66-(3) 皆人達の密談(後編)
明らかに様子のおかしい恵の話を聞き、睦月達は一様に表情を強張らせていた。彼女を襲
った突然の別離に掛ける言葉が見つからなかっただけではない。それ以上に一連の証言が、
今まさに自分達がぶつかっていた謎を紐解くピースだったからだ。
「耕士郎さんが、そんな」
「幹部が直々にって……マジかよ」
「……」
曰く耕士郎ことアイズの命を奪ったのは、蝕卓“七席”の一人・ラース。
街の路地を通っていた際に突如として現れ、自らが止める暇もなく敗北──文字通り己の身
を犠牲にして逃がしてくれたのだという。
恵本人は言わずもがな、それは睦月達にとってもあまりに突然の報せだった。呆気なさ過
ぎる最期だった。絶句していた海沙がようやくそう、絞り出すようにして呟き、仁もギリッ
と奥歯を噛み締めてその事実の深刻さを受け止めている。
「益々訳が分かんなくなってきたんだけど……。自分達で街中にばら撒いておいて、何で今
になって殺すのよ? 召集してるのに減らしたら意味ないじゃない」
「選別……だろうな。幹部達各々の裁量がどれほど認められているのかは分からないが、先
輩の話を聞く限り、奴らは明確に何か新しい段階に備えた行動へ移っているように思える。
移動を含め、市中の個体数が減少傾向にあるのは、以前より司令室でも把握していた。あれ
はこの兆しだったんだろう」
ざっと耳を傾けるだけでは、あたかも矛盾しているような状況。
だが皆人は、じっと目を細めて頭の中の情報を掘り返し、そう混乱する宙などの仲間達に
も伝わるよう噛み砕く。
「うん。私もそう思う。だから報せなくちゃって思った。きっとコウシローも、それを望ん
でいると思うから」
「百瀬先輩……」
泣き腫らした痕の上からまた、じわりとその時の事を思い出して涙しそうになる恵。
だが悲しみに暮れるよりも、彼女は睦月達に報せて活かすことを選んだ。それがきっと、
己を犠牲にしてまで自分を守ってくれたアイズの遺志に叶うと信じて。
「……つまり彼らの目的は、アウター達の武力による社会の転覆や、支配ではないと?」
奇しくも自分達が首を傾げていた疑問、その答えとなる仮説は、彼女のもたらした情報に
よってほぼ確定となった。蝕卓における変化の一因、ないし影響。個体数を幹部級自らが間
引いているとなれば、やはりアウター達の拡散は“手段”であって“目的”ではなかったこ
とになる。
「ああ。H&D社がリアナイザそのものを禁制にしたのも、同じく裏付けになるだろう」
「? “蝕卓”とH&D社は、必ずしもイコールじゃないんじゃねえの?」
「そうだよ~。中央署の時みたいに、一部のお偉いさんだけって可能性も十分あるし。大体
全部グルだったら、自分で自分の首を絞めてるようなモンじゃん」
「それこそ“目的”の為ならば、末端の社員や市場への影響など度外視しているのかもしれ
ないぞ? 少なくとも、割合こそ不明だが、両者は繋がっている。だからこそ梅津大臣達は
今も怪しみ、調査の為に俺達と手を組んでくれた」
「う? うん……」
「それに言っただろう? そもそも勢力拡大だけが“目的”なら、こんな自縄自縛な──回
りくどい策は選ばない。始めから当局よりも更に上、それこそ政府の側に入り込んで掌握を
済ませていた筈だ」
「……確かに」
「なのに今になって、十中八九“蝕卓”が絡んでいるクーデターが起きた。何故だ? 自分
達の“目的”がいよいよもって邪魔されると踏んだからだろう?」
『っ──!?』
國子の確認するような問い掛けに応じつつ、皆人は言う。仁や宙、他の仲間達からの疑問
にも順を追って理を説き、寧ろ逆説的に目下の状況に辻褄を合わせ始める。故に昨夜のクー
デターが彼の台詞の中から出てきた時、一同は思わず目を見張った。只々戸惑い、ぼんやり
としていた件の事件の真意が視えてくる。
「た、確かに……」
「私達が、政府側と手を組んだから……?」
「一連の異変も、それに合わせて“急いで”いるからではないかと、俺は見ている。少なく
とも、何か大きな段階に移行しようとしているのは間違いない」
とはいえ、現状黒斗と淡雪の確保、先日のワスプ攻略など目下のタスクは分散の一途だ。
それでもやるしかない。睦月や海沙がごくりと息を呑んでいる。こちらも急がなければなら
ないようだ。
「……お前達も聞いていると思うが、今朝から冴島隊長達が、例の作業場跡で詳しい調査・
計測を行ってくれている。誘拐犯の痕跡、もしくは牧野黒斗の向かった先がそれで絞り込め
るだろう。博士達の分析結果が出次第、俺達も合流する」
「うん」「おうよ!」
束の間の“日常”だとは解っていた。だからこそ、再び動き出すまでの時間を大切にした
い。十分な英気を養っておきたい。
「私も──これからは最大限協力させてもらうわ。コウシローを“二度も”殺された仇、絶
対に取ってやるんだから」
加えて恵も、そう一旦唇を結んでから意を決するように告げた。その言葉、言い回しに少
なからず瞳を揺らがせた面子も少なくなかったが、同時に彼女が睦月達にあるものを託して
くれる。先程からずっと胸元に掻き抱いていた、何冊もの使い込まれたノートだ。
「使って。私とコウシローの取材ノート。貴方達にとっては、もう知っていることばかりか
もしれないけど……」
睦月及びパンドラ、そして皆人が互いの顔をちらりと見合わせ、小さく力強く頷いて受け
取った。それは他ならぬ彼女の覚悟、アイズと共に歩んできた想いの結晶に他ならない。残
りの面々もそんな彼女を見据えて、めいめいに頷き返している。
必ず──。
改めて睦月達は、蝕卓の野望を打ち砕いてみせると誓うのだった。




