉に耳を傾けない王がいる。民の暮らしなど顧みず、贅の限りを尽くす貴族がいる。私腹を肥やす事だけに必死な役人、そしてそれらに擦り寄る商人達。傲慢で無慈悲な人間が世界には溢れている。その中で私達は王女殿下という稀有な方に巡り会えた」


 朗々とした口調で訴えかける族長さんの言葉に、皆が聞き入っている。佳境に入った劇と引き込まれている観衆を見ている気分になった。中心にいるはずの私だけが、輪から外れて傍観している。モヤモヤと晴れない気持ちを抱えながら。


「この出会いは女神の導きではないかと、私は思っている。或いは、衰退する我らに齎された救いだとも」


 大きなどよめきが起こった。人々の驚きは、さっきまでの比ではない。

 女神の名を出すことは、それ程の意味を持つのだろう。


「王女様が、神の御使い……?」


「そんな馬鹿な話があるか! あの人は他国の王族だろう。女神の使いであるはずがない」


「でも、確かに不思議な人ですよね。王女様とは思えないほど、色んな事を知ってるわ」


 皆の視線が私に集まる。

 私は慌てて、頭を振った。


「私は神の使いなどではありません! そんな立派な存在じゃないです」


 私が天使とか、冒涜もいいところだ!

 言っときますけど私、レオンハルト様の嫁になる事しか考えてない俗物ですからね!?


「ですが殿下。息子に聞いたところによると、貴方は船乗りたちに広まりかけていた病を防いでみせたとか」


 必死に否定する私に、族長さんが問う。


「『海のしずく』に纏わる話は、遠く離れた我が国にまで届いていますよ」


「『海のしずく』って、誰かが港町から持ち帰ったやつよね? 干してないのに長期の保存が可能ってだけでも驚きだったわ」


「あれ、お嬢さんが作ったのか!?」


 丸く瞠られた瞳が、徐々に輝きを増す。キラキラとした目に見つめられるのは、誇らしいというより居心地が悪い。

 過分な期待に潰されそうだ。


「怪我の手当てや、急病の処置も出来ると聞きました」


「はっ?」


 出来ないよ!?

 ごく簡単な応急処置しか出来ませんけど!? そこまでいくと大袈裟というより偽証ですよ!


 族長さんの言葉に、私は呆気にとられる。あまりの衝撃に、咄嗟に言い返すことも出来なかった。ハクハクと池の鯉の如く口を動かすしか出来ない私を放置して、話は進む。


「王女様が、怪我の手当て? 普通のご令嬢は血を見ただけで倒れるってのに?」


「急病の処置なんて、若い医者だってまごつくぞ? 凄いな」


 待って、私はそんなに凄い人じゃない。

 そう訴えようとした私の目を、族長さんは真っ直ぐに見つめる。反射的に言葉を呑み込んだ私の喉が、乾いた音をたてた。


「貴方の知識量も技術も、年齢や境遇にそぐわない。私には、貴方の存在そのものが奇跡だとすら感じております」


 反論したいのに、族長さんの鋭い眼光に気圧されてしまう。上手く頭が働かない。

 族長さんから目を逸らすが、他の人達の目も私に集まっている事に気付いた。視線に込められた熱に、私の背筋が凍る。


 族長さんの演説と周囲の熱に当てられる形で、どんどん冷静さを欠いた人達が増えていく。まるで宗教の教祖に祭り上げられている気分だ。

 場の空気が、私を好意的に見る方向へと流れている。


 ああ、確かに今ならば。

 今ならば、錯覚させられるのかもしれない。


「…………」


 私は唇を引き結び、持っていた石を握り締める。

 コレを使えば、きっと私は一時的にでも女神様になれるだろう。望んでいるかと聞かれたら、全く望んでないけど。


 族長さんが強行策に出た理由も理解は出来ても、納得はしていない。

 でも、別の解決策も全く思い浮かばないんだ。そもそも、もっと穏便に解決出来る問題だったなら、とっくに解決している訳で。


 私の思考は堂々巡り。

 そうしている間にも、タイムリミットは迫る。女神になるか否か。今、決めなくちゃならない。


 焦れば焦るほどに、考えは上手く纏まらない。

 感情は嫌だと叫ぶが、理性は逆の答えを弾き出す。私は優秀な薬師を仲間に出来て、彼等も滅びの未来を回避出来るならそれが正解だと。


「王女殿下。貴方はもしや、女神の生まれ変わりなのではありませんか?」


 族長さんの言葉を聞いて、人々の間に緊張が走る。

 皆は固唾を呑んで、私の返答を待った。


 私はぐっと足に力を込めた。気合を入れないと卒倒してしまいそうだったから。


 もう後戻りは出来ない。

 女神になると決めたなら、最後までやりきらなきゃ。中途半端は、信用も可能性も同時に潰すだけ。


 やるからには、完璧な女神様に。


 すぅ、と息を深く吸い込む。酸欠になりかかった頭に、起きろと蹴りを入れるイメージで。多少クリアになった視界で、人々の顔を順番に見回す。期待、高揚、熱狂。


 今なら、いける。きっと騙せる。


「…………っ」


 そう思ったのに、言葉は喉に閊えた。


 押さえつけた感情が暴れ出す。


 騙すの? それでいいの?

 純粋に女神を慕い、真面目に生きてきた人達を。沢山の命を救うために、技術と知識を受け継いできた人達を騙して、利用して。本当に私は、後悔しない?


 方法は本当に、これが最善なの?


 私は一体、――なんのためにここに来た?


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