第23話 新さん、いっちゃうの?
「おはよう、北川。どうした?」
北川とは恭平を交えて俺の家で飲むこともあったから家を知ってるのだが、アポなしとは珍しい。
というか北川が一人で来ること自体初めてじゃないだろうか。
『えっとですね。喫茶店に行こうと思って歩いてたら、たまたまセンパイの家を通りがかったものですから、ご一緒にモーニングでもどうかなと思いまして』
しきりに前髪を気にしながら話している北川だった。
いつもの理路整然とした様子とは違ってどこかたどたどしい。
なるほど、たまたま俺の家の近くの喫茶店に行こうとしていたのか。
だったらアポなしも頷ける。
『その、ほんとに思いつきで寄っただけなので、ご予定があるなら断って頂いて全然構いませんので……』
「そうだな。誘いは嬉しいんだが、ちょっと今取り込み中だからまた今度でもいいか?」
寧々ちゃんと三好先輩を部屋に残したこの状況で俺が家を出るのはまずい。
それに朝ごはんならもう食べたからモーニングは必要ないし、断っても全然構わないといっていたからまた今度でいいだろう。
『は、はい。また今度……、ですよね』
さっきの発言とは裏腹に、やけに落ち込んでる気がする。
社交辞令だと思われているのだろうか、俺は元部下の誘いを無下にするつもりはないんだが。
「ああ、本当にまた今度行こう。今日中にこちらから連絡するから待っててほしい」
『え、本当ですか! また今度ですね! それでは失礼します!』
やった、と手をあげて帰っていく北川だった。
ドアホンの映像はまだ切れてなかったのでその様子が鮮明に映っていた。
あんなにも喜ぶ姿は初めてみたな。よっぽと美味しいモーニングなのだろう。
一人で行って食べるよりも人と一緒に食べる方が美味しい、というのを知ったからこそ俺にもその気持ちは分かるぞ。
北川の応対が終わって一息つく。
そろそろ戻らないといけない。
なんだが胃がきりきりするが、意を決してリビングへの扉を開ける。
「寧々ちゃんったらほんとに可愛いのね。華奢でお肌もつるつるだし、なにか食事に気を使ってることあるのかしら?」
「食事はね、基本和食で菜食中心かな。寧々の方こそ聞きたいんだけど結衣さんみたいな大人っぽい体つきになるにはどうすればいいの?」
「そうね、週に三から四回はジムで筋トレしてるの。アメリカは日本よりもサプリや健康食品が充実してて便利なのよ」
「そうなんだ、結衣さんすごいね。寧々もジム行こうかな……」
「寧々ちゃんはまだ若いから大丈夫よ」
さっきまでの状況から一変して女子の美容トークに花を咲かせていた。
お互いに下の名前で呼び合って、敬語も砕けているし、いつのまにこんなにも仲良くなっているんだ。
女性というものは分からないな。
まあ、俺が入る隙がないというのは変わらなかった。
「あ、新さん、おかえり」
「おかえりなさい、新くん」
「えっと、ただいま?」
俺が戻ってきたことに気づいた二人が話をやめて、仲良く迎え入れてくれた。
「誰がきたの? 宅配便?」
「いや、会社の元部下だった。モーニングに誘われたけどまた今度って断ってきた」
ぴきっ、と空気に亀裂が入る。
「へえ、新くんに部下ができてたのね、その方は男性なのかしら?」
「いえ、女性です」
ぴきぴき、と亀裂が深くなっていく。
「へえ、新さんって元部下の方にモーニングに誘われるほど慕われてるんだね」
「そうなるのかな。こうして誘われたのは初めてだが、元上司として嬉しい限りだよ」
「「はあ」」
肩を落としてため息をつく二人だった。
この会話の回答におかしなことでもあったか、と俺は考えたが答えはでなかった。
それから俺たちは中断していた朝食を食べ終えるのだった。
今日は休日だったから寧々ちゃんはアルバイトまで勉強を、三好先輩は出かける支度をしていた。
「新くん、私そろそろ行くわね。一時帰国のあいだに日本でやらなくちゃいけないことがあるから」
キャリーケースを持った三好先輩を俺は玄関で見送る。
「急なのに泊めてくれてありがとうね、ご飯とっても美味しかったわよ」
「いえ、結衣さんこそ昨日は俺以上に怒ってくださってありがとうございました」
昨日のことに感謝を告げる。
自分以上に怒ってくれる人をみると胸がすく思いになるし、なにより本気で怒ってくれている姿が嬉しかった。
「え、今、結衣さんって……」
「すみません、結衣ちゃんはちょっとハードルが高いので結衣さんって呼ばせてもらうことにしました」
「結衣ちゃんって呼んでほしいって言ってたこと忘れていいから!」
顔を真っ赤にして言ったあと結衣さんは髪をかき上げた。
「……そうですか」
元上司の命令だ、忘れることにしよう。
それから、こほんと、結衣さんは咳払いをした。
「アメリカ行きの件、また詳しく話す機会を設けようと思っているからまた連絡するわね。じゃあね」
「はい、わかりました。行ってらっしゃい」
「え、……あ。行ってきます!」
結衣さんはしばらく固まったあと、どたたっと走り去っていった。
時間に遅れそうなことに気づいたのだろうか。
キャリーケースの車輪の転がる音と、ハイヒールの小気味良い音がマンションの共用廊下に響いた。
そういえば、最近寧々ちゃんを送り出すときに行ってらっしゃいっていうことが多いから、つい言ってしまったな。
失礼じゃなかっただろうか。
そんなことを考えながら、俺はリビングへと戻る。
「新さん、あの……」
勉強をしていた寧々ちゃんが手を止めて俺の方へと向いていた。
「どうしたんだ?」
「新さんって、アメリカに行くってどういうこと?」
ごめんなさいさっき聞こえちゃって、と俯く寧々ちゃんだった。
玄関での会話が聞こえていたのか。
寧々ちゃんは静かに勉強をしていたから聞こえるのも無理はない。
「謝らなくていいよ。そうだな、結衣さんにアメリカで一緒に仕事をしないかと誘われているのは事実だ」
じっと、寧々ちゃんは黙って聞いていた、続きの言葉を待っているようだった。
「でもまだ詳しい内容をまだ聞いていないというのもあるし、行くかどうかとかなにも決めてないんだ」
「もし、条件が良かったらいっちゃうの?」
「どうだろう。働かなくても一人で生きていくお金ならあるから、お金のために働く必要は今のところないんだ。今以上にお金が欲しくなったらフリーランスのプログラマーをするツテもある」
生活のための労働はもうしなくてもいい。
元々、人付き合いも多くないから世間体を気にすることもない。
だから今のような趣味を楽しむ生活も悪くない。
もし、働くとしたら、あとは自己実現のためになるだろう。
「 教員免許もあるからこの歳からでも教師になるために採用試験を頑張ってもいいかなとかも考えている」
ひと呼吸置いて、俺は続ける。
「恥ずかしながら自分のための人生というのをあまり考えたことがなかったから、選択肢があって悩んでいた。そして昨日結衣さんにアメリカに来ないかと言われて、また悩んでいるんだ。ここじゃない別の土地で生活するのも悪くないなと」
知らない土地で働いている姿を想像する。
やりがいある仕事。自分という人間を求められる環境。
まだ内容を聞いたわけじゃないが、生き生きとしている結衣さんの姿を見ていると期待が膨らむ。
「そっか。新さんならなんだってできるよ。寧々応援してるね」
「ありがとう、そういってもらえて嬉しいよ」
しばしの沈黙のあと、寧々ちゃんは勉強道具を片付けて、バイトへと向かった。
「そろそろ自分の身の振り方を考えなければいけないのかもしれないな」
ひとり残された俺は、いつもより少し広く感じる部屋を見渡しながらつぶやいた。
お読みいただきありがとうございます。
次話は元婚約者sideです。
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