12-(0) 閉(はこ)の中
「八代、実はお前に訊いておきたい事があるんだけどさ……」
それは文化部棟の廊下。皆人・睦月と物別れし、仁が一人踵を返していた時の事だった。
物陰に隠れていた、先程の一部始終を聞かれていたらしいメンバーの一人。
即ち期せずして人払いのような状況であったのだ。だからこそ、仁は意を決してその抱い
ていた疑問を問い質そうとする。
「どうもな、最近海沙さんをストーカーしている奴がいるっぽいんだよ。俺も話を聞いて自
分なりに調べようとはしたんだがな。……なぁ八代。お前じゃ、ないよな? 妙だとは思っ
てたんだ。お前の、海沙さんの写真は、あまりにも──」
クローズ過ぎる。仁は仲間を疑いたくはないと思いながらも、質さずにはいられない。
対する八代は黙っていた。こちらの戸惑いも、意を決した質問も、まるで磨耗した感情の
中に取り込んで無に返してしまうかのような。
「確かに俺達は彼女のファンだ。でも本人を怖がらせてまで、その姿を追うべきじゃない。
そうだろう?」
「……」
だから仁は次の瞬間、八代の放った言葉に耳を疑った。嘘であってくれ──俺達は同じ人
を好きになった、だけど報われる筈もない“仲間”じゃないか。
「やっぱ勘付いてやがったか。あの時見かけてから、ずっとどうしてやろうかと考えてた」
「八代……?」
自白。現した本性。
仁の頭の中でそんなフレーズが鳴り響き、警告を鳴らす。だが一方でそんな目の前の現実
を認めたくないと、彼の視界は眩暈を起こすようにぐわりと歪んでいく。
「まさかお前。本当に……」
「……」
そして八代は、懐からとある馴染みのある物を取り出した。
リアナイザ。コンシェル同士を戦わせるゲーム・TA用の出力装置である。その……筈
だった。
「悪いが暫く寝てて貰うぜ。俺も忙しいんでな」
やれ。彼が躊躇うことなく引き金をひく。するとそこから現れたのはギョロっとした眼、
くすんだ緑色の身体をした怪物──本来リアナイザのホログラム上でしか動けない筈のコン
シェルだったのだ。
「ひっ……!?」
半ば反射的に、背を向けて逃げる。
だが仁が次の瞬間味わったのは、背中に打ち込まれる、酷く熱い痛みで……。
(──んぅっ……?)
はたして、それから一体どれだけの時間が経ってしまったのだろう。
次に目を覚ました時、そこは何処か狭い場所のようだった。
パッとイメージしたのは、少し大きめの用具入れ。全身が鈍く痛んでいる。あの時受けた
ダメージだろうか。仁はすぐに自分が、手足を縄で縛られ、口にガムテープを貼られている
事に気付いた。
監禁、という奴だろうか。いよいよヤバい事になったな……。痛む傷で未だぼうっとする
意識の中、仁は只々失望と絶望に打ちひしがれる。
(まさか八代が……うちのメンバーが本当に犯人だったなんて……)
それに、あのリアナイザは何だ? もし記憶が確かなら、自分はあの現れた化け物──緑
色のコンシェルに攻撃されたことになる。
コンシェルが人間を襲う? まさか。そんな、馬鹿な事が……。
「っ──」
いや、今はそんな戸惑いに意識を取られている場合ではない。
ややあって仁はある可能性──八代があの化け物を使ってやってきた、やろうとしている
事に予想がついてしまったのだ。
そういえば三条や佐原も、自分のリアナイザを疑っていた。そういう事なのか? にわか
には信じられないが、もし本当にそうなのだとしたら。
(……知らせないと)
思い、必死にもがく。だがおそらく八代によってぐるぐる巻きにされた仁の身体は、うん
ともすんとも自由が効かない。
(何とかして、知らせないと……!)
もがく。ある種の罪悪感とでもいうべき感情が、彼の全身を苛んでいた。
急がなければ。
このままじゃ……海沙さんが危ない。




