11-(1) 彼女の悩み
「──誰かに監視されてる!?」
昼休み。何時ものメンバーで何時もの中庭で。
この日も持ち寄ったお弁当を囲み、突いていた中、そう意を決して口を開いた海沙の相談
に思わず宙が驚きの声を漏らす。
「し~っ! そ、ソラちゃん。声おっきい……」
顔を真っ赤にしながらこの親友の口を押さえる海沙。もごもご、ごめんと言いつつなすが
ままにされている当の宙。
「……」
睦月も、急に何を改まってと聞いていたのだが、その内容にすっかり唖然として箸が止ま
ってしまっている。
「……それは確かなのか?」
「う、うん。一度や二度なら気のせいかもしれないけど、もうここ一週間くらいずっとこん
な調子だから。ふと気付いたら誰かに見られているような気がして、だけど振り返ってみて
も誰もいなくて……。私、不安で……」
代わりに、皆人が全員を代表して話を進め始めていた。國子と復帰した宙、そして睦月も
誰からともなく互いにきゅっと円陣を組み、声量も抑えて気持ちひそひそ声になる。
「そっか……。ごめんね。そんな事になってたのに気付いてあげられなくて」
「他に被害はありませんか? 例えば少しずつ物を盗られている、というような」
「ううん。今はまだそういうのはないかなぁ。ただじ~っと見られている感じがして、気味
が悪くって……」
睦月が力不足を謝り、國子がもう少し突っ込んだ話を訊く。
だが、努めて苦々しいながらも微笑を繕おうとする海沙本人曰く、それ以外の実害は出て
いないらしい。いや、まだ出ていないと言うべきなのか。
睦月は押し黙っていた。
話を聞いて先ず脳裏を過ぎったのは、先日宙を狙ったクリスタル・アウターの一件だ。宙
の次は海沙に……。睦月は追い払おうとも追い払い切れないそんな懸念に圧迫され、つい顔
を顰めてしまっていた。
ちらり。或いは、と思い、こっそり皆人の顔を見る。
返って来たのは小さく横に振られた首。どうやら司令室の側で彼女に用心をしてくれてい
るという訳ではないらしい。或いはまだ越境種であると断定するには早過ぎるという合図か。
「っていうか、それ、ストーカーじゃん」
ずずいと。今度は宙がそう円陣の中の一同に迫るようにして言った。
ストー……?! 他ならぬ海沙自身が叫びそうになり、ハッと自分の口を押さえていた。
睦月や國子がちらと肩越しに、中庭にいる他の生徒達を確認する。だが幸いにも、こうして
集まってお昼を食べているのは公然の事実のようになっていることもあり、多少視線は向け
られども話自体を聞かれてしまっている様子はない。
「……青野。この事、ご両親には?」
「話してないよ。皆が最初。何も分かってないし、やっぱり気のせいかもしれないのに心配
を掛けたくなかったから……」
「うーん。気持ちは分からなくもないけどさぁ。何かあってからじゃ遅いんだよ?」
「そうだよ。……というか、何で昨夜は出歩いてたの? ここ暫くは物騒な事件も続いてる
し、女の子一人でうろうろするのは危ないよ」
「う、うん。そう、だね……」
だから皆人も、そして睦月も至って真面目に彼女からの相談に、不安に応えようとしてい
たのだ。……だけど何故だろう? いざ当日出歩いていた理由について訊ねた瞬間、妙に歯
切れが悪くなったような。
「その……。ちょっと用事があって……」
睦月は越境種という、街に潜む脅威を知っているからこその心配だった。
だがその一方で海沙は、そんな幼馴染の抱えている秘密など知る由もなく、彼女は彼女で
また別の秘密を守るのに必死であったのだ。
──流石に言い出せない。恥ずかしい。
自分がずっと小説を書いていること。それも男女の組み合わせに囚われぬ愛の形を描いた
ものであり、昨夜はちょうど小説賞への応募の為に原稿を投函しに出掛けていたことなど。
(うう、やっぱり言えないよぉ。むー君も皆も、こっちの気はなさそうだしなあ……)
悶々と若干涙目。
紅潮する頬とぐるぐると回る目の中に、大切な幼馴染達の心配そうな顔が映り込む。
「うーん。なら仕方ないけど」
「でも今度からは絶対、誰か一緒に来てくれる人を探すこと。あたしでも睦月でも、いっそ
皆っちの家からSPの一人や二人……」
「ささ、流石にそれはやり過ぎだってぇ!」
わたわた。今度は別の意味で海沙が必死になっていた。気持ちはありがたいが、いくら何
でも大事過ぎる。
「……場合によっては、俺が部門に掛け合うが?」
『えっ』
「そうですね。皆人様の要請とあらば、我々も無碍にはできません」
「マジっすか……」
「あははは。そ、それはともかく。やっぱり一度警察に相談した方がいいんじゃないかな?
勿論、それまでにおじさんとおばさんにも」
尤も、当の御曹司が糞真面目な表情で前向きに検討し始めていたのだが。
國子もしれっと頷いている。友のピンチとあらば、ということなのか。睦月は苦笑いを零
しつつ話を軌道上に戻した。
海沙の性格を考えれば、もし実現してしまえば緊張でカチコチになってしまうのは目に見
えている。それにそこまでして彼女の自由を、日常をこちらから壊してしまいたくはない。
「うーん……。でも……」
「どうだろうな。俺もこのまま警察に丸投げするのは賛成しない。この手の相談は彼らにと
っては有り余っている。本気で動いてくれるとは思えないな」
「……まぁ、そうかもしれないけど」
「それに現状、犯人の目撃もなければ実害も発生していません。彼らが腰を上げる可能性は
かなり低いかと」
だが、尚も躊躇う海沙本人に便乗するように、皆人や國子がこれに異を唱えた。
睦月はぐうの音も出ずに押し黙ってしまう。確かに彼女の言う通り、今はこのストーカー
らしき人物について、何一つはっきりとしたことが無いのだ。
「……よしっ、決めた!」
しかしそんな時だったのである。それまで妙に黙り込んでいた宙が、不意にぎゅっと拳を
握り締めて叫んだ。何を……? その一言、増した声量に、睦月達は思わず一斉に彼女の顔
を見遣る。
「ならあたし達で捜そうよ、その犯人。あたしらの海沙に手を出そうだなんていい度胸して
るじゃない」
『えっ──?』
唖然、驚愕、或いは嘆息。
海沙本人を含めた睦月たち四人の声が綺麗に重なった。
「……」
そんな一同のやり取りを、物陰から遠巻きに覗いている人影がある事に、この時五人は気
付くこともなく。




