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転生王女の逡巡。(3)

 お久しぶりです。

 暫く更新が止まってしまい、申し訳ありませんでした。

 

 


 思いついてしまった可能性は、何度打ち消そうとしても頭の中から消えてはくれなかった。

 念願のカレーが出来上がったのに、正直味もロクに覚えていない。ロルフが、食い物の外見じゃねぇとか騒いでいた気がするが、全部スルーした。


 その日の夜も、ずっと悩み続けた。

 翌日は当たり前だけど寝不足。薬草の水やりを始めて五分で、リリーさんに退場を言い渡された。


 皆が汗を流して作業している中、一人だけ木陰で涼んでいるのは罪悪感が半端ない。落ち着かないけれど、立ち上がろうとする度にリリーさんが咎める視線を送ってくる。面倒かけて、本当ごめん。


 薬草畑で作業しているのは、リリーさんを除くと八人ほど。その殆どが、たまに私をチラ見してくる。悪意がある視線ではなく、心配そうに。だが目が合うと眉間に皺を寄せて、視線を逸らす。ツンデレか。クーア族はツンデレがデフォルトなのか。


 心配になるほど良い人だらけだな、クーア族。

 余所者である私から距離をとる人は結構いるが、意地悪をされた事は一度もない。寧ろ親切なくらいだ。

 盗賊に襲われた事もあるというのに、彼等の多くは純粋で優しい。


 ぼんやりする私の頬を、爽やかな風が撫でる。

 その心地よさに目を細めながら、薬草の世話をする人達を眺めた。


 昨日の私の予想が、もし当たってしまっていたとしたら、私は彼等のために何が出来るんだろうか。


 外部との交流を手伝う?

 それとも、ここから連れ出す?


 どちらにしても、現実的じゃない。

 彼等が自分の意志で動かなければ、意味がない。余計なお世話どころか悪意としか受け取られないだろう。

 かといって、次期族長であるヴォルフさんの言葉ですら受け入れられなかったのに、私が説得出来るだろうか。難しいっていうか、無理ゲーだ。


 ぐるぐる、ぐるぐる、思考は同じ場所を巡る。昨日から何も進歩していない。

 否、それどころか、フランメに来てからの私は流されっぱなしだ。なにも決断出来ないまま、優柔不断にふらふらしている。

 情けないなぁ……。


 木の幹に寄りかかり、空を仰ぐ。木漏れ日がキラキラと輝いて、網膜に焼き付いた。


「そういえば……」


 ふと思い出した。そういえば私、薬の原材料である木すら見つけられてない。

 寄り掛かっている木は幹が太いし、葉の形も絵とは異なっているので、これじゃないはず。もっと奥にあるんだろうか。


 探したい。でも、見つけたとしても断わりなく樹皮を剥がして持っていくんじゃ、泥棒と同じじゃないか?

 それに薬の材料は、樹皮だけじゃないだろうし。

 なにより、クーア族の問題から目を逸らして逃げるのは、躊躇われる。


 ――コツン。


「痛っ」


 考え事をする私の額に、何かが落ちてきた。

 痛みに我に返った私の膝には、小さな木の実。あれ、なんか妙な既視感。前にもこんな事、なかったっけ。


 頭を捻りながら見上げると、枝の上で小首を傾げる黒い鳥。つぶらな瞳に悪意なんてある筈もないのに、意地の悪そうな男の顔がダブって見えた。


『尻尾巻いて逃げるなら、いつでも呼んで下さいね』


 村に来た初日、手紙を握りつぶした記憶が蘇る。

 なんでアイツは、一々煽るような言葉選びなんだろう。当時の気持ちまで一緒に蘇り、振り払うように頭を振った。苛々よくない。


「…………」


 無言で深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 そして視線だけで再度、鳥を見上げた。


 さて、どうしたもんか。畑仕事中の人達に気付かれないように、手紙を読むのって、どうしたらいい?

 手を上げたら、おそらく鳥は止まってくれる。だが、それは目立つから却下だ。木の裏側に回るとか……駄目だ、リリーさんに大人しくしていろと怒られる。


 悩みながら小さく唸ると、パサリと軽い羽音と共に、鳥の方から近寄ってきてくれた。

 しかも滑るように静かに。


 このこ、超頭いいな!


 感動しつつも、足の位置を変えて影にしながら、何とか手紙を取り外す。

 靴の隙間にねじ込んでから、リリーさん達の方へと視線を戻した。幸いにも、気付かれていないようだ。


 そっと安堵の息を吐く。

 それから畑仕事が終わるまで大人しくしていたが、手紙の事が頭から離れない。いつもは夜なのに、昼間に手紙を寄越すって事は緊急なんじゃないかと思うと、気になって仕方なかった。


 人目がなくなるとすぐに手紙を開く。

 内容は、至極簡潔。でも、だからこそ。この村の穏やかな日常に浸かり、微睡んでいた私の目を覚まさせてくれた。


 そしてその日の夜。

 私の気持ちを見透かしたかのように、部屋の扉が鳴った。


「はい、……え?」


 立っていたのは、予想外の人。

 目を丸くした私を見て、彼は笑って軽く手を上げた。


「久しぶり。元気だった?」


「ヴォルフさん!」


 元気だったかって、それはこっちのセリフだ。

 そう反射的に口に出そうとして止めた。生まれ故郷で牢屋に入れられて、元気な人なんている訳ない。

 しかし表情筋が鈍い割に、ポーカーフェイスの下手な私の心情は筒抜けだったようで、彼は飄々とした笑みを苦笑に変える。額を軽く小突かれた。


「変な気を遣うんじゃないわよ」


「……はい」


 小突かれた場所を押さえながら頷く。彼は『よし』と呟いて、扉を大きく開いた。


「ある人がアンタを呼んでるわ。一緒に来てくれるかしら?」


「分かりました」


 今度は躊躇わずに頷いた。

 『ある人』とぼかされたが、予想はつく。

 部屋から出ると、廊下に人影はない。人払いまで完了しているとなると、予想は確信に変わった。


「族長さんが呼んでいるんですね?」


 ヴォルフさんは、答えの代わりに目を弓形に細めた。


.


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