8-(3) 睦月(かれ)は何処だ
時を前後して、司令室。
一同は突如ロストした睦月の反応を捜すべく、人員総出の大わらわに陥っていた。
帰還するとの連絡の直後、聞こえてきた何者か達の声。
慌ててEXリアナイザとパンドラに回線を繋いで映像を出したものの、次の瞬間には睦月
は雨霰とダメージを受け、水の中──らしき場所へと飛び込んでしまった。
「そっちはどうだ?」
「駄目だ、通じない!」
「カンフル剤急げ! またバイタルが下がった!」
制御卓にかじり付く面々はありとあらゆる通信網を経由し、反応の消えた睦月とパンドラ
の行方を捜していた。一方で白衣姿の医療要員と研究部門の一部は、同期によるダメージの
共有によって未だ目を覚まさないリアナイザ隊員達に繋がる計器の一挙手一投足に、右へ左
への賢明な治療を続けている。
「……申し訳ございません。私達がついていながら」
「自分達だけ、先に逃げて来てしまいました」
「このまま睦月君が見つからなかったら、俺達は──」
「……先に逃げろと言ったのはその睦月なんだろう? ログを持ち帰れと。ならその悔やみ
はあいつの意志を踏み躙るものだ。……馬鹿だからな。自分を犠牲にしてでも、誰かを助け
ようとする。そんな奴だ」
事務用の固いソファに腰掛け、國子以下何とか生還した三人が自責の念に駆られている。
だが壁面のディスプレイ群を見つめたままの皆人は、そう静かに、有無を言わさぬような
声色でこれを遮る。
司令……。この隊員達、制御卓でキーボードを叩く職員など周囲の幾人かがちらと彼の気
持ち上向きの横顔を見遣っていた。
聞きようによっては非情とも取れる発言。
だが、國子やその幾人かは、そんな彼の拳がギリギリと密かに軋むほど握り締められてい
たのを見逃さなかった。
「直前の映像から、睦月はおそらく用水路に落ちたものと思われる」
「そう言われましても……。ポートランドには一体どれだけ同じような箇所があるんです?」
「最後に反応があった付近から、水路の流れを計算しなきゃ駄目ですね」
「人を遣れれば一番いいんですけど……」
「すぐには無理だ。奴らもきっと睦月を捜しているだろう。生産プラントから離脱したとは
いえ、向こうは今敵の陣地だと言っていい。ただでさえ激減してしまったこちらの兵力を、
そんな危険度の高まった場所に無策のまま送り返すのは自殺行為だ」
あれやこれや。皆人や司令室の職員、映像越しの皆継達がお互いに今取れうる最善の手を
探っていた。壁面のディスプレイ上には早速ポートランド全域の水路図が呼び出され、睦月
と最後に通信した地点から幾つか、その落下箇所の予測を立てて計算を走らせ始めている。
『……しかし佐原博士。睦月君は水の中で無理だとして、パンドラ・コンシェルまでもが応
答不能というのはあり得るのかな? アウター達との戦いに備えて、対衝撃も防水も、あれ
には可能な限り強化が施されていた筈だが……』
「はい。それに関してでしたら、一つだけ。パンドラ及びEXリアナイザは、機密保持の為
に一定以上のダメージを受けると、自動的にそのシステムの殆どをロック状態にするプログ
ラムが組み込まれています。直前の様子からも、その発動条件に足るほどのダメージであっ
たことはほぼ確定と言っていいでしょう」
更に、映像越しに問うてきた皆継に、ちらと目を遣ってから香月が答えた。
その目は息子の危機に泣き腫らし、真っ赤になりつつあったが、それでも彼女は目の前の
デスクトップPCと向き合いながら気丈に振る舞い続けている。
「現在、遠隔から挙動履歴を照会しています。もしそうだとすれば、パンドラに向けてシグ
ナルを送っても反応は見込めません。装置の方──EXリアナイザの位置情報から探らなけ
れば、二人の現在地を特定するのは困難です。……流されても、あの子がリアナイザを手放
していなければの話、ですが」
『……』
皆継や國子、場の少なからぬ面々がそんな彼女の言葉を聞いて暗くなり、押し黙った。
激しく叩かれるキーボードの音。
それでも只々、香月は母として対策チームの一員として、この画面上を流れてゆく無尽蔵
な数値の羅列と闘い続ける。祈りと代えるように没頭する。
(お願い、睦月。無事でいて……!)




