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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-68.Rebellion/なら我々は、叩き潰そう
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68-(4) 非原典(ノン・オリジン)

 時を前後して、飛鳥崎某所。薄暗く人気のない屋内で、勇は目を覚ました。随分と長く意

識を手放してしまっていたようで、全身が酷く重い──いや実際に、顔から何からが傷だら

けで、じくじくと痛んでいた。妙に冷たいと感じたのは、自らの手首足首に嵌められた金属

枷の所為だと気付く。壁に張り付けられ、囚われているのだと。

(此処は……何処だ? あれから俺は、どうなったんだ……?)

 まだ意識は朦朧とし、視界は定まらない。

 それでも彼は、今自分が“ヒトの姿”であることと、あの時一緒にいたもう一人の姿が見

えないことで徐々に直近の記憶を思い出していた。思い出して、悔しさが蘇った。

 ──そうだ。俺達は敗けたんだ。召集に託け、市中の個体らを引き連れて、俺とプライド

さんは奴らに反乱を試みた。海外組。リチャードCEOとその秘書、ボディガードの三人を

直接倒して“七席”の主導権を奪い返そうと。

 だが、結果は散々なものだった。俺達はそもそも、あいつらのことをよく知らな過ぎた。

 リチャードが人体実験か何かで、半分アウターと化した存在だという事実も衝撃的だった

が、何よりもあの秘書が曲者だった。罠だった。確かヒューゴと呼ばれていたか。

 あいつは“能力を無効化する能力”を持つアウターだった。龍咆騎士ヴァハムートに変身した俺も、プ

ライドさんの処刑能力も、あいつの放った波動で掻き消されてしまった。強制的に変身を解

除されて、大きくできた隙を突かれて。プライドさんはリチャードの……電球の剥き出し部

分みたいな左腕から放たれた雷光をもろに受けて“消滅”してしまった。俺の目の前で、碌

に抵抗もできずに塵となって消えてしまったんだ。

 俺ももう一人の側近、ボディガードのレイモンドから垂れた毒っぽい触手にぶん殴られ、

そのまま意識を失った……のだと思う。

(……畜生)

 声に出せないほどに消耗、憔悴した表情かおで、勇は内心悪態をごちた。自らの無力さに言い

ようのない苛立ちが湧いてきていた。


『お前は気付いていないかもしれないが、シンはお前やラスト、原典オリジナルが特定個人ではないタ

イプに期待の目を向けている傾向にある。それは私達“七席”の中にあっても同様だ』

 記憶の片隅に蘇るのは、シンからの指示で市中に潜んでいた個体達に召集を掛けて回って

いた頃、そのタイミングに託けてプライドが、自身の配下に引き込み反撃の機会を狙ってい

た最中のやり取りだった。勇は夜の飛鳥崎、傘下入りを取り付けて一旦いそいそ隠れ直して

ゆく個体達を見下ろすプライドに、ふとそんな事実はなしを告げられていた。最初は何と応えたら

いいのか分からなかった。

『私を含めた多くの個体のように、原典オリジナルから受け継いだ記憶や拘りに囚われていては、更な

る高みには昇れないと見立てているのだろう。だからこそシンも、私がお前を最後の“七席”

に推挙した際、歓迎したのだと考えている』

『……』

 勇は静かに眉を顰めていた。その言い方は、まるでプライドさんが彼から見放されている

という風に聞こえる。何より他ならぬプライドさん自身が、そのことを自覚し、どうにもな

らないと認めているかのようで。

『だったら何で、“七席”なんてものを用意したんです?』

『一番の理由は保険と役割だろうな。高みに昇り得る個体を選別するにしても、ある程度の

母数をキープしておいた方が確率は上がる。何よりそれまでの時間稼ぎ──人間社会の側に

根回しをする要員がどうしても必要となる』

 それがプライドさんが担っていた、飛鳥崎当局への浸透工作なのだろう。一度その役割も

守護騎士ヴァンガード達に無茶苦茶にされ、事実上外された。その経験が彼に改めて冷静な理路を作らせ

たと見える。だが。

『──』

 そう語るプライドさんの横顔、声色の端々に、影の濃い苛立ちや失意が身を潜めているよ

うに自分には思えて……。

『知っての通り、スロースが死んだ。半ば自殺ドロップアウトのようなものだが。以前よりも私達“七席”

は、シンに見限られつつある。実に不愉快だ。そんなもの、私のプライドが許さない』

 だからこその蜂起。物理的に海外組がいなくなれば、シンも再びこちらに目的のリソース

を割かざるを得ないと考えたのだと思う。内心、彼の性格的にその可能性は限りなく低いと

理解していても。

エンヴィー。もし私がやられても、お前は生きろ。お前が高みに昇ってくれさえすれば、お前を選

んだ私の眼も報われる──』


(俺はヒトを辞めてまで、あんたについてきたっていうのに。勝手な……)

 困惑と憤り。勇があの時も、再び目覚めたこの瞬間も正直抱いていたのは、最期の最期ま

で自分の“自尊心プライド”の為に願いを託した彼への失望だった。

 いや、端から利用されているそんなことは解っていた筈だ。その上で世を恨み、佐原睦月を羨み、

こちら側に付いた。弟の無念を晴らし、二度と繰り返させない為の力が欲しかった。

「はっ……」

 だがそんな力も、所詮は借り物。自分は何も変わっちゃあいなかったんだ。

 全身に残ったダメージ故に細くしか出ない声で、勇は独り自嘲わらった。プライドさんとまと

めて、用済みになったらこんなものか。今更だが、どうせなら反対側についた方が良かった

のか? それともあの時託されたように、俺自身が高みに昇れさえすれば──。

「!?」

 ちょうど、そんな時だったのだ。不意に勇の眼下、ちょうど暗がりの向こう側の一部が左

右にスライドして開き、光が差し込んでくる。逆光と、薄闇に目が慣れてしまっていたため

はっきりとは見えなかったが、何人かの人影がこの屋内へと入って来たようだ。

(あれは……シンと、リチャード……?)

 四肢を壁の金属枷で繋がれたまま、囚われの勇はそっと目を凝らす。カツ、カツンと、見

覚えのある複数のシルエットが、互いに何やら話をしながら歩を進めて来るのが見える。

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