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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-8.Seven/家族達(かれら)の肖像
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8-(5) 探り合いの朝

 睦月の目を覚ましたのは、翌朝部屋に差し込んできた日の光だった。

「んっ……」

 瞼の裏を通し越してやって来る刺激。

 手で庇を作る思考もなく、ただゆっくりと眩しさに眉を顰めながら目を開いた睦月は、そ

の古びた天井が見覚えのないものだと気付く。

(……。此処は……?)

 ぼうっとした全身の感覚と思考。

 そして少しずつ睦月は、今自分の置かれている状況を思い出していく。

「──ッ!」

 そうだ。自分はあの時アウター達にやられたんだ。

 H&D社の生産プラントに潜入して、だけどそこに運悪く居合わせてしまった強力な──

おそらく幹部クラスのアウターに襲われ、一度は辛くも脱出しながら追いつかれた。更に援

軍まで連れられて、気付いた時には攻撃を雨霰と受けて水の中に落ちたのだ。

 加えて……睦月ははたとその枕元に自身のデバイスとEXリアナイザ、インカムが一纏め

にして置かれている事にも気付く。

 拙い。気付かれた……?!

 見た感じ、ここは普通のアパートの一室のようだが、だからこそ無関係な人を巻き込む訳

にはいかなかった。

 丁寧に身体のあちこちに巻かれた包帯。皮膚に感じる赤チンの沁み。

 おそらくこの部屋の主は何処かで自分を見つけ、親切にも助けてくれたのだと思われる。

 でも、だからこそ、あまり長居をしてはいけないと思った。

 現状を確認しよう。

 急ぎ、この場所から──。

「んぅ……? おう。目ぇ覚めたか」

 だがしかし、ちょうどそんな時だった。睦月が慌てて辺りを見渡し、動き出そうとしたそ

の物音に気付き、少し遠めから一人の男性の声がする。

 筧だった。どうやら昨夜はソファで眠ったらしい。

 着崩したワイシャツとばさついた髪、まだ少し眠気の残る眼でこちらを見遣りながら、彼

は其処からのそっと起き上がって近付いて来る。

「……っ!? ま──あぐッ!?」

「おいおい、無茶すんな。あんなに傷だらけだったんだ。そんなにビビるなよ。何も取って

食いやしねえから」

「……」

 だから睦月は慌てて逃げようとした。しかし戦いで受けたダメージは確実にその身体を蝕

んでおり、すぐに奔った痛みで動けなくなる。

 筧は苦笑いし、そう宥めるように話し掛けていた。

 片目を痛みを堪えて瞑りながら、睦月は暫しじっとこれを見返し、黙る。

「昨日は大変だったんだぜ? 何となく水路の方を見たら、お前さんが半分水に浸かって倒

れてやがる。病院より近いから……こうして家まで連れて来たんだ。驚かせて悪かったな」

「い、いえ……。その……ありがとう、ございました」

「礼には及ばねぇよ。当然の事をしたまでだ。俺は筧兵悟。それで? お前さんは一体何処

の誰だ? 何であんな所で、ぶっ倒れてた?」

「……」

 言われ慣れているのか、この筧と名乗る中年男性は何の気なしにそう嗤っていた。だが次

の瞬間、語ったそれまでの経緯から当然抱いたと思われる疑問に、睦月は口を噤まざるを得

なかったのである。

「やっぱ、言いたくはねぇ、か……」

 それでも予想はしていたかのように。ふぅと小さく息を吐いて一言。

 筧はこちらに屈んでいた身体を起こし、そっと踵を返した。その動作の中で、彼はちらっ

と枕元に置かれているこのデバイスや白いリアナイザ、インカムに目を遣っている。

「ま、いいがよ。でも……素人が危ねぇ事に首突っ込むんじゃねぇぞ? おっちゃんからの

アドバイスだ」

 気になる。問い詰めたい。

 だがそれを彼は大人として、ぐっと堪え含んだように思えた。睦月は代わりに放たれたそ

んな言葉にも返す台詞が見当たらず、ただじっと小さく唇を噛んで押し黙っている。

「……。とりあえず、飯食うか? 昨夜から何も食ってねぇだろ」


 それから暫くして、二人はテーブルを挟んで朝食を摂り始めた。

 とはいえ、そう大層なものではない。少々焼き過ぎたトーストに固まり切っていない玉子

焼きと、炙った市販のベーコンを乗せただけの漢の料理である。

 もしゃ。それでも疲労と空腹の身体には充分だった。暫く睦月は黙々と、この見知らぬ恩

人が作ってくれた食事を腹の中に送り込む。

「……あの。筧さんは、この部屋にはお一人で?」

「ああ。今は一人だ。昔は嫁さんと娘もいたんだがな。出て行っちまった」

「えっ? あ。す、すみません」

「気にするな。殆ど俺の所為みたいなもんだしな。昔っから仕事ばっかりで全然あいつらに

構ってやれなかった」

 思わず謝りつつも、そっと上目遣いで様子を窺う。

 その実は彼以外にも、自分やパンドラの事を知った者がいないかを確かめる為だった。

 だがその遠回しに放った質問は、この親切な小父さんの過去ふるきずを抉る類であったらしい。

フッと哂い、もしゃもしゃとトーストを齧りながら、彼は何処か遠い風景を眺めているように

思えた。

「お仕事は……何をなさっているんですか?」

「んー。他人のトラブルに割って入る仕事、かな」

 しかし一方的に質問してくる睦月に、若干警戒し始めたのだろう。筧はそう返答をぼかし

つつ、ついっと抜け目ない射抜くような鋭い眼差しを向けた。

 トラブルに、割って入る……。探偵さんかな?

 睦月はぼやっと想像しつつ、されど目の前の眼光に思わずごくりと息を呑む。こういうの

皆人ともの仕事なのだが、もし当たらずといえども遠からずなら益々宜しくない状況ではある。

(……だけど、年上の男の人とご飯を食べるなんて凄い久しぶりだな。見た感じ冴島さんよ

りも一回り二回りは上だし、僕に父さんがいればこんな感じだったんだろうか……)

 そんな中、ふと過ぎった情景。

 何だか気恥ずかしくなった。口の中のトーストを慌てて飲み込み、生温かいコーヒー牛乳

に手をつけて流し込む。

「そういや、怪我はどうだ? 食って落ち着いたら一回病院に連れてってやろうと思うが」

「あ、いえ……お構いなく。それに筧さんもお仕事があるでしょうし」

「今日は日曜だろ。確かに休日平日なんざ関係ねぇがよ。信頼できる後輩にフォローは頼ん

である。昨夜お前の手当をしてくれたのもそいつだ。……それに、俺は元々干されてるよう

なモンだからな。奴らは奴らで俺なしでも回してるさ」

 だから、また話を本筋に戻されかけて睦月は慌てた。親切心なのか、追求心なのか。少な

くともそんな公的な場所を一緒に利用しようとすれば身元などすぐにバレてしまう。

 代わりに睦月は問い返して話題を逸らそうとした。されどすぐに小さく笑われ、身構えの

外からもう一人の関わったらしい人物が出てきてしまう。自嘲。連なって語った彼の面持ち

からは、何処か諦めと、それでも捨て切れない矜持──のようなものが感じられる。

(後輩さん……俺なしでも回す……。探偵さんじゃないのか? 弁護士さん? どこか事務

所に所属してる人なのかな? どちらにしても、ちょっと強面だけど……)

 睦月は内心、悩み始めていた。

 自分を助けてくれた、ここまで親切にしてくれた人に、あまりだんまりを続けてしまうの

は不義理なように思えてきたからだ。

 とはいえ、話す訳にはいかない。守護騎士ヴァンガードの情報は秘匿されなければならない。自分が

そうだと名乗る訳にはいかない。

 さっき枕元を見遣った時、パンドラ──デバイスやEXリアナイザは電源が落ち、沈黙し

ていた。

 ……せめて、この人が席を外してくれれば。

 少なくともあれから一晩は経っている事になる。そうすれば、何とか皆人達にも連絡を取

る事ができるかもしれないのだが……。

「──む?」

 ちょうどそんな時だった。ふと筧の懐からバイブレーションだけの着信音が鳴り出し、彼

がデバイスを取り出して電話に出始めたのだ。

「どうした? ああ、ああ……まただと? 分かった。すぐ行くから持ちこたえろ」

 彼は咄嗟に自分からデバイスを離して応答していたようだったが、睦月は半ば反射的にこ

の通話の内容に耳を澄ませていた。

『大変な事になりました。またテロです! 進坊しんぼうの商店街! 今他の警官達と一緒なんです

が、あいつら滅茶苦茶です。防ぎ切れません! 急ぎ、応援を──』

 ガタッ。通話を切り、筧は洗い物もそこそこに褪黒のスーツを羽織ると身支度を始めた。

ぐいっと残りのコーヒー牛乳を飲み干し、睦月に振り向くと告げる。

「悪い、急用が入った。俺は出掛けてくるけど、安静にしてろよ……?」

 そのままバタバタとアパートを後にしていった筧。カチリと外から鍵が閉まった音が嫌に

耳に響いたが、程なくして睦月はこの好機を逃す手はないと思い直した。テーブルから布団

の方に戻り、枕元に置いたままになっていたデバイスを手に取る。

「パンドラ! パンドラ! 聞こえる? 僕だよ、睦月だよ。起きて! ……。やっぱり壊

れちゃったんだろうか……」

 真っ黒な画面。睦月は呼び掛けたが、半分諦めかけていた。

 しかしである。その直後、ふいっとひとりでにデバイスの電源が入った。起動画面のアニ

メーションが流れ、待ち受けのメイン画面から銀髪のおさげと金属の六翼を持った電脳の少

女が姿を現す。

 睦月は目を丸くした。よく分からないが、自分の声に反応するようになっているのか。

 やがてパンドラはそっとその閉じていた瞳を開き、ぱちくりと数秒、ぼうっと虚ろな目を

見せた後、応える。

『……あっ、マスター! ええっと、私達どうなったんですっけ? ……映像ログを確認。

ああ、そうです。確か脱出途中に強力なアウター達に襲われて……』

「うん。それから大分流されて、親切なおじさんに助けられたんだ。今さっき急用で出て行

っちゃったけど……。それよりパンドラ、大丈夫なの? さっきまで全然反応しなかったし

水路に落ちてリアナイザから何からずぶ濡れになっちゃった筈だけど……」

『ああ、その点ならご安心を。EXリアナイザは戦いに備えて衝撃にも水にもとことん強く

作られていますから。デバイスがその中に挿入されたままなら平気です。さっきまで電源が

落ちていたのは──緊急ロックが働いていたからですね。奴らにボコボコにされて、対アウ

ター用装甲がダメージ限界を突破したのでしょう』

「ええと……? とりあえず無事そうでよかったよ。パンドラ、とにかく一度皆人達に連絡

しよう。きっと心配してる」

 そしてそう、幾つかやり取りを交わし、睦月はパンドラに司令室コンソールへコールするよう頼んだ。

了解です。彼女が電話帳からその番号を指定し、数回呼び出し音が鳴る。

『──睦月!? 睦月なのか? 大丈夫か、今何処にいる!?』

「あ、皆人。うん、僕達なら何とか。親切な人が助けてくれたみたい。……ごめんね、心配

掛けて」

『いや……お前が無事だったなら何だっていい。すぐにそちらの位置を確認する』

『睦月? 睦月? 大丈夫なのね? 怪我はどのくらい? 動ける? 嗚呼、良かった……

本当に良かった……』

「ごめんね。母さんも。その親切な人に手当もして貰ってる。まだあちこち痛むけど、もう

命に別状はないよ」

『そう、そうなの? 嗚呼、良かった。一時はどうなる事かと……』

『……申し訳ありません、睦月さん。貴方を助け切れず』

『私達からも謝らせてくれ。危険を承知とはいえ、君にはあまりに無茶をさせ過ぎた』

「いいんですよ、もう済んだ事です。お気を病まないでください。それよりも、そっちで確

かめて欲しい事があるんです。さっき、僕を助けてくれたおじさんが電話で、またテロが起

きてるから応援に来てくれって言われてて……」

『!? 分かった。すぐに調べる』

 続いて國子らリアナイザ隊と、皆継からの謝罪。

 しかし睦月は彼女を責め立てようなどとは思わなかった。そんな暇だってなかった。早速

筧が先刻電話で話していた断片を伝え、照会を頼んだ。もしかして……。睦月には既にある

種の予感があったのだ。

『──ああ。ビンゴだ、睦月』

 そして程なくして、デバイス越しに皆人が応答する。

『少し前だ。街でアウターらしき者達が暴れ始めた』

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