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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-66.Because/貴女への小夜曲(セレナード)
509/526

66-(5) 昏く燃えて

 また邪魔をしに来るのではないかと警戒はしていたが……予想以上に早い。しかも睦月君

達の側ではなく、こちら側に。

「皆、遮蔽物に隠れろ! 攻撃の方向を限定するんだ!」

 昨夜現れた蜂型のアウターに再び襲われ、冴島以下現場のリザナイザ隊士らは苦戦を強い

られていた。慌てて隊列を整えようとする間も、無数に細分化した群れに狙われる。冴島は

召喚したジークフリートに露払いをさせつつ、皆に叫んでいた。

 ここはほぼ屋外。細分体に三六〇度、全方位から攻めて立られればひとたまりもない。作

業場跡の母屋や、周囲に点在する瓦礫の山。隊士達は手近な物陰に滑り込み、或いは急を報

せる為に司令室コンソールへ通信を繋いでいた。冴島も、ジークフリートを風の流動化状態にさせ、渦

巻く風の壁で仲間達を庇う。

「──舐メルナ!」

 しかし対するワスプは、細分化させていた身体を幾つかの塊に再編成。両手や尻部の円錐

針を引っ提げ突撃し、瓦礫や風の壁をぶち抜いて攻撃してきたのだった。「ぐわーッ!?」

盛大に吹き飛ばされ、土埃と共に巻き上げられる隊士とそのコンシェル達。どうどうと次々

に地面に転がり、頼みの遮蔽物はごっそりと失われる。

(拙い……。やはり風ではなく、火の流動化で囲うべきだったか? いや、それでは生身の

皆まで焼いてしまう……)

 空間自体を限定的にしようとした判断が、結局自分達を窮地に追い遣ってしまった。

『TRINITY』『BLAZE』

『TRINITY』『BLAST』

「どっ──せいッ!!」

 だが、次の瞬間だった。絶体絶命と覚悟した冴島達に向けられたワスプの続く攻撃を、間

に割って入って撃ち返した者達がいた。聞き覚えのある電子音声と、軌跡を描く炎と冷気。

赤と青、獅子騎士トリニティに変身した筧と二見が駆けつけて来たのだ。

「筧刑事?!」

「た、助かった……」

「すみません。恩に着ます」

「……勘違いするな。連中を倒すのは俺達だ」

 幅広剣と長棍、めいめいの得物をぶんと振るって冴島達の前に立つ筧と二見。何とか窮地

は脱した。礼を言う彼に、背を向けたままの筧はにべもない。

「自分を細切れにする能力か……。こりゃあ、頭数なんざ関係ねえな。防戦じゃあ向こうを

利するだけか」

 無数の蟲の塊となって突撃するも、二人に防がれて上空へ退避。忌々しげに睨み付けてく

るワスプ。筧ことブレイズは、二見ことブラストと共に、これを見上げて相手の特性を改め

て推し量っていた。轟、と装甲の各所から炎熱を熾しつつ、叫ぶ。

「額賀、ガンガン押せ! 少しでも、あいつらを作っている細切れを薙ぎ払う!」

「うッス!」

 故に再びぶつかり合った両者は、直後激しい打ち合いを繰り広げることになった。縦横無

尽に分散・集結を繰り返すワスプの変則軌道を、ブレイズは大きく円を描くような炎の斬撃

で焼き払う。片や、後方の冴島やリアナイザ隊士達を狙う他の細分体らも、ブラストが面々

を囲うように分厚い氷の壁を迫り出させて防御。今度はより高密度だからか、ワスプの針刺

突も、表面を多少抉る程度で貫き切れない。

「ッ……!」

「逃がす、かよっ!!」

 更に二見ブラストは、追撃と言わんばかりに棍棒の尻で地面をダンッ! 渦巻く冷気を纏わせなが

ら叩いて“ゆっくり波”を周囲に解き放った。変則軌道と強襲を防がれ、再三距離を取り直

そうとするワスプを、近くの隊士達ごとその効力で“ゆっくり”──超鈍速化に陥らせる。

「!? ムッ──」

「ちょっ!? 待て、おま──」

「俺達、まで、巻き込──」

 当然だが、淡い青の光を浴びながら強制スローモーションになってゆくのは、敵のワスプ

だけではない。彼が放った技を知っているからこそ、或いは一部の者は過去にも受けたこと

があるからこそ、慌てて止めようと叫んだ。しかしその言葉は途中で“ゆっくり”となって

間延びするように途切れ、当のブラストこと青いパワードスーツ越しの二見も、ヒュンと棍

棒を肩に乗せ直してから彼らをちらりと見遣る。

「守られといて、文句言うな」


「ワスプが出現したた! 急いで向かうぞ!」

 一方その頃、司令室コンソール経由で報せを受けた睦月達は、密談を切り上げて部活棟の屋上へと続

く階段を駆け上っていた。恵にはざっと大まかに状況を話し、安全の為にも別れてもらうこ

とにする。

 部活棟の屋上からは、そこまで高高度ではないが飛鳥崎の街並みを覗くことができた。救

援の通信があった場所──件の作業場跡方面を向いて、睦月達はめいめいのEX・調律両リ

アナイザを取り出す。

「睦月、お前は先に飛んで行け。計器を含めた物的証拠を潰されてしまえば、益々奴らを追

いかけるのに時間が掛かってしまう。俺達は大江の鉄白馬チャリオットで後から行く。自分達の抜け殻を

放っておく訳にはいかないからな」

「分かった」

 皆人にそう指示を受け、睦月はその場でホーク・コンシェルに換装。その飛行能力で作業

場跡へ先行する運びとなった。皆人以下残りの面々は、一旦司令室コンソールへ移動。その上で同期し

たコンシェル達を、仁のグレートデュークに乗せてもらった上で合流するとのこと。

「ったく……。よりにもよって昨日の今日に……」

「そりゃあもう、逃げ直す時間が稼げたからじゃない?」

「……いや、逆だ。余裕が無いからこそ、もう片方である俺達を止めに掛かっているんだ」

 ぼやく仁や宙とは裏腹に、皆人は終始眉間に皺を寄せっ放しだった。どちらにしても、自

分達と黒斗との合流、内情漏洩は“蝕卓ファミリー”にとって都合が悪い。再び追って来られる面倒以

上に、そうなる前に更なる時間稼ぎが必要だと判断したのではないか──彼の語る推論は、

大よそそのような内容だった。

(或いは少しでも、牧野黒斗を“孤立させる”為……?)

 だが皆人の、内心もう一つの疑念は、直後自分達の側方をすっ飛んで行く由香及び怪人態

のブリッツによって文字通り吹き飛ばされた。ハッと我に返り、びっくりして一様に視線を

追った。しっかりとおんぶされた格好の由香は、同じくブリッツが次々と前方に放つ磁力弾

と引き合う磁力を自分達に纏わせながら、あっという間にビル群の合間を猛スピードで駆け

抜けてゆく。跳んではぐんと引き寄せられ、消えてゆく。

「……何、あれ」

「へえ。あんな使い方ができるんだなあ」

「ポートランドの、西第四倉庫での経験から編み出したのでしょう。中々に侮れない機動力

ですね」

 たっぷり数拍ポカンとしていた仲間達に、國子が淡々と答える。睦月も予想外の高速移動

に、パワードスーツの下からランプ目を明滅させて瞬いている。

「今日だけ、しれっと登校していると思ったら……」

「聞き耳を立てていましたからね」

『えっ?』

「気付いてなかったのか。俺達よりも先に、隣の部室に隠れていたようだぞ」

 だからこそしれっと、國子や皆人──訓練された経験のある二人が明かした内容に、仁や

宙、海沙に部員達といった他の面々が目を丸くして驚く。曰く、確かに向こうは敵愾心こそ

あれど、こちらとしては現状頭数に入るに越した事はない……と。

「聞いてねえよ……」

「本当、あんたらときたら……」

 一度ならず二度までも。

 説明不足というか、またしても策略の類が自分達の知らぬ間に進んでいたことを知り、仁

と宙がジト目を寄越している。海沙が苦笑いを零している。尤も当の皆人や國子、阿吽の呼

吸で由香を見て見ぬふりをしていた二人に懲りた様子は無かったが。

「あはは……」

 睦月もまた、そんな皆の隣で苦笑いを零す。うんうんと、EXリアナイザの中のパンドラ

もわざとらしく、腕組みをして何度も頷いている。

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