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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-12.Emotion/持たざる者の矜持
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12-(6) 正義感、正義漢

『──これが、貴方がたの知りたかった“真実”の全てです』

 その頃、司令室コンソール横のトレーニングスペース。

 事前に睦月と國子を使って筧・由良両名を誘導しておいた皆人は、リアルタイムでこの戦

いの一部始終を中空のホログラム映像として見せていた。

 あんぐりと口を開けている由良。時間を追うごとに眉間の皺が深くなる筧。

 二人は目の前に現れたそれに中々二の句を継ぐ事ができない。只々、突然目の前に飛び込

んできた情報──曰く真実の数々に脳がショートし、整理・認識という作業をサボタージュ

している。

 彼、司令室コンソール室長・三条皆人は言う。

 この街に、国に、或いは世界に向けて侵食しつつある脅威、越境種アウター

 この電脳の怪物に現代の武器・兵器は通用せず、唯一立ち向かえるのは調律を施したコン

シェル達と、佐原睦月が装着する対アウター用装甲、通称・守護騎士ヴァンガードだけなのだと。

 にわかには信じられなかった。

 だが実際、自分達をここまで誘った組織力、この地下基地。何よりもあのパワードスーツ

の少年に自分達は何度も救われている。

 筧はギリッと唇を噛んだ。脂汗をかき、隣で由良がどうしたものかとこちらを困った顔で

見遣ってきている。

(……何処の御伽噺だよ、こりゃあ)

 性質の悪い冗談だ。

 しかしそれを否定し切ってくれる材料は、もう此処には無い。

『貴方はあいつの──親友の命の恩人です。出来れば手荒な真似はしたくない。ですから、

俺達と手を組みませんか? 警察関係者が身内にいればこの先アウター退治はもっとやり易

くなりますし、何より貴方がたの知りたい情報を、こちらは幾らでも用意できる。悪い話で

は……ないと思いますが』

 遠く頭上、ガラス越しからの再三の皆人の声。

 だが筧は答えなった。ひょ、兵さん……。一方で由良はすっかり気持ち腰を抜かしたよう

に弱気になってしまっている。

『……』

 沈黙が流れた。映し出された画面に、守護騎士ヴァンガードこと睦月が仲間達とくすんだ緑色の──カメ

レオン型の怪物を追い込んでいくさま、音声だけが聞こえる。

「……。嫌だね」

「えっ?」

『嫌? 断るというのですか』

「ああ」

 そしてたっぷりと間を置いて、返したのはノー。隣の由良が、ガラスの向こうの皆人達が

それぞれ驚き、目を細め、その返答に多かれ少なかれの意外を漏らしている。

「な、何言ってんですか!? こ、この状況で逆らって何されるか……」

「それだよ。いいか、若いの。交渉ってのはもっと“対等”な席でやるもんだ。まぁその実

下で足を蹴り合ってるなんてのはざらだがな……。図に乗るなよ。こういうのは“脅迫”っ

て呼ぶんだ」

 それに……。変わらずガラスの向こうから見下ろしてくる皆人に向かって、筧は続けた。

彼に負けず劣らず、一切の恩情もくれてやらぬほどの鋭い眼で言う。

「どれだけ“正義”を語ろうが、てめぇらのやってる事は非合法なんだよ。手を組め? 何

を寝惚けたこと言ってやがる。──刑事デカを、舐めんじゃねぇよ」

 仮に相手がその辺のチンピラだったら、とっくに竦み上がっていたことだろう。

 青褪める由良。しかしガラス向こうの皆人達は、あたかも拒まれるのも想定の内と言わん

ばかりに平静として彼らを見下ろし続けている。

『……。そうですか』

 故に、次の瞬間だった。深くため息をついたように皆人は呟き、スッと小さく指先で何か

の指示を送った。筧らがそれに気付いた時にはもう遅かったのである。

 刹那、それまで何もなかった背後に空間に突如として武装したリアナイザ隊員らが現れ、

一斉にその銃口を二人に──引き金をひいてこれを撃ち放ったのだ。

『……残念です』

 それこそ本当に“予め姿を消していた”かのような。

 かわす暇もなく、かわし切れず、ぐらりと昏倒してその場に倒れ込んだ由良と筧。

 そんな二人を、この皆人の指示で動くリアナイザ隊達が粛々と“回収”し始める。


「ニ、ニゲ──」

 カメレオン・アウターは、やはり自分では敵わないと逃走を図り始めた。残る力を振り絞

って跳躍し、隊員らに取り囲まれている八代を、海沙ごと抱えて透明化し始める。

「逃がすかっ!」

 しかし一度戦い、見た能力である。このまま二度も逃がしはしない。

 睦月はホログラム画面を操作し、新たな武装を呼び出した。國子も“同期”して朧丸の太

刀を一旦腰の鞘に収めて構え、仁も二人のさまを見てこれに倣う。

『ARMS』

『SCOPE THE OWL』

 銃口から白い光球が飛び出し、睦月の手足ではなく、その右目を覆うように装着された。

 はたしてそれは──探査鏡。目を通すレンズの内部では早速熱源探知が始まり、複数個の

デジタルの輪が重なり、透明化したカメレオンの姿を克明に炙り出す。

「……そこだっ!」

『ARMS』

『STICKY THE SPIDER』

 更に追加される武装。今度はその狙い定めた銃口へと新たにロングバレルの銃口が装着さ

れ、先程の探査鏡スコープを通してそのまま一気に引き金がひかれる。

「ンギャッ?!」

 銃弾──ではなかった。言うなれば粘液のようなものだったのだ。

 狙いを定め、確実にヒットさせたねばねば。宙を跳ぼうとしていた矢先のカメレオンは、

そのまま無様に地面に引き戻され、八代も気を失ったままの海沙も同じくどべっと周囲へと

転がり落ちた。粘つく弾薬が、その身動きを急速に封じる。

『よ~し、確保~!』

「とどめです。いきますよ、大江さん」

「え? お、おう……」

 パンドラがホログラム上でガッツポーズを取っていた。

 睦月が「チャージ」のコール。即ち必殺の一撃の準備をする。國子も仁も左右に並び、彼

にならってそれぞれが構える。抜刀の体勢から太刀が紅く光り出し、仁のデュークも正面に

突き出した槍が金色に輝きながら、甲冑全体へとその力を伝えていく。

「ふんっ!」

 腰のホルダーから十二分にエネルギーを蓄えたEXリアナイザはナックルモード。カメレ

オンの正面に飛んできて網状に広がったのは、大きなエネルギー球。

「一刀、必滅……」

「……八代。もう、これで……」

「っ、せいやァァーッ!!」

 睦月が跳んだ。その光の網へ目掛けて、雄叫びを上げながら蹴りを放つ。

 國子が抜いた。朧丸と一体となったその巨大な斬撃は赤い刃となり、襲い掛かる。

 仁がリアナイザに一層の力を込めた。デュークの必殺技──高エネルギーに身を包んだ渾

身の突撃が二人のそれと重なる。

 この間僅か数秒。茜色の蹴りがカメレオンの胸元に吸い込まれ、紅い斬撃がそれを下支え

するように横一文字に叩き込まれ、更にこの二つの裂傷をこじ開けるようにデュークの突撃

が炸裂する。

「ガッ……、アアァァッ?!」

 轟っとひび割れ膨張して、遂にカメレオン・アウターは砕け散った。その爆風で粘着弾の

一部が地面から剥がれ、八代をそのリアナイザ共々したたかに壁に打ち付けて破損、白目を

剥いて気絶させる。

 もう大丈夫の筈だった。三人同時攻撃の残滓がゆっくりと消えてゆき、ややあってすぐに

リアナイザ隊の面々が何はともあれ海沙へと駆け寄って介抱。こちらに振り向き小さくサム

ズアップしてくれたことからも、大事には至らずに済んだらしい。

『……』

 変身を解き、大きく安堵の息をつく。

 慇懃に軽く頭を垂れる國子と、まだぼうっと心ここにあらずといった様子で息を荒げて立

っている仁。

 二人に振り返って、睦月は只々静かに微笑わらう。

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