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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-67.Rebellion/席がまた、一つ欠けて
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67-(0) 絶望の幕

(二人とも揃って、記憶が無い……??)

 ようやく淡雪の居場所を探り当て、突入した睦月達及び筧ら一行は、予期せぬ事態に──

顛末に見舞われて動揺していた。彼女が監禁されていた場に、由香の父・誠明までもが捕ら

われていたのも然る事ながら、この二人がまるで別人のように変貌していたからである。

 どうやら、こちらの顔は全く憶えていないらしい。大人数で押し掛けてきたさまに、酷く

怯えをみせている。

「ね、ねえ、皆っち。まさかとは思うんだけど……」

「そのまさかだろうな。少なくとも、三人が三人とも演技をしているようには見えない」

 Mr.カノンとクルーエル・ブルー。それぞれのコンシェルに同期した姿でこの状況を問

うた宙に、皆人はじっと視線を淡雪・誠明の両名から逸らさぬまま応えていた。

 記憶喪失。仲間達が思わず言葉を失う中、その手の性質が絡む異変は、こと宙にとっても

元水泳部ふるすの因縁がある。以前香月が皆に説明した限りでも、特定の記憶を恣意的に取り払う

というのは難しかった筈だが……。

「──」

 そうこうしている内に、部屋の隅で項垂れていた黒斗も意識を取り戻したようだった。正

確にはようやく、こちらが追い付いて来たことを認識できて顔を上げたといったところか。

尚もその瞳はショックのまま虚ろで、頭をもたげた動作も緩慢だ。

「……っ! ……っ!」

 原因は言わずもがな、視線の向こうでへたり込んだまま後退りを続けている淡雪にある。

 ゆっくりと顔を上げた黒斗を視界の端に捉えつつ、睦月達は互いに目配せをし合った。一

方で誠明が比較的大人しいのは、錯乱する彼女を間近に見、己の分のテンションまで取られ

てしまった所為だと思われる。

「せ、先輩、落ち着いてください」

「そうだぜ? 俺達はあんたらを助けに──」

「嫌ぁぁぁぁーっ!! 来ないで、来ないでぇぇぇぇーッ!!」

 しかし厄介な事になった。今こうして乗り込んできた状態こそが、彼女の現状に対して悪

手になってしまったことに一行は程なくして気付かされる。睦月や二見、何人かの面々がど

うにか淡雪・誠明の両名を宥めようと試みるも、こと彼女の方はよりパニックになって叫ん

でしまう。恐怖で溢れる涙に、えも言われぬ罪悪感が込み上げる。

 ……まだ敵が内部を守っているかもしれない。そう警戒し、睦月や筧達を除く面々がコン

シェルとの同期を解かなかった──見た目だけならば“怪人”の一団と間違われても言い訳

できない見てくれで突入したのが裏目に出ていた。

 まさかそんなことになっているとは想定していなかったとはいえ、事情も何もごっそり忘

れてしまい、身の回り全てが情報過多で敏感になっている最中で、これは悪手と言わざるを

得ないだろう。本人に口振りからして、自分達よりも前に黒斗も同様のミスを犯してしまっ

ている。拍車が掛かるのも無理からぬことだ。

「あ、貴方達も仲間じゃあないんですか!? 私とそこの方を、こんな所に閉じ込めた誰か

さんの! 大体、後ろの化けも──」

 だが不信感を露わにする彼女を、文字通り物理的に黙らせたのは、直後その首元に手刀を

打ち込んだ朧丸くにこだった。錯乱して視線がブレる中、隙を突いて透化。背後に回ってタイミン

グを待っていたようである。

「何だ?! 一体、何をす──」

 加えて弾かれたように、崩れ落ちた彼女を見遣った瞬間を突き、誠明もまた筧の手によっ

て気絶させられていた。眉間に深い皺を寄せ、当の筧自身も苦渋の決断といった表情を浮か

べてごちる。

「すまねえな。ちっとばかし眠っててくれ」

『……』

 ある意味、プロな二人の手による強硬策。睦月達多くのメンバーは淡雪と誠明に申し訳な

さを覚えたものの、これ以上疑われたり警戒されてしまっては二進も三進もいかなかった。

とにかく状況をリセットしなければならない。

「助かりました。國子も、すまない」

「いえ」

「そう思うんなら、さっさと現地こっち来いよ。半分はお前らがコンシェルのまま突っ込んだ所為

だろうが」

「……否定できないね」

「あ、あのっ。お父さんは大丈夫なんです……?」

 気を失ってだらんとしている淡雪と誠明を、筧や二見、睦月といった生身の面子が支えて

運び出し始めた。念の為もう一度周りを確認してみるが、他に捕らわれていたような第三者

は居ない。力なく肩を竦めるジークフリート、もとい冴島。由香も、父に肩を貸すようにこ

れを動かしてゆく筧の後ろ姿を追いながら、現場の空き家を後にする。

 去り際、淡雪を運ぶ睦月とそれを手伝う対策チームの面々に交じりながら、コンシェル姿

の皆人が黒斗へと呼び掛けた。

「お前も来い。何はともあれ、二人を安全な場所に移さなければ」

「──」

 彼の反応は鈍かった。

 しかしコクンと、辛うじて僅かな首肯だけは見出せる。

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