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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-66.Because/貴女への小夜曲(セレナード)
508/526

66-(4) 由香の不承

 コソコソと、慎重に慎重を重ねた忍び足で、由香は一人密かに部屋を抜け出した。

 場所は学園コクガクの文化部部室棟。睦月達が集まる電脳研の隣室である。タイミングはそんな彼

らが恵を加え、話し込んでいた最終盤。由香は部室棟本体から十分距離を取り直した上で、

制服のポケットからデバイスを出した。電話を掛けた先は、目下別行動中の筧と二見だ。

「──そうか。そいつは有力な情報いいはなしを聞いた。奴らの妙な動きも、確かにそれで説明がつく」

 昨夜の内に見つけておいた、淡雪の旧監禁先と思われる作業場跡。筧と二見はその全景が

窺える、近くの給水タンクの上に座っていた。由香からの報告を受け、デバイス越しに筧は

スッと目を細めている。二人の眼下、例の作業場跡では、冴島隊を含むリアナイザ隊士達が

今朝から計測機器を持ち込んでローラー作戦を行っていた。彼女が二人と別行動、登校して

いたのは、睦月以下対策チームの動向から情報を抜く為である。

『はい……。でもやっぱり、いい気はしません……』

 通話の向こうでしょぼんと、元気のなさそうな由香の声が聞こえる。

 彼女が電脳研の隣室に忍び込んだ方法は、ブリッツの磁力で施錠部分を開け、睦月達より

も早く潜んで待つ──有り体に言えば不法侵入だったからというのもある。何より彼らの、

途中から訪ねてきた恵の話を聞いてしまったことも大きい。

「百瀬恵って確か、文武祭で演説をぶち上げてた人ッスよね?」

「ああ。従わない個体やつは軒並み粛清って感じらしいな。彼女には悪いが、その犠牲のお陰で

こっちも色々と合点がいった」

 隣で聞き耳を立てていた二見と共に、筧はぽつりと。視線はじっと眼下の冴島達を捉えた

ままながら、思考は既に急ピッチで点と点を結ぶべく回り出している。

 先日、市中に潜む個体達に下された“召集”命令。或いはそのタイミングに託け、幹部達

すら含めた粛清──もとい選別。皆人が推測していた通り、敵の目的はもっと私的な何かな

のかもしれない。

(こっちも、呑気にやってる場合じゃねえな……)

 じっと細めた目が数拍、何処か此処ではない遠くを見据える。筧は集まってくる情報の濁

流を己が身で堰き止めるが如く、改めて今後の戦いが更に厳しくなるであろうことを悟って

いた。

 敵の戦力や質が凝縮されてゆけばゆくほど、只でさえ少人数な自分達は益々不利になる。

蝕卓ファミリー対対策チーム・政府連合の構図が益々色濃くなる。

「ともかく今は、連中よりも先に牧野黒斗と藤城嬢をキープしたいところだな。あいつが俺

達の前から去って行った方向と、あの作業場の位置関係から、追い直したっつー方角は大よ

そ絞れる」

 傍らで聞いている二見にも目配せをしつつ。通話越しにそう由香へ次なる方針を伝え始め

る筧。刑事時代の経験から、逃亡する犯人はなるべく前居たエリアよりも遠くへという心理

が働く。且つ方角的にUターンになるような導線は、意識・無意識の内で避けたがることも

知っている。

「七波君。君は“放課後”にこっちへ合流して来てくれ。それまでに俺は額賀と大体の目星

を付けておくよ」

『えっ? でも……』

 だからこそ、由香は少なからず躊躇ったようだった。

 おそらくは折角登校したのだから、せめて“学生”をやらせてあげたいという筧の計らい

なのだろう。しかし目下の状況が状況だけに、彼女も悠長に学生生活を送る余裕などないの

が本音だった。

 只でさえ今日は、睦月達の動向を盗み聞きするような真似──その為に登校していた節が

ある。不服そうな彼女に、筧は努めてフッと電話口で苦笑わらう。

「心配するな。ブレイズ達が牧野黒斗の反応を憶えている。あいつが向かった先は、イコー

ル藤城嬢の居場所の筈だ。絞った方向を手分けして追って行きゃあ、連中が移した潜伏先も

きっと見つかる」

『……はい』

 最後の最後まで、不承不承といった様子は変わらなかった。だがそれでも彼からの指示を

受け、由香は一旦学園コクガクに残ることにする。大よその情報は抜いたとはいえ、また追加で二人

に報告できるタイミングがあるかもしれない。

(ん……?)

 だがちょうど、そんな時だったのである。

 にわかに眼下の作業場跡が、冴島以下リアナイザ隊の面々が、一斉に騒がしくなった。ピ

クンと耳に届いた二見、次いで通話を切る寸前だった筧がその異変に気付いて立ち上がり、

視線を下ろす。そこには冴島達の前に現れ、これを襲い始めている無数の塵──いや、蟲の

大群の姿があった。

「て、敵襲! 敵襲-ッ!!」

「総員、戦闘態勢! 防御を固めろ! 機材だけは絶対に守れ!」

『──』

 再び現れたワスプ。細分化能力を有する、ブリンク・ワスプ・アウターである。

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